066 サロンの様子と相手側の気持ち
案内されたのは北側のサロン。夏の間は暑いからと、日差しの入りにくい北側を使うらしい。
説明してくれたのは執事さんだ。お嬢様は最初に「いらっしゃいませ」と挨拶してから引っ込んでしまった。
顔だけ見たら気が済んだのかな。よく分からない。
とにかく、マナーに自信がなかったから消えてくれてホッとした。さっきは終わったと思ったよね。
おかげで、部屋を楽しむ余裕も生まれた。
となれば、アレですよ。
素敵な内装に心が躍る!
ここ、北側にあるサロンは執事さんいわく「控え目」らしい。豪奢じゃないって意味だと思うんだけど、むしろそれがいい。
飾ってある花も可愛らしさが前面に出ている。そう、華やかっていうよりは可愛いのだ。たとえば白やピンクの花に薄いグリーンの葉を合わせている。全体的に淡い感じ。
表玄関から入ってすぐ、ロビーの中央に置いてあったデカい壺を思い出す。人間が二人は入れそうな大きさで、原色の花や尖った枝にふさふさのついた長い草とかが入ってた。二度見したよね。あれと比べると落差がすごい。
ロビーは居心地も悪かった。派手すぎて。
その点、今いるサロンはホッとする。
飾られている絵画も自然を描いたものが多くて、そのどれもが柔らかい。描かれている草花は夏のものばかり。季節を大事にしたんだろうな。夏と言えば強い日差しってイメージあるけど、どの絵も光が強くなかった。木陰であったり、森の中の湖であったり。光は、朝日が昇ってすぐを想像させる柔らかさだ。
テーブルの縁も流線型。ソファの手摺りの彫りもだ。流線型は水を表しているのだろうか。手触りも良い。テーブルの中央に置いてある小物たちは一重の野バラを模しているみたいだ。勝手に触るわけにはいかないので我慢してるけど、たぶんお香用のセットかな。
「素敵だなぁ」
「ちゅん」
「み」
ちなみにチロロとニーチェも一緒。
本来なら屋敷内に騎鳥は入れないらしいのにね。てっきり、馬車を降りたら預けるのだと思っていたところ「お連れ様もご一緒に」と執事さんが言ってくれた。知らない場所で離れ離れになるのは、少なくともニーチェが不安になりそうだったから有り難い。
……それはそうと、お連れ様って騎鳥に言う人を初めて見た。今頃になって突っ込んじゃう。
「どうぞ、座ってお待ちくださいね」
「あ、はい。でもその前にチロロをどこかに、ええと」
室内でも入れるってことは繋ぐ場所があるんだと思ってチラチラと室内を見回す。
取調室にはポールがあったからさ。
ただ、ここは取調室じゃない。あるわけなかった。
「ご自由に寛いでくださって結構ですよ」
「えっ、そう、ですか?」
「はい。絨毯も騎鳥の足に優しいものを選んでおります。寝転んでも問題ありません」
「わ、わぁ……」
騎鳥用の絨毯があるとか、お金持ちぃぃ。
感動と驚きと複雑な感情で変顔になっていると、メイドさんたちが入ってきた。ワゴンを押している。
「お茶の用意をさせます。お嬢様もすぐに参りますので、どうぞゆっくりとお待ちくださいませ」
「あ、はい」
え、来るんだ。
さっきのは何だったの。
ていうか、本当に座って待っててもいいのかな。
おろおろしつつ、執事さんがニコニコ笑顔でソファを勧めるから、僕はそうっと座った。隣にチロロが来て、僕の顔を見る。
「チロロはそこで座ってる?」
「ちゅん」
「絨毯、気持ち良さそうだもんね」
「ちゅん~」
「み」
「ニーチェはこっちに来るのか。爪は立てちゃダメだよ。はい、膝においで。今日は首巻き禁止ね」
「みぃ」
「せっかく格好良い感じでセットしてもらったんだもん。ダメ」
「み」
小声でやり取りしていたんだけど、執事さんがプッと小さく吹き出した。見ると、肩が震えている。あとメイドさんたちもサッと視線を逸らしたけれど口元がキュッとなってた。
え、今の笑うところあった?
と思っていたら。
「も、申し訳ありません。お可愛らしい様子に、つい」
「えっと、そうですね。チロロもニーチェも可愛いです。はい」
何故かまたプッと吹き出す人がいて、僕がそっちを見ようとしたら執事がゴホンと咳払い。
「失礼いたしました。ご不快な思いをおさせするつもりはなかったのです。実は、我々はカナリア様の容姿についてほとんど存じ上げず、勝手に妄想を膨らませていたようです」
「え、それは一体どういう……」
「まさかこんなにお可愛らしい方がいらっしゃるとは思っておりませんでした。そのため、緊張の糸が緩んでしまいました。申し訳ございません」
「い、いえ。それは全然いいんです。でも、想像していたというのはどんな感じだったんですか」
せっかくなので聞いてみると、執事さんはまたゴホンと咳払いした。
「王都の中で堂々と騎鳥を盗んで逃げていく輩を追いかけ、取り返すどころか犯人を捕まえてしまうような『男』と聞いておりました。その後、夜にも拘わらず王都の空を飛び回り、暴れる騎獣を捕らえるための指揮をされたとか。その上、王都から逃げる盗賊団を単騎で追い詰め、夜の森に突入して戦ったそうですね。調べましたところ、当時の所属は傭兵ギルドだと言うではないですか」
やや早口で説明されるそれが、ピタリと止まった。続けられないのは言いづらいからだ。
僕は笑った。
「めっちゃ強面の傭兵が来ると思ったんですね?」
「まあ、ハッキリ申せば、そのような」
「招待状を騎士団団長に渡した方は、僕のことを見たり聞いたりしなかったんですか?」
「伺いましたとも」
「だったらどうして……」
「戻ってきた者はこう申しました。『件の人物は模範飛行の際に誰もやらないような曲芸飛行をやったそうで、猛者が集まると言われる第八隊の度肝を抜いたそうですよ』と」
「あー」
まさかと思って、とりあえず先に確認しておく。
「あの、それって団長が伝えたんですか? 違いますよね? 誰かの噂話ってことは――」
「騎士団長から伺ったようです」
「あわー」
頭を抱えたい。なんでトップに伝わってるの。
いや待って。そもそも大袈裟すぎないかな。
僕が赤くなったり青くなったりしていたら、執事さんがまた笑った。すごく優しい感じの、お爺ちゃんが孫を見る目だ。
「お嬢様も緊張していたようです。本来であれば、きちんとご挨拶ができたのですよ。しかし、事前情報のせいで想像とは違う方がいらして驚かれたのでしょうね。申し訳ありません」
「あ、はい。つまり、仕切り直しですね」
僕は気にしていないという意味で手を振って、それから頷いた。
執事さんはニコリと微笑む。
「傭兵ギルドに所属しているからといって、全員が粗野なはずはありません。そもそも国のために働く方々です。心根の優しい方でもあるのだと、皆で話しておりました」
「はい、傭兵ギルドの人たちは良い人ばかりです。見た目は怖いけど、好きな女の子には声も掛けられないぐらいの弱気さで。あ、それは、断られるのが怖いからじゃないんです。『自分みたいな男に告白されたらショックだろう』と、相手の気持ちを思ってのことなんだ。と、そう思います」
「……やはり、カナリア様はお優しい方ですね。あなたのような方にお嬢様のシュヴァーンを救っていただけて本当に良かったです。感謝申し上げます」
頭を下げる執事さんに続けとばかり、メイドさんたちも綺麗なお辞儀を僕に向けた。
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