082 女装で追いかける




 シルニオ班長の執務室から獣舎は遠いので、ショートカットするために窓から飛び降りた。

 女装したままだと気付いたのは、窓から飛び降りた時の不安定さでだ。風で膨らんじゃう。スカートって邪魔だ。

 手で押さえて着地すると、脱ぎたい衝動に駆られながら走った。

 サヴェラ副班長の心配が杞憂で終わりますようにって祈りながら、獣舎に向かって一直線だ。


 残念ながら悪い予想ほど当たるんだよな。

 引き出されてきた誰かの騎鳥にギリムが飛び乗ったところに、かち合った。ギリムは目の前に立ち塞がった僕を見て一瞬、足を止めた。

 タイミング良く、僕のずっと後方にある建物側の出口にヘルガ先輩とニコが着いたようだった。気配で分かる。

 だけど間に合わない。僕しか止められないのだ。とりあえず何か言おう。


「ちょっと待て、盗人野郎!」


 他に言葉がなかったのかって自分でも思う。でも、仕方ないじゃんね。

 せめて、ギリムが乗って帰る予定の騎鳥を手にしていたら盗人なんて呼ばなかった。けど、この野郎は騎士団の騎鳥を引っ張り出していたんだ。

 そもそもここは騎士たちの騎鳥を預ける獣舎。

 ギリムが連れ出してきたのは僕が知ってる子だった。


「カヌルをどこへ連れていくつもりだよ」

「なんだ、お前。邪魔だ、退け」

「盗人野郎の言葉を黙って聞く騎士がどこにいる!」

「騎士?」


 胡乱げな視線で、そういや女装してたなと思い出す。仁王立ちの姿は滑稽だろうなぁ。

 そこに、ようやくヘルガ先輩たちが到着した。まだ遠いけど他の騎士の気配も感じる。ギリムがそれに気付いてカヌルの手綱を強く引いた。


「ピギャァー!」

「ちょっ、カヌルが可哀想だろ」

「はっ、たかが騎鳥に名前を付けているのか。騎士団とやらは生温いな」

「盗人が偉そうに言うな」

「俺は盗人じゃない。わざわざ呼ばれて来てやったんだ。用事が終わったから帰る。それに騎鳥は借りられるという約束だ。何の問題もない」

「問題はあるよ。それはホイッカ団長補佐の相棒だからね。お前が乗っていい騎鳥じゃないんだよ」


 盗まれたなんて知られたらホイッカ団長補佐に絶対怒られる。

 あと、目の前まで来ておいて止められなかったなんてバレると僕も怒られるけど、シルニオ班まで怒られる。それが怖い。

 僕の背後でニコが「ひぇぇ」と声を上げた。ホイッカ団長補佐の騎鳥だと分かって怯えたみたいだ。ヘルガ先輩はじわじわ獣舎側に足を進めてる。


「ふん。じゃあ、代わりの騎鳥を寄越せ。義理は果たしたんだ。仕事をしてやった。早くしろ」


 相変わらずイラッとする男だなーと思っていたら、ニコが横に来た。


「なんでアイツ、あんなに偉そうなんだ」

「だよね!」


 偉そうなギリムにイライラしながら、早く降りろって再度促す。

 僕らが目の前に立っていても強引にやれば飛び立てそうな位置だ。騎士や兵士なら絶対に飛べない状況だけど、ギリムならやりそう。僕はニコが怪我しないよう気を付けながらカヌルの手綱に手を伸ばそうとした。

 けど、ギリムの方が早かった。鞭を打ち付けたのだ。


「ピギャァーッ!!」

「なっ」


 ニコが叫ぶのを聞きながら、僕は彼を押しのけた。このままだとカヌルの前脚に引っかけて傷を負う。

 僕も一緒になって地面に倒れると、ギリギリのところを前脚が通っていった。同時に羽ばたきのせいで砂が舞う。目を瞑った一瞬で、大きく上昇し始めた。

 僕は四つん這いの状態から、数歩走って飛び上がった。

 飛べ、飛べ、羽ばたきで作られた風に乗って飛び上がれ!

 勢いよく飛び上がった僕の体は、ようようカヌルの脚に届いた。右手で掴んだ瞬間にカヌルが発作的に振り払おうとしたけれど、すぐにだらんと力を抜いてくれる。


「よし!」


 カヌルはアウェスだ。太い足首を握り続けるのは難しい。もう、このまま下ろすしかない。だから体を前後に振った。ごめんね、カヌル。少しだけ我慢して。

 ギリムは飛び立った騎鳥が安定せず、しかもガクンと高度を下げようとしたので下を見たらしい。

 そこで僕に気付いた。


「は?」


 鞭を振ろうとするけど、届くわけないだろ。バーカ。

 僕はもっと体を振った。下手な形で落下するのはカヌルが危険だ。その見極めが大事。引きずり落とすんじゃなくて、旋回しながら着地できるように僕自身が重しとなるよう動く。

 ところがギリムの指示は上昇だ。カヌルに鞭が打たれる。

 内心で舌打ちした。早く応援来いよ。何してるんだ。


 女装していたせいで騎士の装備品を外していた。縄があればカヌルの足首に巻いて反動を付け、胴体に飛び上がれたのに。

 自分の迂闊さにも苛立つ。


「カナリアー!」


 マヌおじさんの声だった。

 時間的にはさほど経ってない。外に出ていると分かった時点でマヌおじさんに応援を頼んだとしたら、ここに到着したのはビックリするほど速いはず。

 とはいえ、一人でぶら下がって重しをやっていたから一秒が一分にも感じた。プレッシャーがすごいんだよ。

 でも、マヌおじさんが矢のように飛んできてカヌルの前を横切った瞬間、心の底から安心した。マヌおじさんは擦れ違いざまに叫んだ。


「よくやった! 俺が来たからにはもう大丈夫だ、飛び降りて待ってろ!」

「うん、そうするー!」


 ちょっと高い位置まで上がっていたけれど、大丈夫。そのまま飛び降りた。

 風は今日も吹いているし、魔法を使わずとも問題のない高さだ。

 ダンッと地上に降り立つと、足がジーンとした。そうだ、靴も女装用の低いヒールだった。シビシビする。


「カナリア! 無事か? お前、無茶すんなよな」

「だって足止めしないとさ。実際、それでマヌおじさんが間に合ったじゃん」

「そりゃそうだけど」

「あー、遅かったわね!」

「ヘルガ先輩」


 ヘルガ先輩は自分の騎鳥とチロロを連れ出してきたところだった。


「カナリアが追いかけると思って急いで用意したのに」

「マヌおじさんが間に合いました」


 ほら、と空を指差すと、ごつい大男がカヌルの上でギリムを捕獲していた。上空で飛び移ったんだろうなぁ。


「……すごいわね」

「なぁ、あれ、ホイッカ団長補佐のアウェスだよな? あんな大男が乗って大丈夫なのか」

「たぶん?」

「二人も乗って重いだろ」

「天族は軽いから」

「その天族、めっちゃ圧迫されてるな」

「白目剥いてないかしら?」


 マヌおじさん容赦ないからな。全力で抱き締めてる。あれは意識失うよね。彼の相棒のクッカは地面に下りた。チロロを見て「今から遊ぶの~」みないな気軽さ。捕り物中とは思えない空気だ。クッカにとっては確かに簡単なお仕事だったんだろう。あっという間だったもんね。

 反対にチロロは「え、乗らないの?」って顔で僕を見てる。肩透かしなのは分かるよ。ごめん。ニーチェと一緒にもう一度獣舎に戻っててね。


 そうこうするうちに応援の騎士が続々とやってきた。

 サヴェラ副班長の姿もあった。そして、カヌルを操縦して地上に降りたマヌおじさんと意識のないギリムを見た。


「ああ、そういう結果ですか」


 報告を聞くまでもなく理解しちゃうの、すごい。

 でもまあ、報連相は大事。

 ちゃんと言ったよ。サヴェラ副班長は盗まれかけた騎鳥がホイッカ団長補佐のカヌルだと知って額を押さえた。


「だ、大丈夫です。怒られるのは聴取部屋から逃した担当の騎士たちだから」


 うちの班は関係ない。セーフセーフ。


「ホイッカ団長補佐に愚痴を零されるのは、わたしなんです」

「お疲れ様です?」


 僕が下手な慰めを口にしているところにマヌおじさんがやってきた。ギリムは担がれてる。

 いくら天族だからって、三十代の男を肩に担げる五十代の男ってすごいよね。


「出番はないかと思っていたが、あったな!」

「マヌおじさん、助かったよ~」

「おう。そういや、可愛い格好してるな。カナリアがぶら下がってるから驚いたぞ。ここでもヤンチャしてるな」

「いや、あれは」

「カナリア。あなた、報告を端折りましたね?」

「いや、それは」

「がはは! やっぱりカナリアはシドニーとローラの子だな!」


 その大声に、ほとんどの人は「英雄キヴァリ」と仲が良いんだねとか、父親同士が友人だから可愛がられてるんだなとか思ってくれたと思う。

 ただ、大声すぎた。


 意識を失ってたはずのギリムが聞いていたんだ。

 身動ぎして「ローラ、ローラがいるのか」と唸った。そして目を開け、逆さに見える世界で女装の僕を見付けた。


「ローラ……?」


 あー。

 分かる。この先の未来が僕には見えた。

 僕はサヴェラ副班長とは違う形で、頭痛を覚えたのだった。






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ISBN-13 ‏:‎ 978-4815626181

イラストは戸部淑先生

購入特典の書き下ろしもあります(QRコードで読み込むタイプ)

近況ノートにも情報載せております


イラストが本当に最高なのです!ご覧いただけたら嬉しいです

個人的に作者推しだったヴァロが本当に良きですね…

いや、一番はカナリアだしチロロとニーチェなんですけども



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「魔法使いと愉快な仲間たち」の2巻が4/26に発売します

どうぞよろしくお願い申し上げます!

(イラスト戸部淑先生、書き下ろしアリ)

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