080 マヌおじさんと再会、書類仕事




 サヴェラ副班長は呆れ顔。


「あなたはいつも、いきなりすぎます。まず一度、確認を取ってください。シルニオ班長も確認を取っただけで命じたわけではなかった。それは分かりますね?」

「そう言えば、そうだったかも?」

「確かに、即断即決は大事ですがね。騎鳥乗りには必要な能力でもあります。肝心な場所で迷っていたら危険ですから」

「そうなんです。母さんも口酸っぱく言ってました」


 母さんがスパルタだった話もしてあったので、サヴェラ副班長は「ああ」と答えてから大きな溜息を零した。その目が僕を問題児だと思ってるみたいで居心地悪い。

 マヌおじさん、早く来ないかな。僕はそわそわしながら窓の外に目を向けた。



 文字通り飛んできたマヌおじさんは、詳しい事情を話すと思案することなく「構わんぞ」と引き受けてくれた。

 ホイッカ団長補佐は、僕が勝手に部外者を呼んだことにチクッと嫌みを言ったけど「伝説の騎乗乗りが付いてくれるなら」と喜んだ。

 ちなみに、僕が応援に就けない理由はサヴェラ副班長が考えてくれた。「父親が天族と揉めた過去がある」と、嘘ではないけど本当でもない話で乗り切ったのだ。ホイッカ団長補佐は疑わしそうにしていたけど、天族に協力をお願いする立場の騎士団側として「揉め事」が発生するのはよろしくない。

 それに準騎士の僕が出張るのも、やっぱり悩ましいところだったようだ。応援要請は引っ込めてくれた。


「第一、我々には他にも解決すべき事件が多くありますからね」


 サヴェラ副班長はホイッカ団長補佐に勝てたのが嬉しそう。

 僕はマヌおじさんと久々に会えて嬉しい。


「明日には天族の関係者が着くらしいな。カナリア、それまで俺と遊ぶか。どうだ、クッカと追いかけっこをやらんか」

「やりたい!」

「カナリア……?」

「ぴえっ」


 僕が飛び上がると、マヌおじさんが大笑いだ。


「なんだなんだ、ローラに怒られた時のようじゃないか。そこの上司がよっぽど怖いらしいな」

「サヴェラ副班長だよ。さっき名乗ってくれたのに」

「名前なんぞ、どうでもいい。俺ぁ、頼まれて仕事をするんだ。その仕事に関係のある奴の顔を覚えてりゃいいのさ」

「自由だね」

「そりゃそうだ。騎鳥乗りってのは自由でなけりゃいけない。カナリア、お前もそうだろ」

「僕はルールを守る人間なの。大勢の中で暮らすっていうのはそういうことなんだから」

「かーっ! 相変わらず真面目だな。シドニーとローラの間に生まれたとは思えんぞ」

「あの二人がいるからだよ。反面教師だね。マヌおじさんもだよ。三人みたいなハチャメチャを見ていたら、僕のようなちゃんとした人間ができるの」

「カナリア、少々よろしいでしょうか」

「はい?」


 サヴェラ副班長が眉を顰めて僕を見ていた。背後でシルニオ班長が笑いを堪えてる。


「あなた、自分で『ちゃんとしている』と思っていたのですか?」

「えっ」

「我々からすれば、カナリアも十分に自由ですよ」

「えぇー」

「はぁ。もう、いいです。シルニオ班長、招聘に応じてくださったキヴァリ殿の願いです。カナリアに自由時間を与えてもよろしいですか」

「ふは、いいよ。許す。カナリア、訓練場を使っていい。ただし、他の隊員の飛行を邪魔してはいけないよ。彼等はまだ君ほどに飛べないんだ。分かったね?」

「はい!」

「おう、良かったな。班長さんも、ありがとよ。じゃ、行くぞ。クッカも俺と離れて寂しがってるはずだ」

「はーい」


 僕は挨拶もそこそこにマヌおじさんと訓練場に向かった。ウキウキして「天族の責任者が来る」という重大案件が頭の中から抜け落ちていたことに気付いたのは、翌日になってからだった。




 昨日の訓練場全体を使った「追いかけっこ」は、最近ようやく僕の訓練メニューに慣れてきた騎士たちを恐怖のどん底に陥れたみたい。

 出勤すると、寮から出てきた騎士たちに青い顔で逃げられてしまった。


「ひどい」

「お前がひどいんだよ。鬼みたいな追いかけっこを見せられて、俺たちがどんだけ驚いたか」

「ニコ、おはよう。今日は事務仕事だよね」

「念のためな。お前を天族に見られないようにしろってシルニオ班長に言われてるし、訓練はまずいだろ」


 チロロは獣舎に預け、僕らは騎士団本部の建物に入った。表からじゃなくて裏側からだ。騎士寮も裏側に近い。表を通るのは偉い人やお客さんぐらいだ。

 内部も一応、分けられている。あえて突破しようとしなければ顔を合わせることはない。


「いつ頃、到着するんだろ」

「ヨニ先輩が教えてくれるってよ。他は内勤だ。表に出せないってサヴェラ副班長が言ってた」

「そっかー。でも、先輩方に事務仕事はさせられないよね」

「あの人らは計算も書類整理もできないからなぁ」

「できるの、ヨニ先輩だけだよね」

「そうそう。ヤベぇよな」

「ニコも苦手じゃん」

「あの人らよりはマシだって」


 なんて話しながら執務室に入ると、先輩方が地獄に仏って顔で出迎えてくれた。


「カナリア~。お前、こういうの得意だろ? 昼飯を奢ってやるから僕の代わりにこれやっといて」

「はいはい」

「ユッカ、昼食だけでは足りないと思うわよ」

「じゃあ、ヘルガは何を対価にするんだよ」

「わたしは刺繍糸を贈るわ。ね、カナリアは刺繍の会に行ったのよね? 好きでしょう」

「ヘルガは自分が使わないものを押し付けるんだろ」

「俺はあげられるものがない……」

「オラヴィ先輩が萎れワンコに見える」

「カナリア、仮にも先輩にそれはないぞ」

「ニコ、あなたもです。そもそも、君たちは仕事をなんだと思っているのですか。せめて自分自身の報告書ぐらい自分で書きなさい。後輩に任せても分かりますよ。いいですね?」


 最後はサヴェラ副班長の厳しいお言葉により、カオスは一旦収まった。


「えーと、とりあえず報告書以外なら僕がヨニ先輩の代わりに手伝います。あと、ヘルガ先輩、僕が行ったのは装飾の会です。刺繍も見てきました。とっても素晴らしかったです。刺繍糸は要らないならください。揃えるとなると結構お高くつくんですよ。持ってる服にワンポイント刺繍を入れたいので嬉しいです」

「いいわよ。金銀のも入れるわね」

「やった!」

「おい、ヘルガ。金は王家の証だ。カナリアが金刺繍入りの服を貴族のいる場所へ着ていったらまずいだろ」

「あ、そうだったわね。ユッカ、ありがとう。カナリア、ごめんね」

「金を使うのはダメなんですか?」

「ダメというわけではないんですよ」


 首を傾げると、教えてくれたのはサヴェラ副班長だった。シルニオ班長は天族が来る件で席を外しているのでいない。だからオラヴィ先輩も静かだし、萎れワンコなのだ。


「王族の方々は代々金髪が多く、それゆえ金を王族の色として表現するのです。公式の場で金糸を使用する場合は伯爵位以上と決まっているほどです。使用量も決められているんですよ」

「へぇぇ」

「王侯貴族が服や持ち物に使う金糸と刺繍用として出回る色は違いますが、権威に縋る貴族の前では見せない方がいいでしょう。彼等は平民が身分以上の格好をすることに敏感です」

「ははぁ、なるほど。つまり豪奢な格好でなければいいんですね」

「……奇抜な格好も止めておきなさい」

「はーい」


 実際、騎士服にも金色は使われている。だからまあ、これは平民扱いの僕に対する気遣いだ。準騎士の僕なら、貴族と顔を合わせる機会があるかもしれないからね。

 ユッカ先輩は口は悪いけど後輩を大事にする人だ。

 ヘルガ先輩の場合はうっかりだろう。この人、貴族出身の割にはお嬢様生活に馴染めなくて騎士になったらしいし。


「ニコ、あなたはカナリアと遊びに行く仲なんでしょう? 念のため、私服を確認してあげなさい」

「っす」

「ユッカとオラヴィは班員の防具を整備を。装備品の確認もです。その代わり、書類仕事はカナリアとニコに振りましょう」

「やった。オラヴィ、行こうぜ」

「班長の分は俺がやってもいいですか」

「構いませんが、他の人の分もちゃんとお願いしますよ」

「はい!」


 オラヴィ先輩は尻尾を振って出ていった。現金すぎて笑う。なんでそんなにシルニオ班長が好きなんだ。昔、助けてもらった犬かな。







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◆書籍化のお知らせ◆

「小鳥ライダーは都会で暮らしたい」が2024/04/10に発売となります

ISBN-13 ‏:‎ 978-4815626181

イラストレーターは戸部淑先生

カナリアが美少年ですし、チロロもニーチェも可愛くて最高です…!

購入特典の書き下ろしもあります(QRコードで読み込むタイプです)

よろしくお願いします💕


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