106 捕縛と情報交換と次の一手




 すっかり静かになった天族の子だったけど、セリアと一緒にするのは問題がある。そう思ってサヴェラ副班長に預けた。

 その時に僕が「女の子みたいなので捕虜の扱いに気をつけて――」と言いかけたら、ものすごい勢いで天族の子が振り返った。


「俺は男だ!」

「え、えぇぇー」

「いくら天族が人族と違って綺麗だとはいえ、間違えるな!」

「いや、僕も天族なんだけど」

「つ、面汚しだろ」

「ふうん?」

「……と、とにかく、俺は男だ」

「名前は? 年齢も教えて」


 天族の子は正直に話した。僕の「ふうん」が怖かったらしい。

 応援に来てくれたヨニ先輩が「カナリアは尋問官の素質もあるね」と笑った。


「セシル、十三歳か。まだ子供じゃん。クソ生意気な性格も年齢を聞いちゃうとなぁ」

「洗脳されたんだろうね」

「とりあえず、テントをもう一つ出しておきます。ある程度の魔物なら耐えられる結界付きだから」

「助かるよ」

「緩衝地帯の方はどうなってます?」

「王子は引っ込んだね。カメールに乗った兵士はそのままだ」


 ヨニ先輩と話しながら、皆の避難場所に向かう。僕が天族の子とやりあっている間になんとか移動できていたみたいだ。

 頑丈な父さん作のテントがあって魔物対策もしてあるとはいえ、心配だから確認しておこう。

 小走りの途中もヨニ先輩と情報交換する。


「セルディオの砦上にあった魔道具を破壊してもダメかな」

「一度、魔物を呼び寄せる音が出たんだよね? なら無理じゃないかな」

「そっかぁ」

「今はユッカやオラヴィたちが魔道具を破壊して回っているよ」

「え、オラヴィ先輩がシルニオ班長から離れたんですか?」


 すごくない?

 僕が驚いていると、ヨニ先輩が笑っていいのか迷うような表情で頷いた。


「さすがにシルニオ班長の命令には従うよ」

「あー、取ってこい、かぁ」

「カナリア……」


 脱力しそうになったヨニ先輩は「ふう」と息を吐いて立て直した。お疲れっぽいな。そりゃそうか。

 僕はヨニ先輩にもパンを渡した。菓子パンだから疲れた脳にも良いよ!


 そうこうするうちに砦の内側にある石造りの建物に着いた。テントは一階にあったのを二階に移動させたようだ。

 馬車も建物内に移動させている最中だった。それもあって二階に移動させたみたい。予後の良くない元捕虜の人たちが心配だけど、少しでも魔物から離したいという心理も働いたんだろうな。


「ここで耐えられると思うかい?」

「厳しいです。魔物の種類にもよるんだけど、奴等はこれぐらいの建物なら平気で登ってきますし」

「そうか」

「やっぱり門を中心に大型の結界を張っておきましょう。取り戻した騎鳥は逃した方がいいんだろうけど、呼び戻しの調教を受けていたらセルディオに飛んでいくかもしれない。テントの近くに繋いでおいた方がいいです。万が一があれば元捕虜の人たちを乗せて逃げられる」

「その場合は先導者がいるな。カナリアに任せてもいいかい?」


 僕は首を振った。


「ヘルガ先輩やサヴェラ副班長の方がいいです。僕は魔物を担当します」

「確かに騎士隊も兵も君には敵わないが……。カナリアにばかり負担させて申し訳ないよ」

「いいえ。できる人がやればいいんです。あ、傭兵も残してくださいね。特にヴァロとは魔物狩りの際に連携して戦う訓練をやってたんです」


 マヌおじさんとも一度だけ飛行合わせをやった。次は本格的にやろうと話してたところなんだよなぁ。

 ヴァロはマヌおじさんの飛び方に感銘を受けて、訓練を楽しみにしている。

 そのヴァロやミルヴァ姉さんは森側の偵察に向かった。シニッカ姉さんだけ砦上で見張り中。


「そういえば、ニコは?」

「文官の方にいる。手薄だからね。騎鳥乗りを一人でも置いた方がいいだろう。彼等のテントは別棟だ。外交官は一階で、ヘルガが担当している。サヴェラ副班長はあちこち行ったり来たりだから一番疲れているかもしれない」


 とにかく手が足りない。テントに入らず、ギリギリまで話し合ってる外交官さんの姿もあったもんね。

 カイラさんが緩衝地帯にまだいるのも問題だ。

 あ。


「ヴェルナ様は……?」

「まだ戻ってきていないんだよ。文官の中に女性騎士がいるのは知っているよね? 彼女からもせっつかれている。むしろ、会談の席にも行きたがっていたが、さすがに待機を命令されて耐えているようだ。いつまで保つか分からないけれどね」


 僕は半眼になって、溜息。


「魔物対策はギリギリでもやれるとして、とりあえずヴェルナ様を連れて戻ります」

「カナリアならできるか。頼むよ。もう胃が痛くて仕方ない」


 真面目なヨニ先輩はストレスがすごいんだろうな。ていうか、王女様がいるんだから事情を知ってる人全員がキリキリしてるかも。

 考えてみると王女担当の女性騎士さんも大変だ。


 とにかく、僕は使えそうな魔道具をまた収納庫から取り出してヨニ先輩に渡した。

 この間、チロロは休憩中。長い間頑張っていたからね。


「チロロとニーチェはまだ休んでて。僕は緩衝地帯の方に顔を出してくる。そのうち呼ぶと思うから、それまで何もしなくていいよ」

「ちゅん」

「みー」


 水だけでなく、おやつも取り出す。ついでにヨニ先輩には菓子パンを大量に渡しておいた。皆の分だ。

 これで少しでもストレスが解消されるといいな。



 で、緩衝地帯の中央まで走っていったわけだけど。


「なんで、ヴェルナ様まで参戦してるんだよ……」


 相手の兵士とやり合っている中にヴェルナ様もいた。

 見間違いかと思って目をパチパチさせたけど、やっぱりヴェルナ様だった。ダメじゃん。

 上空ではユッカ先輩とオラヴィ先輩が張り切ってる。敵兵は騎鳥を何頭も逃しているので数は少ない。たぶん全勢力を出してきているはずだ。だってここで砦を閉じないと自分たちまで魔物の暴走に巻き込まれる。

 その扉は、シルニオ班長が閉めさせまいと騎鳥に乗って邪魔してた。足を踏み入れないのは「領土侵犯」しないため。

 騎獣乗りの騎士たちも一緒になって扉の辺りで戦ってるんだけど、残りの兵士が中央辺りでわちゃわちゃしてた。どちらの兵もだ。

 カイラさんを守るのは騎士一人。ヴェルナ様にはゼロ。ホント、何やってんの?


 僕は急いで走った。こんな走ったことないってぐらい頑張った。で、ヴェルナ様の前に飛び出た。


「前に出すぎです!」

「来たか」

「あの騎士さんに叱られますよ」

「ははっ。そうだな」


 笑い事じゃないんだけど。

 あの人、僕を睨むんだぞ。悪いのはヴェルナ様なんだから、ちゃんと主を睨んでほしい。


「そろそろ引いてください。カイラさんの安全も確保しないとです」

「む、そうだな。せめて相手の王子を引き出したかったのだが」

「どうやってです? あの門より向こうに立ち入れば相手と同類になりますよ」


 同じ穴の狢になる。それは避けたい。

 だからシルニオ班長だって門が閉じないように、だけど決して入り込まないようにと耐えているのだ。

 ていうか、あの扉、壊したらダメかな? ダメか。


「同類はよくないな。講和条約締結の際に有利となるよう、彼我の差は分かりやすい方がいい。そうだろう?」

「ですです」

「なればこそ、引っ張り出したい」

「……なんか嫌な予感」

「ふはは」


 ヴェルナ様はさっぱりした顔で笑うと、剣を鞘に戻した。話している間に相手の兵士が下がったんだ。僕も一緒になって魔法を放っていたからね。

 その隙を狙うかのように、 ヴェルナ様は胸を張って声を張り上げた。


「よく聞くがいい。我が名はヴェルナ=ニスカヴァーラ、アルニオ国の王女である!」


 ちょうど僕の視線の先に、そろそろと移動を始めていたカイラさんがいた。彼の顔が愕然とするのも見えた。

 うん。分かる。

 ついでに頭を抱えて蹲りたくなる気持ちもね。

 でも守ってくれてる騎士さんが困ってるから立ち上がろ?

 幸い、相手の兵士たちも唖然として動きを止めたけどさ。


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