071 服を買いに行こう
若者たちの、合コンとまでは行かないものの仲良しグループで遊びに行く場への参加に、ヴァロはまず服装から悩んだようだった。
森の見回りをしながら考えるものだから、二回ぐらいアドに怒られていた。自分を無視するな、ってね。
これが飛行訓練の最中なら僕も怒った。けどまあ、魔物のいなくなった平和な森の中だもの。躓いて転んだとしても怪我なんて負わない。
それに何より、ヴァロはベテラン傭兵です。考え事をしていても転ぶことはなかった。アドが「クアッ」と鳴いて、ヴァロを突くぐらいかな。
「み、み」
「あー、はいはい。考え事するぐらいなら自分を構えってことね。アドは可愛いな~」
「ちゅん」
「みみっ」
「もちろんチロロとニーチェも可愛いよ。はい、なでなで~」
「お前らは相変わらずイチャイチャしてんな」
「相思相愛ですから!」
「キリッとした顔と声で言ってるけど、親バカ発言だからな?」
「はいはい。で、どこで服を買うか決まった?」
「……ぐっ、カナリア~」
泣きつかれた僕は苦笑いで頷いた。任せなさい。僕が服を見繕ってあげましょう。
ていうか「お買い物」って楽しいよね? そんな泣くほどのことかな。
僕なんて他人の買い物なのに想像してワクワクしちゃう。いやむしろ他人の買い物だからこそ楽しいのかも。だって、自分の懐は痛まずに、あれこれ選んで悩んで買っちゃえるんだよ!
これが僕の買い物だとあれもこれもってわけにはいかない。吟味するのは同じでも、お財布と相談しながらだもんね。
まあ、それすらも楽しい。自分で選んで自分で買う。いいよね~。
山奥のスローライフ生活って確かに自由だけど、まず選べないし。買うも何も、自給自足だし。
親から与えられるものをただ受け取るだけの毎日から、今は自分で計画を立てて生活する。これぞ、自立だよ。
で、そんな楽しくもちょっぴり大変な生活とは別に、楽しめる「他人の買い物相談」である。
さて、どこへ行こうかね!
僕は考えた末、夜も開いてる服屋さんへ行った。いつも行くお店と違って、シンプルでちょっと格好良い目の服屋さんだ。客層的には中流向けの飲食店で働く男性だとか、騎士の従者とかかな。下級文官っぽい人も来るらしい。
ここは見回りの時にオーナーさんと話したことがあって、いつか僕も「カッコイイ」系を着たくなった時のためにメモしていた。オーナーさんも良い人なんだよ。
「お、おお、こういうのが流行りなのか」
「ヴァロ、挙動不審すぎる」
「そ、そうか?」
「それより、こういうのはどう。きれいめすぎないし、色も黒いから大人っぽいと思う」
「お、おう」
ダメだ。ヴァロときたら、店内の様子にビビって僕の話を聞いてない。店内っていうより店員さんにかな。さっきから二人がかりで提案されてるもんね。
「お兄さんなら、こういう渋い色も似合うと思うんですよ~。胸板が厚いんで、少しボタンを外して着ると色気が出て良いんじゃない~」
「いやいや、こっちの白シャツコーデもアリですって。白は清潔感を抱かせますからね。女の子にも良い印象を与えられるんです」
めっちゃ、ぐいぐい行くじゃん。
オーナーはニコニコ笑顔で見守ってる。
「パンツはどうします? 手持ちはどんな感じでしょう」
「いや、あの、パンツは早いと思うぞ」
「?」
「ヴァロ、パンツってズボンのことだからね。トラウザーズは持ってる? 一本あると良いレストランにも着ていけるから便利だよ。最近は伸縮性のある、きれいめパンツもあるからそういうのでもアリだと思う」
「何言ってんのか全然分からん。と、とにかく、俺が着られる服ならなんでもいい」
「普段はどうやって服を選ばれているんです~」
「お、俺の場合は、胸と太股がきつくてな。そこを基準に選ぶと、どうしても大きなサイズになっちまう。だから裾に紐を入れて絞ってもらうんだ」
「あ~、なるほど~」
「スタイルいいですもんね、分かります」
なんか二人の店員がうっとりとヴァロを眺める。
スラッと細い二人からすれば、傭兵で体を鍛えているヴァロの体格が羨ましいのかも。
「本当は仕立てるのが一番なんだろうけどね。まずは市販品に慣れてからだと思うんだ。市販品をお直しに出すのもアリだよ」
「さすが、カナリア君ですね!」
「カナリア君はオシャレさんだよね~」
「えへへ」
「そうだ、カナリア君も今日こそ、うちの服をどうです?」
「前回は趣味に合わないって断られたけど、ほら、シンプルな白シャツは一枚あると便利なんだよ~」
「うわ、一本取られちゃった! 今度お呼ばれしてるし、借り物ばかりも悪いから買っておこうかな」
「そうこなくっちゃ」
「じゃ、カナリア君は僕が見立てるね~」
というわけで担当が別れてしまった。ヴァロはたじたじになりながら、次々と服を宛てられている。頑張れ。その人、強引そうに見えるけど客に合う服を選ぶ力はあるそうだよ。
僕の方はすぐ決まった。
「この切り替えが良いよね。袖のボタンが五つも並んでいるのも面白いし」
「だよね~。この生地はシャリッとしていて皺にもなりにくいんだよ。それこそ良いレストランにも着ていけるからね~」
「うん。できれば、この辺りにピンタックがあるともっと可愛いのにな」
「あは~。カナリア君はぶれないなぁ。可愛いのが好きなら、こっちのパンツはどうかな」
「あ、ハイウエストだね。わぁ、ボタンが並んでる。ボタン自体も可愛いね。あ、よく見たら彫りが入ってる」
「そうなんだよ。このボタンは黒蝶貝製でね、ツヤッとしていいでしょ。波をイメージした彫りが入っているんだ~」
「うわ、うわ、可愛い!」
パンツに合うサスペンダーも見せてもらった。金具がアンティークで、よく見ると黒のベルトに刺繍が入ってる。
「これも可愛い。さっきの白シャツに合うね」
「そう。だからピンタックがなくても良いと思わない~?」
「良いね! ていうか、商売上手だなぁ」
「あは~」
そんな感じで僕まで買い物を楽しんでしまった。いや、楽しんだのは僕だけか。
ヴァロはその境地に至ってない。
支払いの段階で顔を合わせたんだけど、茫然自失だった。
「ヴァロ、大丈夫? ちゃんと服は決まったんだよね?」
「あ、ああ」
「良かったね。なんか良い感じの上下っぽいじゃん」
「そうか。だったらいいけどよ。あ、待ってくれ、そっちのカナリアの分も俺が払う」
「えっ」
「ありがとうございます~」
「ちょ、待って。いいよ。自分の分は自分で払うから」
「相談料だ。付き合ってくれたしな」
「ひゅ~男前~。お兄さん、モテますよ~」
「そ、そうか?」
「マジです~。さりげなくお礼だと言って支払う姿勢はモテポイントですよ~」
そうかなぁ。
あんまりホイホイ奢ってるとカモだと思われるかもしれないんだぞ。店員さん、調子良く勧めないで。うちのヴァロは初心者なんだからね!
とか言いつつ、結局は出してもらいました。
その代わり晩ご飯は僕が奢った。
ヴァロは先輩風吹かそうとするけど――。
「僕ら、友人でもあるじゃん?」
「……おう」
「友人は対等じゃないとダメだと思うよ。まあ、それは女の子にもね」
「そうなのか?」
「食事を奢るのは良いんだ。特に若い女の子は収入が少ないし、良いところ見せたいって男性心理も理解出来るし」
「お前、時々ややこしいこと言うよな」
「だからぁ、女の子とは対等でありつつ、無理をさせないように奢るのが良いって話だよ」
「難しいな」
「難しくないって。たとえば、僕の父さんは料理や裁縫は苦手だったけど、掃除はできたもん。魔法を使わなくてもね。疲れた母さんのためにマッサージもしてたっけ」
「それはまた違う意味じゃねぇのか?」
「確かにスキンシップ重視だったとは思う」
何故か両親のラブラブっぷりを話すことになった。とはいえ最終的には、どちらかに比重が傾くのは良くないって意味は伝わったと思う。
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