070 拗ねるヴァロと、気遣いのサムエル




 終わってみれば楽しいお茶会だったって言える。

 誘ってもらえた「装飾の歴史を振り返る」会も楽しみ。刺繍やレース、衣服の歴史について学べるなんて最高だよね。

 なんて、ウキウキとステップを踏みながら宿に帰ると、心配したヴァロが待っていた。


「あ」

「楽しそうだなぁ、カナリア」


 拗ね顔のヴァロの後ろには苦笑いのサムエルがいた。あと、何故かエスコも。

 聞けば、あまり遅くなるようなら迎えに行くつもりでいたらしい。優しい先輩たちだ。

 僕が「お嬢様と仲良くなった」と掻い摘まんで説明すれば三人共、呆れ顔になる。


「なんだよ、ちゃっかり楽しんできたのか」

「さすが、カナリアだな」

「お前はどこでも誰とでも仲良くなれる才能があるのか」

「いや、誰とでもってことはないよ」

「だけど、女の子とは仲良くなるじゃねぇか」


 ヴァロがまた拗ねる。良い歳した男がそんな顔しても可愛くないぞ。いや、女の子はギャップ萌えも好きなんだっけ。

 母さんは、普段の父さんのダメ加減と、賢者として戦う強いところの差にやられたって惚気てたしな。

 父さんは最初ストーカーっぽいことしてたみたいだし、母さんがギャップ萌えしてくれなかったらヤバかったと思う。

 この手段は成功したから良かっただけで、多くの人には勧められない。

 だからヴァロにも言わないよ。そもそもヴァロの拗ね顔、可愛くないし。


「仲良くなったのは人畜無害だって思われたからだよ。僕に下心はないし」

「下心ねぇのかよ。お前、それでも男か」

「カジュアルにセクハラ言うよね~」

「は?」

「好きになる子と友達は別だからね?」

「お、おう、そうか」

「あと、言動には気を付けよう。普段からの行いがいざって時に出るんだからね。マリーに嫌われたくないでしょ?」

「うっ、そ、そうだな。分かった」

「カナリアが強すぎるんだよな」

「まさかヴァロさんがマリーさん狙いとは……」


 エスコとサムエルがこそこそ話している。幸い、ヴァロは僕を怒らせたと思ってそわそわしてるから聞こえていない様子。良かった。サムエルの微妙な気持ちに気付いたらヴァロはいたたまれないだろうし。なんたってサムエルの友人もマリー狙いだ。


「僕は一目惚れを否定するつもりはないよ。だから突然、恋に落ちる時もあると思う。ただね、それまでは人生経験をしっかり積みたい派なんだ。自分が楽しく毎日を過ごしてないと、誰かを好きになっても素直に楽しめない気がする。それに堂々と『好き』って言えない」

「お、おう」

「語るじゃねぇか」

「カナリアって時々、俺たちと同年代とは思えないこと言うよな」

「そうかな。あ、父さんの影響を受けてるかも」

「親父さんも語る人だったのか?」

「超、語る」

「へぇ。カナリアみたいな人なのかな。想像つかないや」

「そういや、カナリアは辺境から出てきたんだったな」


 ヴァロの問いから、僕の辺境での暮らしについて話題が移る。

 流れで各自の出身地がどこかって話にもなった。サムエルが家政ギルドの関係者だっていうのはエスコもヴァロも知っている。だけど、まさかギルド長の息子だとは思わなかったみたいだ。驚いていた。

 エスコとヴァロはどちらも少し離れた町の出らしい。エスコの父親は元兵士で、自警団に所属しているそう。ヴァロは大家族の農家に生まれ、分けられる土地がないので出ていくよう言われたらしい。農家に向いていないと思っていたヴァロは、成人してすぐに意気揚々と王都に来たんだってさ。


「僕と同じじゃん」

「るせー」

「こいつ、やれる仕事がなくて困っていたんだぜ」

「エスコが助けてあげたの?」

「まあな。俺は最初から傭兵ギルドに入るつもりで成人前に出てきて、それなりに知識もあったからな。こいつの体格見たら傭兵向きだろ? ちょうど良い仕事もあったんだよ」

「傭兵ギルドには田舎から出てきた農家の次男坊や三男坊ってのが多かったよな」

「だな。あとは、孤児院育ちもか。手っ取り早く稼げるってなもんで、がたいが良いと入ってくる。それを鍛えるのがギルド長ってわけだ」

「あの人、強そうだもんね」

「そうだな。カナリアの強さとは別だ。お前はすばしっこい戦い方をするだろ。ヘンリクさんは重戦士タイプなんだ。静かに待って、重い一撃を入れる」

「あ、それで思い出した」

「なんだよ?」

「今度、対人戦を教えてもらいたくて。ヴァロ、次の仕事の時に休憩時間で教えてよ」

「おう、いいけど」

「騎士団で教わるだろうが」

「苦手なんだ。本気でやると危ないし、寸止めで怪我を負わさずに捕縛するのが難しい」

「あー、そっちか。騎士の奴等はカナリアの素早さに追いつかないだろうしな」

「ほら見ろ。カナリアには手加減が難しいんだよ。やっぱり盗賊狩りが向いてるって」

「ヴァロはそればっかり言う。発言に気を付けて」

「うへぇい……」


 サムエルが顔を背けて笑う。僕がヴァロを言い負かすのが面白いらしい。

 ヴァロはばつの悪そうな顔でサムエルを見て、溜息だ。でもなんとなく楽しげで、傭兵じゃない友人ができたのが嬉しいんだろうなって思う。

 エスコはコミュ強だから、なんだかんだ「誰とでも仲良く」なれる。本当は僕よりも、その能力は高い。

 ヴァロはそうじゃない。女の子に声を掛けられないのも、傭兵じゃない人と親しくできないのも、遠慮があるんだ。

 前に、顔が怖いって泣かれたことがあるそうで、トラウマになってるんだろうな。

 体格の良い男性を怖く感じる女性や子供の気持ちも分かっちゃうだけに、如何ともしがたい。本能的なものだしね。

 だからこそ、最初から不利な状況のヴァロにあれこれ口出ししたくなるのかも。

 頑張れって応援したくなる。


「そういうことなら俺も手伝ってやるよ。ヘンリクさんにも声を掛けておく」

「うん。騎士より傭兵の方が断然、やりやすそうだしね」

「どういう意味だよ」

「打たれ強そう? 騎士の人たち、鍛えてはいるけど体格が全然違うんだもん」

「はっはー、やっぱり俺たちの方が強いんだろ!」

「ヴァロ、調子に乗るな。あいつらにはあいつらの戦い方がある。比べるもんじゃない」

「うへぇ……」

「ヴァロさん、いっつも怒られてるな」

「うるせぇやい。サミ坊、お前まで俺にダメ出しするなよ?」

「それは分かんない。ていうか、サミって可愛いあだ名やめてよ」

「この間、お前の友達も呼んでたじゃないか」

「あいつ、すぐ子供時代のあだ名で呼ぶんだよな」

「あだ名って憧れがあるんだけどよ。嫌なのか」

「嫌というより恥ずかしい?」


 二人の友達みたいな会話に、僕とエスコは顔を見合わせて無言で笑った。

 すると、サムエルが「あ」と声を上げた。


「そいつが、さっき来てたんだ。今度、カナリアの休みに合わせて皆で遊ばないかって」

「うん。いこいこ」

「ヴァロさんも行く?」

「えっ」

「カナリアと連んでるって話したのを覚えてて『誘ってこいよ』だってさ」

「あ、いや、でもさ。俺、お前らより十は上だぞ。いいのか」

「こっちも年齢差は五つぐらい開いてるし。あと、ヴァロさんを誘いたい理由もあるんだ」

「なんだ?」

「最近仲良くなった女の子たちが『行きたい店があるから付いてきて』って言うんだ。そこが、ちょっと大人っぽくてさ。できれば大人がいるといいなっていう下心アリの誘いなんだよね」

「なんだ、そういうことかよ。だったらいいぜ」


 ヴァロがホッとしたように了承する。

 エスコと僕はまた顔を合わせて笑った。だって、サムエルのこれはたぶんヴァロのために付け加えた「理由」だと思うからだ。サムエルは気遣いのできる男だ。もちろん説明した「理由」も嘘ではないと思う。とはいえ、別に引率者の大人がいなければそれでも問題はない。だって、まだ十代の女の子たちが背伸びして行きたい店なんて、たかが知れてるもの。

 サムエルは、ヴァロが青春する若者たちを羨ましがっているのも、だからといってそこに傭兵の自分が交ざるのはおかしいと思っていることも知っている。一歩引いてるヴァロのために、作ってくれた理由なのだ。

 てんぱってるヴァロは気付いていないようだから、僕とエスコは黙ってスルーした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る