065 お茶会前の雑談と愚痴と愚痴予告
お茶会に呼ばれる日は元々傭兵ギルドの仕事が入っていた。断れない予定とはいえ、仕事に穴を空けることになる。もちろん事情を話して謝った。
そしたら、お茶会がある前日の夜に、ヴァロが宿まで来て文句を言う。
文句と言うより嘆きかな。
「俺の上達ぶりを見てもらいたかったのによぉ」
「僕がいない間も訓練してたの? アドにあまり無理させちゃダメだよ。あの子、頑張り屋でしょ。疲れても疲れたって言わないじゃん」
「分かってるって」
話をしていると、仕事を終えたサムエルも参加した。三人でのんびりとお茶を飲む。ロビーは静かだ。
花祭りが終わり、サムエルたち宿の従業員は暇になった。といっても可愛いお宿は女性に人気がある。五割ぐらいは埋まっているような? 普通なら五割も泊まると忙しいイメージだけれど、花祭りの時期は全室満員だからね。想像付かないぐらい大変だったと思うよ。
今は余裕がある。おかげで僕も広い部屋に戻れた。
そうそう、実はまだ竜の鳥籠亭に泊まってる。サヴェラ副班長に紹介してもらった部屋は確かに良かったんだよ。ただ、問題があった。騎士団にも傭兵ギルドにも微妙に遠い上、賃貸料がなかなかエグかったのだ。
貴族出身で衣食住の整った騎士専用の寮に住み、かつ副班長という役職に就いているサヴェラ副班長には「生活費」が分からなかった。
準騎士の給料がいくらかは分かるくせになぁ。何故かって、事務処理に給与の支払いチェックも含まれているからです。机の上に置いてあった書類、見ちゃったんだよね。騎士の給与すごかった。
それはともかく生活費だよ。前世だと、住居費は収入の三割までに押さえるのが理想だと言われていた。
準騎士の収入で考えると紹介された部屋は七割を超える。
ないよね?
いくら副業があっても、最初から無謀な生活計画は立てられない。
かといって、宿暮らしを続けるのも不経済だ。というか、不便。
「どこか良いアパートないかなー」
「まだ決まらないのか?」
「探す時間がない」
「お前、休みの日を作っていただろ?」
「……」
「何やってんだよ」
「お洒落なカフェに行ったり、花祭りで仲良くなった女の子たちと遊んだりしてる」
「お、お前、俺に内緒で女の子と遊んでるのか?」
「なんか、その言い方だと変な風に聞こえるから止めてくれない?」
僕が言い返している横でサムエルが腹を抱えて笑ってる。
ヴァロが「なんだよ」と視線を向ければ、サムエルは笑いながら答えた。
「ヴァロさん、カナリアはそういうのじゃないんだ」
「あん?」
「俺の友達がそれぞれの女の子と付き合いたくて必死なんだ。カナリアはそれに付き合わされてるの。悪いなって思って、一応あいつらもカナリアの借りられそうな部屋を探してるんだけど――」
「皆が見付けてくる部屋、可愛くないんだよね」
「これだもん。お手上げだ」
「カナリアはこだわり強いもんな」
「可愛い部屋って分かんないすよね」
「な。ていうか、俺の借りてる部屋の隣が空いてるって言ってんのによ」
「あそこ、騎士団から遠いし。あとキッチンもお風呂も付いてないじゃん」
それに、借りているのが傭兵ばかりで右を見ても左を見ても男ばかりだ。
無骨な石造りの建物は頑丈だけれど愛想がないし、可愛さとは無縁である。
もちろん、部屋の内装を可愛く誂えるのもアリだ。けれど、一度遊びに行った時に、ヴァロたちが他の部屋へ自由に出入りしている姿を見て「ないな」と思った。
「キッチンなら今までのように家政ギルドで借りたらいいのに」
「大型のキッチンは作り溜めするのに便利だけどさ。やっぱり好きな時にサッと作りたいよ。お風呂にもゆったり浸かりたい」
「それは分かる」
「俺は分からん」
「ヴァロはもうちょっと気にしよう? 彼女とはどうなってるの?」
「ヴァロさん、彼女がいるの?」
「いや、まだその、あれだ」
「サムエル、こういうことなんだよ。分かった?」
「あー、なんとなく分かった。そっかぁ」
ヴァロが顔を上げて、じとっととした目で見る。相変わらず花屋のマリーとは挨拶までしかできていない模様。
ライバル多いのに悠長だなぁ。
サムエルの友人の方が一歩リードしてる気がする。この間も仲良く話していたぞ。
「それはそうと、だ」
ヴァロが咳払いする。分かりやすい話題転換だ。サムエルは笑いを噛み殺している。
「話は戻るが、明日は本当に一人で大丈夫なのか?」
「うん」
「誰か一緒に行ってくれないのかよ。騎士団は冷たい奴等ばっかりだな」
「だって、招待されたの僕だけだし」
「貴族ってのはよぉ、そういうところ融通が利かないよな」
「それは思う。あとさ、急だよね」
「そう、それな」
「貴族様は平民の仕事事情をご存じないし、命令慣れしているもんね」
ヴァロとサムエルに同意してもらい、僕は気持ちがスッとした。
貴族はお礼と言いながら自宅まで来いと言う。しかも勝手に日時を指定してくる。分かってないよな~って思う。
「これで『褒賞』がなかったら僕は怒る」
「お、おい」
「冗談だってば」
「貴族様にとっては『屋敷に呼んであげたことが褒賞』ってとこ、あるからね? カナリア、あんまり貴族様に期待しない方がいいよ」
「そうする。で、帰ってきたら愚痴を零す。サムエル、また聞いてくれる?」
「もちろん」
「俺も聞いてやるぞ。やけ酒にも付き合う」
「ヴァロのは飲みたいだけじゃん。まあでも、愚痴に付き合ってくれるならいいか。あ、ところで明日は一人で魔物狩り?」
「いや、エスコと合流するわ。ここ最近はマメに見回ってるから、大丈夫だろ」
「そっか。確かに近場の森の魔物、減ってきてるよね。今度、遠征したいなー」
「お前、マジで魔物狩り好きだよな」
「騎士団の対人訓練で疲れてるんだよ。手加減するの、想像以上に難しいんだもん」
「あー、分かるわー。俺も盗賊はぶち殺す派」
止めなよ。サムエルが引いてる。僕は笑顔で取り繕った。
「ヴァロのこれは冗談だから。気にしたらダメだよ」
「いや、俺、カナリアにも驚いてる」
「えっ」
なんて感じで、お茶会に行く前の僕はのほほんと過ごした。
お茶会当日。
僕はサスペンダー付きの膝下ズボンという、ちょっぴりお子様ルックな格好で「公爵家」にお邪魔していた。
その前にまず、宿の前に泊まった馬車がすごかったよね。どういうわけか騎士団じゃなくて宿に馬車を回してくれたのは有り難いけれど、家紋がででーんとついていて、見送りに出ていたサムエルが小声で「あ、公爵家の家紋だ」と呟いて今日行く家について知るという……。
そして僕とチロロとニーチェだけを乗せた馬車がゆったりと貴族街に向かい、たぶん王城に一番近いお屋敷の敷地に入っていった。
門から建物までが遠いのにも笑ったよね。
「本当にあるんだ。騎士団みたいに広い。庭は騎士団よりずっと綺麗に整えられてるね」
「ちゅん」
「み」
「あっちは薔薇かな。温室もあるみたい」
「ちゅん~」
「みみ」
「なんで食べること前提なの。美味しくなさそう? あの花が?」
「ちゅん」
「みっ」
「そっかぁ。明日は森に行けるといいね。花も果実も取り放題だよ」
「ちゅんちゅん!」
「みぃ」
なんて話しているうちに玄関前に到着。
まさかの表玄関です。
てっきり別館的なアレか、庭から回れとか、使用人用の出入り口に通されると思ってた。
そりゃ、サヴェラ副班長が「貴族の家にお邪魔する服は持っているか」と確認するはずだ。
しかも、馬車を待つ人がいる。
どうか使用人の誰かでありますように。
招待状を送った人の家名はあっても名前が書いてないから不安しかないんだけど。
ワンチャン、シュヴァーンの世話をしている人が相手なら助かる。
なんて僕の願いも空しく、待っていたのはシュヴァーンの主らしき少女だったのだ。
つまり公爵家のお嬢様。
終わった。
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