068 騎鳥乗りになりたいお嬢様




 輸送ギルドでの仕打ちについては黙っておいた。

 嫌な話になっちゃうし、お嬢様に聞かせるほどのものでもない。どうせそのうち噂は広まるだろうしね。新聞にも載っていたもん。今朝も宿のロビーで話題になっていた。どんどん暴露されるんじゃないかな。

 それより楽しい話をしよう。

 僕はマヌおじさんが家に来た時の酔っ払い具合や、父さんとの掛け合いを面白おかしく話した。お嬢様はマヌおじさんの現役時代の逸話を教えてくれる。

 お嬢様は騎鳥を欲しがるぐらいで、しかもマヌおじさんについてもよく知っていることから、もしかしてと思っていたけど――。


「わたくし、騎鳥乗りになりたいのです!」


 やっぱりー。

 貴族の女性の場合はペットとして可愛がる場合もあると聞いていた。お嬢様はちゃんと乗りたい系らしい。

 それだけなら、僕の前世の記憶に「貴族の女性も乗馬を嗜む」とあったのでアリなんだろうなって思う。

 ただ、お嬢様の場合は「教習所に通いたい」とご両親やお爺さんに頼んでいるとか。

 そこまでいくと本格的だよね。

 で、当然のように反対されてる。


「家庭教師を家に呼んで学ぶ、という形ではダメなのですか?」

「それでは『優雅な乗り方』しか学べませんもの」

「はぁ」

「わたくし、騎士の方々のように乗りたいのです。いいえ、キヴァリ様のような騎鳥乗りになりたいのです」

「マヌおじさんみたいな~?」


 優雅とは正反対だぞ。

 チラッと執事さんを見たら、ちょっぴり困った風に笑ってる。メイドさんたちは素知らぬ顔だ。お嬢様は好きだけれど積極的に応援はしたくないんだね。


「ですが、先日の事件の噂を聞いてカナリアの飛行が気になりました」

「あー」


 もしかして、もしかすると?


「ぜひ、飛行を見せていただけないでしょうか」


 やっぱりー。

 そんな気がしたんだ。

 両手を組んで目をキラキラさせながら僕を見るお嬢様と、その背後でお願いしますと頭を下げる執事さん。メイドさんたちも今度はこっちを見た。心なしか「断りませんよね?」って言ってるような気がする。

 みんな、どっちなんだよ。お嬢様を応援したいのか諦めさせたいのか、せめて方向性を教えて。

 あと、素直に応じて怒られたら嫌だからね?

 サヴェラ副班長に叱られるのは避けたい。公爵家の方々にも。


 僕が考え込んでいたら、お嬢様がしゅんと眉尻を下げた。前のめりだった体をソファに戻す。


「そうですよね。いきなりお願いするだなんてマナー違反でしたわ」


 そこを反省するなら、お茶会に突然呼び出したこともお願いします。

 とは言えないから、僕はにこりと笑った。


「こちらにも事情があります。事前に相談があれば、僕も上司に確認できましたが――」


 身分差があるんだ。何かあったら割を食うのは平民の僕。ようは保険が欲しい。

 というような事情や気持ちをお嬢様に理解してもらうのは難しいだろうな。

 僕は困惑するお嬢様を見て、迷いつつ付け加えた。


「たとえばなんですけど。和平交渉で来ていた他国の王族に『君のダンスは素晴らしい、二人で抜け出して庭で一曲踊らないか』と言われたら、どうします?」

「こ、困るわ。シャペロンもいないのでしょう? それに、お父様やお爺様の許可なく勝手はできないもの。ああ、だけど、和平交渉でいらしてるのならダンスぐらいはお受けしないといけないわよね。相手は王族ですもの、断れないわ」

「それを事前に聞いていると、誰かに相談できますよね。どうしたらいいのかが分かる。自分でも他国の情報を調べて、断っていいのか、あるいは断り方を学んでおくこともできます」

「ええ、そうね」

「断れない相手から突然、何か『お願い』されたら困るでしょう?」

「ええ。あっ」


 お嬢様の顔が青くなる。

 僕は大丈夫だと分かるように笑顔を作った。


「僕は田舎から出てきたばかりで、王都についてはもちろん、この国の常識にも疎いです。それでも、ただのカナリアのままであれば問題はなかった。何かあっても責任を負うのは僕一人です。だけど、今は準騎士という職に就いていて、傭兵ギルドでも働いています。もし問題を起こせば各所に迷惑を掛けてしまう。だから慎重になるんです」

「ご、ごめんなさい。わたくし、何も考えずに……」

「いいえ。実は、先日もやらかしてしまったんです」

「や、やらかし、とは何ですか?」


 お嬢様は「やらかし」の言葉の意味を問うたのかもしれない。でも僕は知らないフリで「やらかした事実」について語った。


「同僚となった騎士たちに『模範飛行を見せてほしい』と頼まれて、僕が思う『普通』をやってみせたんです。ところが、それは彼等にとっては『曲芸』だったみたいで、あまりに危険すぎると途中で止められました」


 へへへと頭を掻いて説明すると、お嬢様たちはぽかんとした。


「最近は問題のない飛行方法というのが、なんとなく分かってきました。それでも確実ではない。僕の飛行を見て驚き慌てる人が出ないとは言い切れないんです。その際に事故が起こったらどうなるでしょうか。僕は上司に叱られるどころか処分を受けることになる」

「はい……」

「僕がちゃんとしていれば良かったんですけどね。残念ながら教習所には通わず、騎鳥に乗るのも独学に近いです」

「独学、だったのですか?」

「はい。ものすごい辺境の地で、両親と三人だけの暮らしだったんです。知識も偏っています」

「まあ」


 お嬢様が目を丸くする。

 僕は笑顔を向けた。


「ね? 教習所に通わなくても独学でも、騎鳥には乗れます」

「あ」

「アイナ様の方が知識に偏りはないでしょう。むしろ、僕なんかよりずっと知識量は多いはずです」

「そ、そんな」

「焦る必要はありません。アイナ様のペースで頑張ってみてはいかがでしょうか。急がば回れとも言います。ご両親の反対を押し切るほどの魅力が、教習所にあるとは限りません。優雅ではない乗り方を教えてくれるかどうかは懐疑的ですからね。実際に、騎士団の騎鳥乗りの方々は僕みたいな『野蛮』な乗り方はしない。つまりは、そういうことです」

「あの、では正式にお願いしても飛行を見せていただくことは難しい、ということでしょうか」

「アイナ様の参考にならない『曲芸飛行』だと理解した上で、ご両親方の説得ができれば構いませんよ」


 お嬢様の顔がパッと輝く。

 マヌおじさんの話が好きだと言うぐらいだ。飛行を見るのも好きなんだろうね。

 だけど、マヌおじさんは現役を引退したし、貴族のご令嬢が騎士団を見学するという機会もそうそうなさげ。

 男の子なら兵舎の見学もできそうだけどね。平民なら教習所かな。だけど、お嬢様は偉い貴族だしなー。

 いろいろ止められるんだと思う。


「カナリア、わたくし、必ずお父様やお爺様を説得しますわ。そして、あなたの都合の良い日を伺ってから見学させていただける日時を決めましょう」

「はい」

「あ、そうだわ。お仕事として依頼するのはどうかしら。カナリアは傭兵ギルドにも所属しているのよね」

「それは有り難いです」


 真っ当な指名依頼なら助かる。ヴィルミさんも「冷やかし」じゃないと分かれば受けてくれるだろうし。

 たまーに、冷やかしのような依頼があるらしいよ。僕にはまだないけど、エスコはその界隈では有名らしくて、貴族からの興味本位で「パーティーに参加しろ」って依頼が来たそう。見世物にするためだ。もちろん断ったってさ。

 ちなみに各ギルドには出資者や後ろ盾となる貴族が複数ついている。傭兵ギルドはその仕事内容から、国軍に関係のある貴族が結構な数でついているそう。権力を振り翳されたら助けを求められるってわけ。

 それも数年に一度は国の監査が入るらしいから、癒着の心配もない。

 表向きはね。

 実際は輸送ギルドで癒着があったと今朝の新聞に載っていた。

 エスコが前にそんな話をしていたけれど、女将さんも知っていたらしい。お客さんと一緒に「やっぱりねぇ」なんて話していた。


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