083 バレちゃったので悪行をバラす方向で




 協力者という立場から一転して盗難未遂犯になったギリムは、そりゃもう吠えに吠えた。


「どうしてもというから来てやったんだ。だが、あの犯罪者とは話にならない。だから帰ると言った。契約通りに働いたんだ。何故、捕らえられねばならない!」


 後ろ手に縄を掛けられてもなお、ここまで言えるなんて、ギリムはすごいなー(棒読み)。

 仲間の天族たちですらドン引きなのに。

 ていうか、青ざめてる。良かった。さすがにギリムがヤバいって分かるよね。

 とはいえ子分だからか何も言えないみたい。

 しかも大勢の騎士に囲まれておどおどしている。どうやら連れてこられたみたいだ。

 廊下でバッタリだよ。

 その廊下の途中で、ギリムが吠えながらも時々「ローラ!」と叫んで僕を見る。


 僕だって本当は一緒に建物へ入らずコソコソ裏に回ろうとしたんだ。けど、マヌおじさんが「バレちまったんだからもういいだろ」なんて言うし。とりあえずギリムを僕に釘付けさせておけば同じ騒ぐにしても多少楽になるってことで、サヴェラ副班長がマヌおじさんの意見に同意した。

 結局、ニコたちと一緒に戻り、そこで同僚たちの目に女装姿が晒されたってわけ。

 もうここまで来るとギリムや他の天族にバレるぐらいはどうでもいい。

 そもそも、ギリムはまだ僕を母さんだと間違えてる。おかしいだろ。幾ら若く見えるって言っても、お肌が違うじゃん。十五歳の僕とンン歳の母さんとでは全然――。


「どうした、カナリア? 震えてるぞ。その格好、寒いのか」

「ううん、なんか背中が寒くなっただけ」

「あー、ドレスって背中が開いてるもんな。って、お前のは開いてないだろ。女装用だから、男のごつい体を隠すために首まで布があるからな」

「サイズ展開がすごいよね。ていうか、ニコは詳しすぎじゃない?」

「新入りが手入れをやらされるんだって」

「あなたたちは、こんな時でも緊張感がありませんね」


 呆れるサヴェラ副班長のところに、事情聴取を担当していた班の騎士たちが集まってきた。そのせいで空間が拓ける。ちょうど、天族二人を取り囲みながら来ていた騎士たちも横にずれてさ。まあ、目が合うよね。

 最初に口を開いたのは天族の方だった。


「ローラ、ローラって、お前もしかしてカナリアじゃないのか!」

「あ、本当だ。面影がある。なんで『面汚し』がこんなところに?」


 さっきまで、おどおどしてたくせにさ。途端に声が大きくなって元気になるの、笑う。

 声が聞こえたらしいギリムまで振り返る。

 暴れるせいで廊下を全然進んでなかったんだ。そりゃ聞こえるな。


「カナリア? どういうことだ!」


 あまりの形相に、僕はつい笑ってしまった。

 なんかさ、全然怖くないんだ。

 不思議だよね。ギリムが縄で括られているせいかな。それとも、僕が成長したってことかもしれない。

 本当に怖くなかった。

 ギリムが滑稽に見えた。

 体を捩って、必死に吠えてる。

 でも客観的に見て、騎士ばかりの中で細身の天族はなよっちい。全く強さを感じないのだ。

 実際、今、戦ったとしても勝てるなって思う。

 特に建物内部だ。飛べなければ天族なんてどうしようもない。


「お前、カナリア、お前のせいでっ!」


 何度も何度も体を捩るけど、騎士のがたいには負ける。ギリムは押さえ込まれ、そのまま引きずられていった。

 罵詈雑言がやがて小さくなっていく。

 天族の二人も強めに連行されていった。


「……僕、当時は殺されるかもしれないって怯えてたんだ」

「えっ? マジかよ、それ」

「カナリア、それほど非道い目に遭わされていたのですね」

「うん。皆の前で服を引き裂かれて」


 周りの騎士たちがギョッとした。分かる。普通にナイよね。


「人族の血の方が強く出て、僕の羽はちっちゃい。天族はそれが許せなかったんだ。両親は仕事で不在だった。その隙を狙われたんだ。誰も助けてくれなかったよ。怖くて、死ぬかもしれないと覚悟した」

「カナリア……」

「幸い、両親が早く帰ってきて事なきを得たんだ。その翌日には里を出た。だから、僕は天族じゃない。あいつらは仲間でも同族でもないんだ」

「分かっています。あなたに天族の義務を課すことはありません」


 サヴェラ副班長がきっぱりと言ってくれたのは、周りの騎士に向けての牽制だ。

 僕を天族として扱うなと、言ってくれている。


「あなたは天族の里を幼い頃に出ているので恩恵は受けていません。お父上が仕事を受けていらっしゃるそうですので、税も納めているのでしょう」

「あ、はい。魔道具開発で得た収入から自動引き落としされているそうです」

「ええ。それにカナリアは準騎士として働いています。軍の要請に応える必要はない。捕らえた天族の聴取も、幼い頃に里を出たあなたでは無理でしょう」


 サヴェラ副班長の視線は聴取担当の騎士たちに向いていた。

 彼等は慌てて「分かってる」と手を振った。


「恐ろしい目に遭った子に担当させるわけがない。ギリムという男の取り調べもこっちでやる。絶対に会わせないからな」

「こんな可愛い子に、とんでもない男だ」

「当時の事件の罰も与えたいぐらいだが、それは無理なんだ。ごめんな」

「あ、ううん。いいよ。独立した里の中で起きた事件だもん。裁けないのは分かってる」

「……健気だ」


 なんか、みんなの目がうるうるしてる。

 同情されるのは理解できるけど、そこまで?


「残りの二人もカナリアに対して偉そうな態度だったよな。ちょいと締めるか」

「おう、根性を叩き直してやろう」

「待て待て、そんな楽しい話なら俺も交ぜろ」

「キヴァリ殿。確かに、カナリアのおじさんなら許せないのも当然です」


 話がどんどん進んでるんだけど。

 あと、マヌおじさんとは赤の他人です。どういうことよ。情報錯綜しすぎじゃない?


「カナリア、辛いことを思い出して大変だったな。あとは俺たちに任せろ」

「じゃあな!」

「あ、ドレス似合ってるぞ。そっちが本当の姿だったんだな」

「いや、待って。違う」


 違うって言ってるのに、皆が「分かってる」って顔して頷き、来た時と同じくササーッと離れていった。


「なんか誤解されてねぇ?」

「たぶん」

「サヴェラ副班長、いいんすか?」

「放っておきなさい。きちんと話を聞けない者には何度も取り調べをさせればいいだけのこと。そうやって仕事を覚えていくのです」

「げっ」

「ニコ、先輩の仕事ぶりをよく観察するように。手の抜き方ばかり覚えてはいけませんよ。カナリアのように要領よく動けば、仕事も早く終わります」

「うっす!」

「あのー、それ、褒めてます?」


 サヴェラ副班長は答えてくれず、妖しい笑みで頷いた。



 ヘルガ先輩と合流したのは直後だ。チロロが拗ねていたと教えてくれる。ヘルガ先輩の相棒も拗ね始めたので相手をしてたらしい。


「こっち、そんな騒ぎになってたのね。お疲れさま」

「カナリアにまさかそんな事情があるなんて思ってなかったっすよね」

「ええ。お父さんが天族と揉めたって話を軽く受け止めていたわ。わたしだって子供がそんな目に遭わされたら暴れるわよ」

「ヘルガ先輩ならやりそうっすね。でも結婚もまだなのに――」

「ニコ?」

「うへぃ! じゃ、俺、先に部屋へ戻ってます!」

「あ、逃げた」

「逃げ足は速いのよねー」


 ヘルガ先輩が苦笑い。ニコは僕が入る直前にシルニオ班へ配属されたんだけど、すごく可愛がられてる。性格の良さかと思っていたけど同情もあったそう。


「あの子、フルメ班でいびられていたからね。仕事を押し付けられて、いつも走り回っていたの」

「そうなんだ」

「まさか、そのおかげで足腰が鍛えられたなんて皮肉よね」

「あはは」

「でも、腐らずに頑張っていた姿は皆が見ていた。偉いなーって応援してたのよ。ユッカも、口は悪いけど新入りに対して照れてるようなものなの。カナリアに対してもね。二人を扱き使いながら、どこまで仕事を任せられるか見極めてる」

「はい」

「あは、カナリアはやっぱり気付いていたわね。うん、良い子だ。ニコもね。あの子の明るくて元気なところが壊されなくて良かった」


 胸がほこほこする。温かい。

 僕も良い先輩たちに恵まれて良かったな。

 さっきまでギリムにイライラしていた気持ちがスッと消えた。


「ヘルガ先輩、これからもよろしくお願いします」

「もちろん。そうだ、次は赤色のドレスにしない?」

「それは止めときます」

「えー、どうしてよ」

「スカートが空気をはらんで邪魔だったんです。動きにくいし、靴も耐えられなかった」


 ほら、とボロボロになったヒールを見せる。

 ヘルガ先輩は顔を顰め「改良が必要ね」と、諦めるつもりはない台詞を吐いたのだった。








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「小鳥ライダーは都会で暮らしたい」が発売中です!

ISBN-13 ‏:‎ 978-4815626181

イラストは戸部淑先生

購入特典の書き下ろしもあります(QRコードで読み込むタイプ)

近況ノートにも情報載せております


美少年カナリアは幼くしてもらいました

天族由来と思っていただけましたら(母親ローラも若く見えます)

チロロは手触りの良いモフモフ、ニーチェはきゅるんとしたモフモフです!



別作品の「魔法使いと愉快な仲間たち」2巻が今週発売となります

(4/26)

こちらもお手にとっていただけますと幸いです💕


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