081 女装と問題発生




 取り残されたヘルガ先輩が手を挙げる。


「サヴェラ副班長、わたしは? わたしもあっちがいいです」

「あなたまで嫌がってどうするんです。全く。ヘルガは近衛から応援を頼まれるかもしれないのです。内勤の仕事を覚えなさい」


 絶望した顔のヘルガ先輩に、サヴェラ副班長は溜息を漏らした。


「……分かりました。書類仕事は免除します。その代わり、お茶出しを覚えましょう。ああ、カナリアを王族の女性だと思って接してみなさい。良い練習相手になるのではありませんか」

「あ、それならできます! そうだ、どうせならカナリアにドレスを着せましょうよ」

「ヘルガ?」

「だって、そのうち潜入仕事もさせるでしょ? わたしが女装しても貴族令嬢らしくないって言ったの、サヴェラ副班長じゃないですか。あの時もサヴェラ副班長が代わりに女装してくれましたしね。でもほら、指示が通らなくて大変だと仰っていたでしょう。それなら、カナリアにやってもらった方がいいですよ。わたしの女装より断然マシです」

「女装という言い方は止めなさい。あなたは本物でしょうが、全く」


 呆れ顔のサヴェラ副班長は、しかし「ふむ」と考え込んでしまった。


 結局、練習もアリだと思ったらしいサヴェラ副班長の命令により、僕は女装したまま仕事することになった。

 別に可愛い服を着る分には問題ないんだ。何故か各サイズが揃っているドレスやワンピースに驚くけれど――しかも騎士団所有のもあればシルニオ班専用部屋にも揃っている――割とノリノリで選んで着替えたぐらい。

 ついでに自分の収納庫からリボンを取り出して髪の毛を纏めた。

 残念ながら装飾品は持ってない。指輪やピアスは苦手なんだよな。チロロと山の中を飛ぶのに邪魔だったからだ。

 なので、スカーフを可愛く首に巻いて装飾品代わりに。そのせいで暑いのが問題だ。というか、女装って案外と暑い。何枚も着込むからね。


「冷房の魔道具付けてください」

「仕方ありません。本物の令嬢は汗を掻かないような訓練をするそうですが、あなたは違いますしね」

「え、貴族令嬢って、そんなことできるんですか」


 僕がヘルガ先輩を見ると、ぶんぶんと首を横に振る。

 サヴェラ副班長は肩を竦め、妖しい笑みで答えた。


「コルセットを使うそうですよ。汗が出にくくなる位置を締め上げるのだとか」

「へぇぇ」


 素直に驚く僕と違い、ニコとヘルガ先輩が顔を赤くする。

 なんぞ、と思ったものの雑談してる場合じゃなかった。


「まあいいや。仕事が終わらないので書いちゃいます」

「カナリアは良い子ですね。さ、君たちも仕事に戻りなさい」

「サヴェラ副班長が言い出したのにぃ」

「コルセットの話題を令嬢としたってところに突っ込まないのが、カナリアらしいわ」


 ぶつぶつ言いながらも、ニコとヘルガ先輩は仕事に戻った。



 次の日も女装で仕事をしていたら、別の班の騎士が覗きにきた。

 で、真剣な顔をして「本当は女の子なんじゃないのか」と聞く。廊下には数人の気配があった。これ、賭けてるな。バレたら怒られるぞ。

 怒られるのは可哀想だから、こっそり忠告しようと立ち上がった。

 その時だ。バタバタと人が走ってきた。


「どこに行った」

「ここにはいない!」


 僕らは顔を見合わせ、そっと廊下に顔を出した。ちょうど走ってきた騎士が僕の格好に驚きつつ、ニコに話し掛ける。


「こっちに部外者が来ていないか?」

「いや、サボってる騎士なら来たけど。そこ」


 指差した先の騎士数人に胡乱な視線を向け、走ってきた騎士が「そうじゃない」と首を振る。


「取り調べの途中で激昂した奴がいてな。仕方ないから休憩を挟もうとしたら、いきなり捕らえていた天族を殴ったんだ。慌てて割り込んだんだが、その間に殴った奴が勝手に部屋を出ていってしまって」

「はぁ? それ、調査のために呼んだ天族の奴か?」

「そうだ。最初から偉そうな男だったんだよな。天族はおとなしいと聞いていたのにビックリだよ」


 やり取りを聞いて嫌な予感がしたよね。


「どえらい美人ばかりで、見た目はなよやかなんだけど。……あれ?」


 説明してた騎士が僕を見て首を傾げた。


「呼び出した天族の三人は全員が銀髪だったんだ。カナリアの髪色も似てるような?」

「あー、カナリアも銀髪に近いよな。白っぽいけど。目の色は緑なんだっけ」


 ニコが覗き込む。僕は内心で、ニコに「ナイスアシスト」と叫んだ。


「うん、僕は白髪・・なんだ。瞳は灰色に近い緑らしいね。その人たちの目の色はどうだったの?」

「あー、銀色? 灰色みたいな、よく分からん色合いだ。なんだ、カナリアとは違うか」

「おい、ダラダラ喋ってんじゃないぞ。次へ行く」

「おっと、そうだった。じゃ、もし見掛けたら捕まえてくれ。頼んだぞ」


 了解と返事をして同僚たちを見送った。

 ふう。

 天族は、銀髪に灰色のような銀眼が多い。ただ、母さんは人より白っぽい髪の色をしていた。僕の髪色は母さん似。そして瞳の色は父さん譲りだ。おかげで助かった。

 とはいえ天族は美形ばかり。自分で言うのもなんだけど、僕も将来は美人になりそうな顔をしている。

 そして、あの野郎も見た目だけはすこぶる美人なんだ。

 おそらく激昂して殴ったという男は里長の息子だ。きっとそう。

 こういう場でも平気でやらかしちゃうメンタルしてるの、あいつぐらいだもん。

 まあ子供時代の僕が覚えてる限りだから、もしかしたら他にもヤバい奴はいるのかもしれない。けど、さっきの騎士も言ってたように、天族は基本的に「おとなしい」。里の中で普通に見えたのは、閉じられた世界で慣れているからだ。誰しも家族には素を出すものだよね。

 父さんによると外での天族は人見知りで、強い相手には従順なところがある。

 例外は里長の息子だ。あいつ、名前、なんていったっけ。


「ギリム殿、出てきてください!」

「そうそう、それ」


 あーっ!

 廊下の声。騎士の声量!

 僕は頭を抱えて座り込んだ。ニコが「おい、大丈夫か」と心配そう。

 とりあえず僕は「そこの扉、絶対に開けないで」とお願いした。


 ていうか、どれだけ自衛してても揉め事って勝手にやってくるんだね。

 冷静さを装って事務仕事に戻ろうとしたら、今度は窓の外に大きく羽ばたく人影。

 ヘルガ先輩とサヴェラ副班長も気付いたよね。


「天族が飛んでるわ!」


 しかも窓を開けて叫ぶし。


「ほう。本当に羽を広げて飛ぶようですね。初めて見ました」

「いや、二人とも呑気に見学してる場合じゃないでしょ!」

「こういう時だけニコは常識人のような発言をしますね」

「がー! カナリア、お前が頼りだ。カナリア、おい、どうしたらいい?」

「僕も呑気にしてたい。関わり合いになりたくない」

「や、そりゃ、そういう話だったけどさぁ」

「きっと誰かが追いかけるよ。だから窓を閉めよ?」


 ていうか、ギリムは他の二人を置いて帰るつもりなのかな。ここから天族の里までは遠いぞ。どうやって帰る気だろ。荷物を持っているようには見えないんだけど。

 僕はぼんやり窓枠に手を置いて眺めた。ニコも呆然と眺めてる。

 サヴェラ副班長は特に指示出しはしない。どうしてだろうと思えば。


「あれだけ目立つ姿ですよ? 訓練中の騎士もいます。すぐに発見するでしょう。わたしが連絡してカナリアが巻き込まれるよりは――」


 言いかけたところで止まる。


「どうしたんすか、サヴェラ副班長」

「ニコ、あの男が向かった先には騎鳥の獣舎があります」

「げっ」

「いかな天族といえども、長距離は飛べないはず。まさかと思いますが」


 全員が顔を見合わせる。最初に口を開いたのはニコ。


「えっ、ここまで自力で飛んできたわけじゃないんすか?」

「途中で騎鳥を貸し出したと聞いています。行軍の経験があれば騎乗もできるでしょう。空を飛べる彼等にとって騎鳥は仲間に近い。力を補えると聞きました。今回もかなりの速度で王都入りしたと聞いています」

「あの、まさか帰りも騎鳥に乗れると約束してたりしません?」


 僕が問いかけると、サヴェラ副班長が額に手をやった。分かります。頭痛ですね。


「えっと、とりあえず獣舎に先回りしましょう。天族は風の流れを呼んだり操ったりする能力だけは優れてるんです。乗ってしまえば追いかけられなくなる」


 僕の言葉に、ヘルガ先輩とニコは同時に頷き廊下へ走り出た。サヴェラ副班長は伝声器を使う。彼の視線がチラッとこちらへ向く。分かってます。僕も行けばいいんでしょ。






********************


◆書籍化のお知らせ◆

「小鳥ライダーは都会で暮らしたい」が明日、4/10に発売です

早いところはもう配本されているかもしれません


イラストは戸部淑先生です!

ISBN-13 ‏:‎ 978-4815626181


購入特典の書き下ろしもあります(QRコードで読み込むタイプ)

近況ノートにも情報載せております

美少年のカナリアにモフモフのチロロ、オコジョのような可愛いニーチェをぜひご覧ください!


文字を詰め込みすぎたせいでギチギチなんですが自分なりに改稿しまして読みやすくなったと思います(細かい部分の修正かけましたが、流れは同じです)



発売記念としてSSを書きました

明日の昼頃、短編集に投稿予約しております

「花祭りの途中で」というタイトルがそうです

よろしくお願いします!

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