107 ポジティブ王子は一瞬で




 ヴェルナ様の目論見は当たった。

 カメールに乗った兵士に囲まれて、王子が出てきたのだ。

 横で副官みたいな人がコソコソ話しかけてる。王子は何度か頷き、ヴェルナ様を見た。


「確かに本物の王女であるようだ。お前の父親はのらりくらりと返事を保留にしていたが、ちゃんと話は通してあったのだな。まさか自ら俺の下へ来るとは、いい心がけじゃないか」


 なにそれ。どうやったらそんなポジティブに受け止められるの。すごくない?

 という気持ちが表情にがっつり出てたみたい。

 王子が怪訝そうに、というか腹立たしげに僕を見た。

 ついでに言えばヴェルナ様も僕の横顔を見てにやりと笑う。

 それを見た王子が何故か得意げになって「なんだ、そこのバカみたいな顔をした女は」と言った。

 ヴェルナ様が賛同するって思ったんだろうな。

 そのヴェルナ様が耐えきれずに声を上げた。


「ははは」

「ヴェルナ様、そこ、笑うところじゃないと思います」

「しかし、カナリアの顔があまりにおかしくてな」

「顔はおかしくない、と思うんだけど」

「護衛のくせに態度がなってないぞ。躾はきちんとしておけ。まあ、お前は身一つで俺の国に来るのだからもう関係ないだろうがな」

「あんなこと言ってますよ。ヤバくないです?」


 取り繕うのも馬鹿らしくてついつい普通の声量でヴェルナ様に話しかけてしまった。彼女は肩を震わせて答えてくれない。楽しそう。

 王子の方は「ヤバい」が分からなかったみたいで怪訝そう。とはいえ良い言葉じゃないことぐらいは分かったらっぽい。僕を睨む。

 ヴェルナ様はなんとか笑いを堪えようとして、とうとう吹き出した。


「ぶはっ」

「なんだ、その態度は!」

「いや、あまりに面白くてな。では、本題に入ろうじゃないか」

「偉そうな女だ。お前も躾なければならないな」

「ははは。その冗談は面白くない。それよりも大事な話だ。よく聞くがいい」

「なっ」


 顔を真っ赤にして近付こうとする王子を手で制し、ヴェルナ様が堂々とした態度で言い放つ。


「我が領土に兵を忍ばせただけでなく、騎士らを襲わせたな? 捕虜交換の件も、事前の話し合いとは大違いであった。ましてや魔物を呼び寄せようとした。これを我が国への宣戦布告と受け取るが、良いか?」


 怒っていた王子がニヤリと笑う。こちらが戦争回避を望むと思っているからだ。自分たちが有利だと考えている。


「やれるならやってみろ。だが無理だろう? お前が頭を下げて頼めば聞いてやらんこともない」

「ではセルディオ側からの宣戦布告ということで相違ないな?」

「は?」

「そちらが仕掛けてきたのだろうと言っている。分かるか? 分からなければ担当者を呼ぶがいい。待ってやろう」


 ヴェルナ様、煽るなぁ。

 ていうか本当に戦争やるの?

 大丈夫?

 と、思っていたら。


「やってみろと言ったのはそちらだからな? さあ、カナリア。あれを取り押さえろ」

「……そうだと思いました」


 敵国の王子、しかも次期国王を押さえたら戦争も何もないよね。問答無用で相手は降伏しちゃうしかない。

 ということを危機感のない王子は気付いていないんだろうなー。

 僕は溜息を吐いて、スタスタ歩いていった。慌てたのは護衛の兵士たちだ。王子はここにきてもまだ平気な顔をしている。僕の見た目で侮っているのが丸わかりだ。

 そもそも王子がここまでのこのこ出てきたのも、ヴェルナ様と僕しかいないからだろう。うちの騎士や兵士は離れた場所にいて駆け付けられない。王子と一緒に出てきた敵兵の方が近い場所にいる。

 相手は女二人で楽勝だ、と思ってるのが丸わかりだ。こっちには足となる騎獣鳥もいない。

 でーもー。


「ほう。この俺とやる気か? 言っておくが、俺は剣の――」

「はいはい、ほいっと」


 剣を抜いて脅そうとしたんだろうけど、遅いんだって。

 魔法杖代わりの指示棒を振り抜いて弾くと、間合いに入って背負い投げ。

 護衛の兵士たちも動くんだけどやっぱり遅い。彼等が駆け付ける前にはもう王子の首に小刀を当ててた。


「はい、止まって~」


 王子がぽかんとしてる。何が起こったのか分かっていない様子だ。その間に縛っておこうね。

 たぶん魔法無効の効果があると思われる指輪を付けているようだから、物理で縛る。

 兵士たちは、僕が何もないところから縄を取り出したことにも、あっという間に王子を縛ったことにも驚いたようだった。


 これを見ていたセルディオの兵士たちが、砦の扉を大きく開けて飛び出してきた。

 ちょうどいいとばかりにシルニオ班長たちが扉が閉じないようにと楔を打っている。


 僕はヴェルナ様を背後に、王子を引きずってアルニオ側へと進んだ。

 で、あともう少しってところで声が上がった。

 ニコの声だった。


「魔物が来た! かなりの数だ!! もうすぐそこまで来ている、走れ!!」

「うわ、早すぎない? あー、ヴェルナ様、先に向かってください。騎士が避難場所に誘導します」

「だが、そこの王子はどうする」

「仕方ないので置いていきます」

「緩衝地帯にか?」

「はい。とにかく早く!」


 言い合っている間にヨニ先輩が走ってきた。ヴェルナ様の前で急停止すると同時に「申し訳ございません!」と叫んで抱え上げ、踵を返す。

 ヴェルナ様が何か言う前にもう門を通り抜けていった。さすがだ。


「お、おい、縄を解け! 魔物が来るんだろ!!」

「あーあ。結界の効いたテントまで運べたら捕虜にもなったのに」

「なっ」

「襲われるなら、アルニオ側じゃなくて緩衝地帯がいいかなー」

「お、お前、まさか俺をここに放置する気じゃ……」


 僕は、にやぁっと笑った。

 王子が初めて引きつった顔を見せる。今まで自信満々のところしか見てなかったので気持ちいいな。


「も、問題になるぞ。我が国はお前を許さんだろう」

「どうしてです? だって魔物を呼んだのはセルディオじゃないですかー。散々こっちに迷惑なんて言葉では言い表せないほどのことをしておいて、今更ぁ?」


 王子は口をぱくぱくさせて呆然とする。

 いや、ホントにさ、なんで今の状況でそんなことが言えるの。


「大量の魔物を呼び込んだのは自分たちじゃん。そのツケは自分で払ってくださいー」


 ヘラヘラ笑っていた僕が真顔で告げると、王子だけでなく近くまで駆け寄っていた兵士たちも真っ青になった。

 ちょうど地面からドドドッという揺れを感じる。

 本当に大量の魔物が移動してるみたいだ。

 ミルヴァ姉さんたちは大丈夫かな。騎獣から騎鳥に乗り換えてるとは思うけど、心配。ヴァロとアドもだ。アドもしっかり休んでいたから大丈夫だとは思うけどね。


「わ、分かった。あの天族はお前たちにやろう。先ほどそっちが捕まえた我が国の天族も渡す。捕虜は全員そちらに渡ったのだから問題はないはずだ」

「は?」

「だから、引き分けだと言っている!」

「それで?」

「早く外せ! お、お前たちも何をしているんだ、早く助けないか!」

「で、ですが、近付けないんですっ!」

「何故、なにを。待て、あの音はまさか」


 遠くで聞こえていたキーという魔物の鳴き声がどんどん近付いてきた。振動と、大型の魔物が発する威圧感のようなものもビリビリと体に伝わってくる。

 魔物との戦いに慣れていない者にこれはきついだろうな。

 セルディオには魔物が少ないから本当の怖さが分かっていない。しかも大量の魔物が移動している。異常繁殖や強い魔物に追われて逃げる時に発生するスタンピードも知らないはず。

 国境付近なら討伐も進んでいないから大型の魔物も多そうだ。

 僕の肌もひりついてる。


「人間は魔物を本質的に恐れてるんだ。怖くて怖くてたまらない。その魔物を大量に呼び込んだのは、あなたたちだ。一匹や二匹、もしかしたら数十匹ぐらいなら相手にしたことがあるんだろうね。もしかして『大したことない』って勘違いした?」


 兵士たちがガクガク震える。


「たかだか数十匹を相手にして分かった気になってたのかな。でもさ、魔物は人間じゃないんだよ? 奴等に交渉なんて無理だ。慈悲もない。『捕虜を返すから』『もう戦争は吹っかけません』『お金を渡します』。そんな話が通じる相手じゃない。人間のことなんてただの餌としか思ってないだろうね。あなたたちがやろうとしていたのは蝸角の争いだ。もっと広い世界を見るべきだったね」


 王子も震えだした。僕の話にというよりも、アルニオの砦を乗り越えた魔物の姿が見えたからだろう。

 せいぜい自分がやったことをその目で見るがいいよ。


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