067 挨拶と擦れ違いと伝説の男の話
使用人が良い人ばかりってことは、きっと雇い主も良い人なんだろう。少なくとも働きやすい職場ってことだもの。
僕は肩から力が抜けるのを感じた。
そこに先触れが来る。お嬢様の到着の知らせだ。
僕は急いで立ち上がり、お嬢様を待った。チロロも立つ。ニーチェはソファに置いた。コロンと転がりそうになるのを小さな前脚で踏ん張ってる。分かるよ。柔らかいソファって安定しないよね。
「お待たせしました。わたくしは、アイナ=ハールスです。それから、この子が――」
「コォーッ」
「わぁ、元気そうだね、良かった」
「……あの、パヌです」
「パヌ? 可愛い名前だね。それにとっても綺麗にしてもらってる。羽がふわふわだ。良かったね」
「コホッ!」
「ちゅん」
「み、みみみ」
「みんなとも挨拶できて偉いね」
助けたシュヴァーンが元気なのも嬉しいし、可愛がられているのが分かって本当に良かった。艶々輝く羽が美しい。
パヌは僕を覚えていたらしく、ニーチェによると「あのとき、ありがちょ」と言ってるらしい。もちろん、ありがとう、と言ってることぐらいは分かってる。でもニーチェの通訳が可愛いので、舌足らず風のまま記憶しておこう。
と、ニコニコしてたら、執事さんがゴホンと咳払いした。
「あ、そうだった。僕はカナリア=オルコットです」
「ゴホン」
「えっと?」
首を傾げていると、執事さんの視線がお嬢様にチラッと向く。
そちらを見てみれば顔が赤い。それに緊張した様子だし、パヌを見て少し肩を落とす様子も見えた。
何か問題でもあったのかな。もしかして騎鳥飼いの先輩として相談したいことがあるのかもしれない。
いいですよ、聞きましょう。
僕は前のめりになった。んだけど、執事さんに「さあ、皆さん、まずはソファへ」と着座を勧められてしまった。
チロロは心持ちパヌ側に寄って座る。パヌもなんだか嬉しそう。僕はニコニコだ。
「あ、あの」
お嬢様の声で我に返る。僕が視線を向けると、お嬢様は赤い顔のまま続けた。
「わたくしのパヌを助けていただき、ありがとうございました!」
「無事で何よりでした」
正直、その後に起こった事件の方が大変だったので忘れていたんだけどね。お嬢様にとっては大事な相棒の騎鳥だ。ちゃんと助けてくれた人にお礼を言いたいって気持ちは分かるし、偉いなって思う。
幸い、シュヴァーンは無茶な連れ去られ方をしたものの大きな怪我は負ってない。
心配なのはトラウマになっていないかどうかだけど、今の様子を見ると大丈夫そう。
「パヌは、お爺様がわたくしの誕生日にくださる予定でした。もうすぐ一緒に訓練を始められると楽しみにしていたのです」
「では、驚いたでしょうし、悲しかったでしょう」
「は、はい。もしも怪我をしていたらどうしよう、パヌが怖い目に遭っていたらと思うと……」
涙ぐむお嬢様にサッとハンカチを差し出した執事さんが、微笑み顔のまま僕を見た。
大丈夫、分かってますよ。慰めたらいいんでしょ?
「お嬢様は良い騎乗者になりますね」
「そう、でしょうか」
「はい。僕も、チロロに何かあったらと思うと心配です。その気持ちは愛情があればこそ生まれるもので、お嬢様はパヌに対して深い愛情があると分かります。騎鳥は賢いから自分を愛してくれているかどうか、ちゃんと分かっている。彼等は愛情を持って接する人に愛情を返す優しい生き物なんですよ。そして一緒に頑張ってくれる」
「一緒に」
「そうです。良い騎乗者とは、僕は『騎鳥にとって良い相棒』のことだと思っています」
何故か、執事さんが小さく頭を振った。えっ、慰め方が違う?
「あの、カナリア様は、チロロちゃんをとても大事にされているのですよね」
「はい。あ、僕に敬称は不要です」
「ですが、恩人には敬意を持って接するようにとお爺様が仰っておりました」
「良い方なんですね。でも、僕は平民なのでお嬢様に『様』を付けられると居心地が悪いです。困ったなぁ」
「でしたら、あの、わたくしのことも『お嬢様』と呼ぶのは止めていただけませんか」
「……えっ」
「アイナとお呼びください」
僕は天井に視線を向け、それから執事さんを見た。にこりと微笑んでいるけど、それどっち?
メイドさんたちもニコニコ微笑ましそうに見るの止めて。
答えが分かんない。
「……えーと。アイナ様?」
「はい!」
「じゃあ、交換条件なのだから僕は敬称ナシでどうぞです」
「は、はい!」
なんかキラキラした目で僕を見てるんだけど、これ、もしかして僕の噂に惑わされてないかな? つまり、憧れ的な。
僕は鈍感系ではないから、さすがに恋愛感情を向けられていれば分かる。そういう意味でのキラキラ視線じゃない。あと単純に、一目惚れされるようなタイプでもないんだよなぁ。
一応、イケメンではないという自覚はあるんだ。あ、大丈夫。イケメンには憧れてません。可愛い系で十分だからね。
案の定、お嬢様は人見知りが治まってくると早口で話し始めた。
「わたくし、小鳥みたいな可愛い騎鳥に乗った方が夜の空を飛んだと聞いてとても驚いたのです!」
「皆さん、驚きますよね。そんなに大変なことだと思っていなかったから、僕の方こそ驚きました」
「『夜の空を統べる』というのは、神鳥様を指す言葉ですもの。それは大変なことなのですよ!」
「そうらしいですね。ですけど、僕の知る騎鳥乗りも夜空を飛べるんですよ」
「まあ!」
「マヌ=キヴァリという方です。『俺は伝説を作った』とよく話してくれて――」
「もしや、元騎鳥兵の方ですか?」
「軍人だったそうですから、たぶん?」
「すごいわ!」
お嬢様はそう言うと頬を赤くしたまま執事さんに向いた。
「叩き上げの騎鳥乗りとして有名な方よね? 伝説のアウェス乗りとして、お兄様が憧れていたと話してくださったわ」
「ええ、ええ。『キヴァリとクッカ』と言えば、知らぬ者はいないほどのペアでございました」
「!!」
お嬢様が興奮しすぎて立ち上がった。メイドさんたちは微笑ましそう。お嬢様、愛されてるんだなぁ。
あと、マヌおじさんの話はやっぱり本当だったんだ。
もちろん騎士団でも噂を聞いたから嘘じゃないとは思っていたけどさ。ほら、みんな大袈裟に言うところあるから。
そう言えばマヌおじさん、今は王都に戻ってきたはずなんだけど僕は会えてない。
父さんの用事で駆けずり回っているとは聞いている。毎晩のように掛かってくる父さんからの電話――伝声器――でだけど。
落ち着いたら会おうねって伝言はあった。
ただ、それを口にした時の父さんが「ぐぬぬ」って感じだった。ちょっと怪しい。父さん、マヌおじさんと僕が会うのを邪魔してるような気がする。
昨日も「やっぱり俺もカナリアの顔が見たいな~」だとか「父親が子供の職場に挨拶回りするのは普通のことじゃないだろうか」なんて言い出すし。
僕としては、せめてアパートが決まって落ち着いた頃にしてほしいんだよね。
そもそも、独り立ちした子供が親と会うのは年に一回の里帰りじゃない?
とにかく阻止だ。それから、父さんを経由しないでマヌおじさんの家に行ってみよう。
なんて考えていると、お嬢様の興奮も落ち着いてきたみたい。一通りマヌおじさんの逸話を口にして、ほうっと息を吐く。
「マヌおじさん、本当に有名人だったんですね~」
「ええ、それはもう。カナリアはキヴァリ様とお知り合いなのですね」
「父宛の荷物をよく運んでくれるんです。貴重な品の配送は一流の乗り手に頼むと聞きました」
お嬢様はニコニコと笑顔で頷いた。
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