069 お嬢様と盛り上がる、可愛いの話
そういや新聞の記事に、輸送ギルドは一度解体されるんじゃないかとも書いてあった。
ふふふ。
おっと、暗黒カナリアが出てしまった。
僕は表情を引き締め、お嬢様と騎鳥について語り合った。
騎鳥が好きなだけあって本当に情報がすごい。僕が驚いたり喜んだりするとお嬢様も嬉しそう。
今度、本も貸してくれるんだって。専門書もあるけど、そっちは持ち出し禁止。だから書き写してくれるとか。
「いいんですか?」
「はい。わたくしの勉強にもなりますから」
「有り難いです。僕の読む本はどうも偏っているそうですから」
「確か、勉学はお父上が見てくださったと仰いましたわね。では、お父上が用意してくださったのですか?」
「用意というか、父の本ですね」
正確には父さんが書いた、だ。でもなんか偏っているみたい。しかも、父さんは自分が頭が良いものだから基本を端折ってる。たださぁ、基本って大事じゃない? 基本を押さえてほしいし、常識も教えてほしい。
たとえば、よちよち歩きの子に教えるのは言葉とか食事の作法とかだよね。僕、最初に火魔法を教わったからね?
いくら神の山に暮らして周りが危険な魔物だらけって言ってもさ~。
母さんも母さんで「赤ん坊のうちから風を感じさせて飛ぶ感覚を覚えさせた方が良いの」と言って、僕を連れ回していたんだ。安全な抱っこ状態ではないよ。まるでジップラインしてるみたいな格好で運ばれるの。僕自身はブラブラしてる。そういうジェットコースターあったよね?
まあ、赤ん坊の時の僕はキャッキャと笑って楽しんでいたそうだけど。
とにかくそういうわけで、我が家は普通とは違っていた。
僕も少しは変だと思っていたよ。でもまさか、みんなが驚くほどだとは思わないじゃん。
異世界だから、そんなものかなって。
王都に来て気付いた。我が家は「かなり」おかしかった。
だから、お嬢様が本を見せてくれるのは嬉しい。貴族のお嬢様から見た「常識」を知るのも面白いよね。
お嬢様は他にもたくさん教えてくれる。
「えぇー、お茶会の準備も大変なんですね。そんなに下調べしないとダメなんですか」
「そうなのです。お迎えする方の好みに合わせて内装も変更するのですよ」
「わぁ。実は僕、このお部屋にすごく感動したんです。とっても可愛いし、落ち着きます」
「本当ですか? 直前まで迷っていたの。嬉しいわ」
お嬢様は執事さんと相談し、メイド長のアドバイスもあって「若々しい春」をイメージしたそう。もしも、すごく怖いタイプの、いわゆる傭兵って感じの男が来たとしても「若い」ことは知っていたそうだから大丈夫だろうと思ったんだって。
なるほどねー。
派手な装飾を止めたのも、呼んだ相手――つまり僕――が平民だからだ。
「絨毯も騎鳥用にと考えてくださってますよね。ありがとうございます」
「そんな……」
お嬢様は照れて顔を赤くした。
「僕、こういう可愛いものが大好きなんです。だから部屋に入った瞬間からワクワクして」
「まあ。……可愛いものがお好きなのですか?」
お嬢様がチラッと執事さんを見る。それが普通なのかどうかが気になったのかも。その執事さんも目を丸くしている。
「可愛いものを見て楽しんで、自分好みの部屋を作り上げて暮らす。それが目的で王都に出てきたんです。あいにく、僕は自分で『可愛い』を作り出せるようなセンスがなくて。だったら他人を頼ればいい。王都なら多くの品が集まるでしょう? 人も、才能も。そんな多くの中から僕にピッタリの『可愛い』を見付けて、楽しみたいんですよね」
「……素敵ね。ええ、とっても素敵!」
ぱあっと笑顔になって、肯定してくれる。良い子だなぁ。執事さんもニコニコしてる。
「ではもしかして、この小物も気に入っていただけたのかしら」
「あ、はい。一重の野バラが彫られているんですよね。並べると繋がるんじゃないのかなぁ」
「そう、そうなの! 待って、もしカナリアが良ければ香を焚いてもいいかしら」
「わぁ、もちろん」
やっぱりテーブルの上にあった小物類はお香用だった。花を生けたガラス瓶に隠れていたのは、お客さんの好みに合わせるつもりだったんだろうな。
お嬢様は、僕が思った以上にお茶会を楽しんでいるから香りも楽しんでもらおうと提案してくれた。
早速メイドさんがやってきて、テーブルの中央にあった四角い陶器の蓋を開ける。中には白い灰が敷き詰められていた。中国のお香っぽいよね。面白いなぁ。
香りに関しては多種多様あるんだ。
警邏中にお店も見て回ったので詳しくなった。お香を固めて棒みたいにしたのもあれば、香水ももちろんある。平民だと匂い付きの石鹸を少し削ってクローゼットに置くんだって。ガーゼに包んでおく。
母さんはポプリを作っていたっけ。服の虫除け用も兼ねてね。体に付けるのは精油だった。
「その茶色の粉がお香なんですね」
「ええ。部屋に花を飾ったのだけど、匂いがしないものばかりなの。男性は匂いの強い花が苦手だそうだから。ただ、それでは寂しいでしょう? 念のために用意しておいたのよ」
用意していたお香も、爽やかなものを選んだそう。男性の場合は甘い匂いよりサッパリした爽やかな匂いが好まれるんだって。
「香水は最初がきつく感じるでしょう? お香は煙臭いという方もいらっしゃるけれど、ふんわりとしているので良いかと思ったの。風向きも計算しているのよ」
「あ、本当だ。あちらに流れていきますね」
「どうかしら。大丈夫?」
「はい。とても爽やかで好きな香りです」
「良かったわ」
それからも、お香の種類について教わったり、貴族のご令嬢方が学ぶであろうお茶会の準備あれこれを聞いたりした。
なんと、今回のお茶会は完全に一人で計画を立てたそうで、とっても緊張していたらしい。
そんな内訳も話してくれるぐらいには僕に慣れてくれた。
お茶会の終わりには「もう?」と言ってしまうほど、お互いに楽しんだ。
「恩人のカナリアをおもてなししようと思っていたのに、わたくしの方が楽しんでばかりだったわ。ごめんなさい」
「いいえ。僕も楽しかったです。知らない世界のお話をたくさん聞かせてもらえて面白かったです。お茶会の準備の大変さも、すごく勉強になりました。あ、刺繍についても」
「ふふふ。刺繍もセンスが出ますよね」
僕が、刺繍はどうにも苦手で諦めたと説明したら、お嬢様は楽しげに笑っていた。同じ台詞を口にしたお友達がいるそうだ。お嬢様自身は刺繍の先生に及第点をもらったらしい。好きでも得意でもないと胸を張って言うものだから、二人して笑い合った。
「あの、カナリア?」
「はい」
「もし良ければまた誘ってもいいかしら。今日、とても楽しかったの。騎鳥の話だけじゃないわ。こんなに心ゆくまで純粋に可愛いものだけの話をしたのは初めてだった。刺繍が好きじゃないとハッキリ言えたのも初めてのことよ。あ、だけどね、素敵な刺繍を見るのは好きなの」
「分かります」
僕の返事にお嬢様がにこりと微笑む。
「今度、衣装を題材にした集まりにお邪魔する予定なの。主に刺繍やレースを見て楽しむそうよ。服に纏わる歴史も学べるわ。内々での会で、同行者二人までなら入れるの」
「え、いいんですか?」
「もちろんよ」
執事さんも反対する様子はなかった。僕は「ぜひ!」とお嬢様の誘いに乗った。
こうして僕らは一気に仲良くなったのだった。
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