090 噂、不自然な人員、相手の望むもの
捕虜の中に天族がいるという噂は王都でもチラリと流れていたらしい。
兵士から出たのかもしれないし、セルディオ国の王子がやってきて外務大臣らと丁々発止に渡り合ったものだから、役人の愚痴が酒場で漏れたって線もある。
だからこそ、訪れる町の滞在中は特に気を付けてセリアの護衛をしていた。
ところがですよ。
どうやら、僕の情報まで流出している模様。
それは三つ目の町に立ち寄った時のことだった。
「え、あっち側から『交流会』をしようって言ってきたんです?」
「護衛騎士同士で食事をするのもいいだろうとね」
シルニオ班長がこめかみを押さえて言う。外交官の一人は明らかに不機嫌そう。
「指名がありました。カナリアさん、あなたです」
「え、やだ」
「分かります。こちらも仕事で来ているので断りました」
どうやら、僕を含めた数人を指名して「食事に行きましょう」と言われたらしい。それが見事に女性ばかりで、外交官さんの顔が渋くなるのも分かる。
「ヘルガは相手の意図を探るために受けてもいいと言いましたが、僕は班長として断ります。むろん、カナリアもです。大事な班員を差し出せません」
「当然です。何をされるか分かりません。しかも彼等は、女性文官も連れてくるようにと命令しましたからね」
「文官?」
「あ、ええ、四番目の馬車がそうです。我々の馬車だけでは場所が足りず、それならと、仕事を覚えさせるために追加で加えました」
僕は首を傾げた。なんとなく不自然さを感じる。
そもそもなんだけど、四番目の馬車に乗っている人たちって休憩の時に降りてこない。女性騎士がこそこそと出入りするぐらいだ。
女性騎士は元々数が少ない。
だから騎士団内では顔が覚えられている。それなのに僕は彼女を知らなかった。第八隊の所属じゃないってことだ。
騎士団の本部にいるのは第二から第八隊まで。女性騎士のほとんどは第一か第八に配属される。
そして第一隊は近衛騎士で、主に王族に仕える。王城に詰める人もいるけど、貴重な女性騎士は近衛騎士として王族に就けるはずだった。
もちろん、僕の知らない人事もあるだろう。たとえば第三から第七までは貴族や金銭関係に関する捜査をメインとしている。ここにも文官的な役割を期待されて女性の準騎士も配属されていた。あくまでも補助要員だ。内々で働いていると同じ建物内でも会わない可能性はある。
けどなー。馬車に出入りする女性は明らかに騎士だ。佇まいからしてただ者じゃない。
気にはなるけど詮索しても仕方ないか。僕はペーペー。関わるのはよそう。
と、思ってたのに。
向こうから来るんじゃ仕方ない。
五つ目の立ち寄り場所である町で問題が起こった。
食事に行くのは止めて、ニコたちと夕食の買い出しで屋台に寄っていたんだ。そこでセルディオ国の護衛騎士に声を掛けられた。
「なにゆえ、我等の誘いに応じぬ。お前は平民出であろう? 無礼者め。さっさと来い」
「あー、そうです。平民なので無礼をしでかさないよう、上から行くなと命令されてます。じゃ!」
「なっ、待て!」
僕はニコの手を引っ張って逃げた。チロロは獣舎に預けていたから飛んでは逃げられない。町の中を右へ左へと走る。
幸い、僕はこういうのが得意だ。ニコも走るのが速い。あっという間に振り切った。
「はぁはぁ、なんとか撒いたか?」
「あっちをまだ見回っているかもしれない。ここでもう少し隠れていよう」
「そうだな。ていうか、カナリアはこの町を知っているのか? 先が分かるみたいに進んだよな」
「王都の町で『基本的な町の形』を勉強したんだ。ヴァロが、大抵の町は造りが似るって教えてくれたからさ。あと、この旅でも上空を飛ばせてもらってたでしょ」
「あ、あれか。休憩交代の時にサヴェラ副班長が偵察に行かせてたんだっけ」
「うん。僕の目がいいからって任せてくれた。ついでに町の方面も見てたんだ。地形を調べておくと便利だからね」
おかげで大体は把握できる。特殊な造りだと厳しいけどね。たとえば城下町だ。幸い、お姉さんたちが城下町に詳しい。女性傭兵って王族の護衛であちこち行くからね。
今度、ちゃんと話を聞いて勉強しておこ。
「なるほど~。傭兵の知識ってな、すごいな」
「だよね」
その時、近くで声がした。
「くそ、完全に逃げられた。宿に戻ったかもしれん」
「宿には、やり手の騎士が詰めているそうだ。次の機会にするか」
「だが、このままでは交換条件の道具として使えない。仕込む時間も必要だぞ」
「そもそも王女が断るからだ。我が君の妻となることは誉れだぞ」
「国同士の繋がりを深めるためには王族同士の結婚は当たり前だ。それを、断るなど――」
イライラした様子の声が徐々に離れていく。
僕とニコはしばらく黙っていた。やがて、どちらからともなく息を吐く。
「うはぁ、なんだあれ」
「ヤバい話を聞いちゃったね」
「み」
「あ、ニーチェ、よく頑張った。黙ってて偉いね」
「みみ、みみ!」
にーちぇ、えらい!
と喜ぶ。僕はホッとして、ニーチェのふわふわ毛を撫でた。
それから、帰りの遅い僕らを心配して捜しに来てくれたヴァロに事情を話し、共に宿へ戻った。
心配したヴァロやお姉さん方が同じ宿に部屋を取って、シルニオ班長に報告がてら全員で話し合い。外交官さんも急いでやってきた。
「あのー、セルディオ国の王子って、本当に王女様との結婚話まで持ってきたんですか?」
「カナリア、ぶっ込みすぎだろ」
「ニコ、黙ってなさい」
サヴェラ副班長に注意され、ニコは「うへぇ」って顔に。ツッコミ体質のニコはついつい口にしちゃうんだよね。
でもなんかピリピリした空気が柔らかくなった。ニコのおかげだ。明るい性格だし、シルニオ班以外の隊員にも可愛がられてるのは性格が好ましいから。事務仕事は苦手だけど、それ以外は気遣いの男だ。大量の荷を運んでいる人がいたら駆け付けて助ける優しさも持ってる。
そんなニコと、注意はしつつも怒ってないサヴェラ副班長の様子を見た外交官さんは力が抜けたみたい。苦笑いで「実はそうなんだよ」と教えてくれた。
「話し合いで一番揉めたのがそこです。向こうにとって捕虜の件はついでに過ぎない」
「外務大臣が顔を真っ赤にしてたって噂、本当だったのかもな」
「何故、傭兵殿がその話を……」
外交官さんが目を丸くする。ヴァロは片目を瞑って、ニヤリと笑った。
「こっちにも情報収集する手はあるってことだ」
「あたしらの仕事にも関係あるのさ」
「ああ、確か、あなたは女性王族の護衛をよく担っておりますね。なるほど、侍女やメイドが情報源ですか」
「俺のは別口だぞ」
ヴァロが何故か張り合う。ミルヴァ姉さんは肩を竦めた。シニッカ姉さんは黙っている。ラフな騎士服っぽい男装で格好良い。顔だけ見たらシゴデキ侍女みたいなのにね。あ、ミルヴァ姉さんは男性版エスコって感じだ。胸元が大胆に開いてて、傭兵らしいラフさ。細部にオシャレさも見え隠れしてる。ヴァロだとこうはいかない。
いや、ヴァロも最近は頑張っているんだよ。自分で組み合わせられないから店員さんのお勧めそのまま着ちゃってるけど。
「ゴホン。とにかく、王族同士の結婚は両国にとっても良いことだと言い張られてね。だが、それは同盟を結ぶ場合の約束事としてです。条件は平等でなければならない。むしろ、こちらの方が上になるべきでしょう。純粋な国力はこちらにあるのですから。それなのに――」
セルディオ国は同盟を結ぶ必要はないと突っぱねた。それだと、こちらに利点なんて全くない。王女様を嫁にやるというより人質に送るようなものだ。
「王女殿下が欲しい理由も、食糧支援と騎鳥の無償提供などです。望むものが多すぎる」
「それらに対して返せる何かが向こうにはあるんですか?」
あの国にそんな輸出品があったっけ。僕は勉強会でのことを思い出しながら首を傾げた。
外交官さんは途端に人相が悪くなった。
「『戦力だ』と返されたよ。騎獣民族としての誇りがどうのと言われて、開いた口が塞がらなかった」
王女様との結婚話も「むしろ、自分と結婚できて嬉しいだろう?」といった感じらしい。
ミルヴァ姉さんの手元でバキッと割れる音がした。ペンだね。
シニッカ姉さんは笑みが深くなる。うん、めっちゃ怒ってるね。分かる。
僕とヴァロ、ニコはカタカタ震えながら、外交官さんだけに視線を向けた。
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