105 天族の子との決着




 天族はアルニオ国の領土内に住んでいる。厳密には自治を許された少数民族という立ち位置だ。まあ、協力関係にある以上、アルニオの民と言っていい。そのアルニオ人にセルディオ国はスパイをさせた。

 更に領土内へ勝手に侵入して森に潜み、騎士や兵士を襲った。

 これだけでも充分に報復の「理由」となる。

 信用ならない国としてレッテルも貼られるだろうね。困るのはセルディオだ。

 今までも大概ひどいことをしてきたから、隣り合う国々には警戒されてる。

 このままだと孤立無援で、何かあっても助けてはくれない。

 ルールを守らない奴のために誰が手を差し伸べるのって話だよ。


 だけど、自己中に考えるセルディオのお偉いさんたちには分からないんだろう。

 どうやら天族の子も「英才教育」を受けたらしく、僕の話を聞いてもピンと来てない。


「証拠を、君自身が語ったんだよ。国際的に大問題だって言ってるの。おバカさんだなぁ」

「はっ?」

「このまま引いた方がいいよ。犯罪者集団の捕虜を返してもらっただけで『成功』じゃん。それ以上は望みすぎだって」


 本来なら盗人を渡す必要はないんだ。

 こっちにメリットがあったから渋々受け入れた。

 そのメリットでもあるアルニオ人捕虜はちゃんと揃っているのかな。


 僕がチラッとテントを守るサヴェラ副班長を見れば――。


「こちらが要求した者は全員『本人』と確認できましたよ」

「良かった~」

「ですが、怪我の後遺症に苦しむ者が数名、病気を患った者もいます。どちらも治療されていませんでした」


 ヒュッと喉が鳴る。

 まさか、嘘だろ?

 僕が唖然としていると、天族の子が「ふんっ」と鼻で笑った。


「我が父と違って、有用な能力がなかったのだろう。食わせてもらっているだけで十分だ」


 あ、コイツ、もうダメだ。やっぱり殴ろう。


 同じ血を引く子でも性格って全然違うんだな。教育のせいか、元々の素養かもしれない。

 セリアはどんな思いで生きてきたんだろう。奴隷みたいな扱いを受けて、奴等の命令を聞くしかなかった。嫌々従っていたんだ。

 最近、ようやく笑顔が見えるようになったセリアを、セルディオになんて戻すつもりはない。

 彼自身も「亡命できるならそうしたい」と願っている。

 それでも生まれたのがセルディオだからこそ、話し合いで引き取りたいと思ってここまで連れてこられたんだ。


「ああ、食わせてもらっている、で思い出した。兄とも呼びたくない、あの穀潰しをこちらに返せ」

「誰のことか分からないね。それより領土侵犯の件、警告したから」


 もう捕まえていいよね。

 一応、サヴェラ副班長に視線で確認。仕方なさげに頷かれる。よし。

 本当は自分で捕縛したいんだろうな。あれでサヴェラ副班長は血の気が多い。でも、捕虜になってた人たちの方が心配なんだ。それに魔物が来るかもしれない。とりあえず移動しなきゃダメだし、その段取りだってある。

 だから僕が代わりにやっちゃうね!


「チロロ、トルネード戦法で行くよ」

「ちゅん!」

「みみっ」


 こっちが戦闘態勢を取ったものだから、天族の子が距離を取る。と思ったら突っ込んできた。

 相変わらず真っ直ぐに飛ぶなぁ。

 これに対してチロロも真正面から向かった。

 そう、見せかけた。天族の子が「避けなきゃ」と思うであろう位置でチロロが軌道を変える。真っ直ぐ進む天族の子を中心に、その周りをグルグルと回るのだ。これにより敵は風を上手く掴めずに飛行が乱れる。


「くっ!!」

「チロロ、急速転回」

「ちゅん!」


 不安定になった天族の子の真上を取った。すぐにチロロから飛び降りる。慌てた天族の子がルートを変えようとするけど、遅いよ。

 その時にはもう天族の子の背中に飛び乗っていた。そして羽を掴んで引っ張った。


「い、痛っ!」

「どうしたの、落ちるよ?」


 そもそも羽に頼りすぎなんだ。


 天族の里でも多くの人が羽に重きを置いていた。だから僕の小さな羽をあれだけ罵った。

 確かに、方向転換やホバリングをする際に羽は必要だ。でもそれは普通の天族の場合だけ。

 訓練すれば、実は羽がなくても飛べる。母さんクラスになると、羽を閉じていても自由自在に空を飛べていた。皆も本当は知ってるんだよ。だけどほとんどの人が「普通の天族」だからね。それに、羽がなくてもいいなんて話は隠しておいた方がいい。天族としての優位性を守るためだ。

 天族すごいって思われているからこそ、数年に一度あるかないかの招聘に応じるだけで「自治」を許されている。


 僕も飛ぼうと思えば飛べるんだ。魔力も多いしね。

 ただほら、自他共に認めるノーコンなんだよ……。魔法杖代わりの指示棒があっても力の強弱に自信がない。

 弾丸みたいに飛んでしまって木々をなぎ倒した経験もあるし、避けたつもりが反対に飛んで魔物と衝突したこともある。

 それ以来、父さんに「お前は補助なしで魔法を使うな」と言われ、母さんにも「飛び降りる時は魔力なしでね」と念押しされた。魔力を使うと地面にめり込んじゃうよね。それなら他の方法で落下した方がマシ。


 魔力を使って空を飛ぶというのは簡単そうだけど意外とセンスが要る。

 天族は元から飛べる種族だし、羽もある。センスなんてなくても「なんとなく」で飛べるってわけ。

 なにしろ空を飛ぶことに全振りした種族だもんね。その他の魔法は下手くそ。


 だから、そこそこ飛べるらしい天族でも羽を押さえられたらお終いなのだ。


「もうすぐ地面だけど?」

「お、落ちる、死ぬ、嫌だっ!」

「だったら何か言うことあるよね~」

「た、助け、助けてくれ!」


 もうすでに魔法は掛けてあったんだけど、初めての「羽が使えない状況」でパニックになっていた天族の子は気付かなかったみたいだ。

 僕は父さん作の【風抵抗】魔道具を天族の子の羽にくっつけていた。羽って、根元以外は触覚が鈍い。案の定、天族の子も魔道具を付けられているのに気付いていなかった。

 魔道具のある場所を中心として、近くにある物体を守るように風が流れていく。ちょうどムササビ方式で落下してる時に感じる風の抵抗と同じぐらいだ。


 僕は天族の子の背に乗ったまま、素早く相手の腰にパラシュートの魔道具をセットした。

 飛び降りる瞬間に発動させるとパッと開く。

 地面すれすれだった。

 僕はくるっと回って着地した。天族の子は落下に慣れてないから、せっかく速度が落ちてパラシュートもあったのにズベベベベッと地面に転んだ。あれは痛いな。

 落ちた経験ないのかな。受け身が取れてない。子供なら最初は落ちると思うんだけど、練習してなかったのかも。


 とにかく、また逃げられても困る。僕は急いで捕獲に向かった。

 でも近寄ったらさ。


「ふぐっ……ううっ……」


 天族の子、泣いてた。

 そんなに痛かったの? もしかして、膝あたりがずる剥けしちゃった? あれは痛いよね……。

 と、思っていたら、そうじゃなかった。


「あ、あー、そういうことかぁ」

「みっ、見るなっ!」


 お漏らししてた。そんなに怖かったのか。

 あと、もしかしてだけど、恥ずかしがり方がちょっと乙女っぽい。女の子だったのかな。

 だったら可哀想だ。

 僕は急いで収納庫から騎士団でもらった野営セット用の薄い毛布を取り出した。これなら汚れても惜しくない。母さんが作ってくれたキルトケットを使うなんて勿体ないからね。


「はい、これ」

「ううう……」

「魔法は使えないの?」

「……」

「天族は魔法が下手だもんなー」

「お、お前だって!」

「下手は下手なりに努力してんだって。ていうか、この期に及んで偉そうじゃん。せっかく清浄の魔法を使ってあげようと思ったのに」

「……つ、つか」

「はい?」

「……魔法を使って、くれ」

「使って、くれ?」


 容赦ない僕のツッコミに、天族の子は白旗を揚げた。

 めっちゃ小さな声で「綺麗にしてください」とお願いしてきたのである。

 僕は指示棒を使って【清浄】を掛けてあげ、ついでに捕縛したあとで怪我の治療もしてあげたのだった。


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