092 警戒してたら驚いた




 ヴァロが護衛をしやすいよう、僕はセリアから離れずに過ごしている。昼の移動では馬車の上で過ごすか、チロロに乗って周囲を護衛。夜は町にある宿でセリアと同室だ。隣の部屋にヴァロ、反対隣はユッカ先輩とオラヴィ先輩が詰めている。廊下も夜番の騎士が立っていた。

 万全の態勢。

 でも、とうとう野営が始まった。国境は辺鄙な場所にあるからね。そこへ行くほどに町の規模は小さくなるし、数も減っていく。


「次に寄る町が最後だ。補給を済ませる。町を出たら国境まで四日ってところか」

「四日もかかるの?」

「馬車がなけりゃ、二日だな。カナリアなら、もっと早いんじゃねぇか」


 ヴァロがテントの前でのんびり話す。

 テントには僕とセリア、ニコも泊まる予定だ。僕らに夜番はなし。周囲を囲むのはシルニオ班とヴァロで、交代で番をしてくれる。セリアと僕を守るためだ。

 ミルヴァ姉さんたちは近くにテントを張った。

 最初は偉い文官さん(おそらく女性)の護衛として傍にテントを張る予定だったらしい。けど、あっちはあっちで完結できるらしく、断られたそう。

 とはいえ、割とすぐ近くに馬車を配置してた。物理的な壁だね。

 更に彼女たちを守る形で、外側に外交官さんや荷馬車などで囲む。騎士もだ。それから少し離れた場所に捕虜の乗った馬車を置き、護衛として兵士たちも横で休む。

 セルディオ国の一行は捕虜とは離れた場所にテントを張ってもらった。

 最初はごねてたらしいけど、外交官さんが青筋を立てながら説得してた。


 最初の夜は何もなかった。

 いや、何もないってことはないか。交流を深めようと言って、あれだけ外交官さんが「近付くな」と釘を刺したのに平然と護衛の間を抜けて来ようとしたからね。

 びっくりだよ。

 向こうだって、王子の食事中に他国の人間が割り込んだら怒るだろうに。

 何をどうしたら偉い人たちの食事中にドカドカと歩いてこれるんだろう。

 しかも、断られて「無礼だ」と怒るのも相変わらずで、短絡的ぃ。


 いよいよ、僕らは警戒心を強めた。


 そんな中、最後の補給場所となる町で僕は驚きの出会いを果たしたのである。




 小さな町で見るところもない。当たり前だけど宿もなかった。唯一ある、町長の家に併設された「お客様用」の部屋はセルディオ国の王子に譲られた。

 空き家があれば借りられたんだろうけど、そもそも全員分あるわけもない。となると、あとは広場にテントを張るしかなかった。完全に野営じゃんね。

 まあ、いつ魔物が襲ってくるか分からない外と、とりあえず町の中にある広場じゃ安心感は違うけどさ。とにかく、僕らは町の広場にテントを張って休んだ。

 念のため町の自警団に事情を話し、町長の家を見張ってもらう。人の目があるだけでも全然違うよね。だから、皆の緊張が解けていた。僕もだ。


 いや、お腹が空いたんだよ。で、広場の端にある竈でこそこそと夜食を作っていた。そしたら背後に人が立ったんだ。

 誰かが歩いてきたのは知っていた。足音が軽いし、女性だろうなってことも分かる。となれば噂の文官さんだ。だったら警戒しなくていい。

 他にも大丈夫だって自信があったのは、ニーチェが襟巻きになっていたから。ニーチェは悪意のある人間に敏感だ。


「何をしているのだ?」


 声を掛けられ、僕はゆっくり振り返った。そこには赤い髪の女の子がいた。その顔には見覚えがあった。アイナ様と一緒に僕の飛行を見学した子だ。

 てっきり、女官やそのお付きだと思っていた。だから、赤髪の女の子がいるとは想像もしてなかった。

 だって、年齢が足らない。


「どうした? まさか気付いてなかったとは言わないよな。足音はさせていた」

「あ、はい。かなり小さな方が歩いてきてると気付いていました。でもまさか若い方とは思わなくて」

「うん?」

「あ、体重が軽いと足音も変わるんです。歩き方にも違いがあって、性差も出ちゃうんです」

「ほう。なるほどな」


 面白がる様子に、僕はホッとした。だって絶対この子も偉い人でしょ。喋り方からして偉そうだもん。

 とはいえ、子供だ。

 なんだか途轍もなく嫌な予感がするぞ。


 お付きの人なら若くても、まあそういうこともあるかもしれないね。超優秀だとか身内だとかって理由で、女官のお世話係として実家から連れてくるパターンがある。戦場に貴族がペイジを連れていくようなものだ。小姓とも言うんだっけ。

 でも、こんなところに女の子はないよなぁ。危険すぎるし。

 そもそも偉そうなんだ。着てる服も明らかに質がいい。

 大体、こんな危険な任務に偉い身分の子供を連れてくるわけないじゃん。となると――。


 僕が黙り込んでいると、赤髪の女の子はニヤリと笑った。


「なんだ、聡いな。わたくしの立場に気付いたか」

「いえ、全く何も、気付いてません! あ、お腹空きませんか。夜食がそろそろ出来上がります」


 無礼だろうと構わない。僕は決定的な言葉を聞きたくなくて彼女の言葉を遮った。

 幸い、無礼打ちなんてことにはならなかった。

 なんたって少し離れた場所には護衛の女性騎士がいるもんね。睨んでる! 怖いよぉ。


「毒味はしますね! 僕が先に食べれば!」

「ははは。焦るな。安心しろ。お前は『大丈夫』だとすでに報告を受けている。あれは仕事柄、視線がきついだけだ。気にせず普段通りに過ごせ」

「あ、はい」


 お皿に載せたのはトルティーヤだ。トウモロコシ粉を混ぜた小麦粉を薄く焼き、収納庫に溜め込んでいたソーセージとチーズを巻いた。これだけだと夜食にするには罪悪感がある。レタスとトマトも追加した。あとは母さん特製のちょい辛サルサソースに万能スパイスを掛ければ完成だ。ニンニクは控え目。


「どうぞ。美味しいですよ」

「謙遜しないのだな」

「えっ、あ、そうか。でもあの、本当に美味しいんです。うちの母直伝のソースとスパイスを使ってます。父が旅先で買ってきたスパイスですけど、配合は母で――」

「ふふ。そうか、それは自慢の味であろう。では、わたくしもいただくとしよう」


 護衛の女性騎士は何も言わない。じとっと見ているけど、近付いてもこなかった。

 赤髪の女の子は大きな口を開けてトルティーヤを食べた。


「うむ。美味しい。少々ピリッとするのが、後を引くな。母御はよほど料理が上手とみえる」

「あ、はい」

「父御も優しいのだな」

「優しい、ですかね?」

「香辛料は高いと聞いている。平民が気軽に買えるような値ではなかろう? 普通は、突然割り込んだ正体不明の女に分け与えるものではない」


 僕はぽかんと口を開けた。

 女の子は口の端に赤いソースをつけたまま、最後の一口まで食べきった。


「最後まで飽きない味だ。素晴らしい」

「ありがとうございます?」

「父御は妻や子のために高くとも買い集めたのであろう。優しいではないか。その教えを受けて育ったからこそ、お主も優しい子になったのだな」

「えぇ、優しいですか?」

「お主の夜食を先に分け与えてくれるのだ。十分に優しかろ」


 褒めてくれるのは嬉しい。でも、僕は口の端についた汚れが気になって仕方なかった。

 ポケットを探り、女性騎士に見えるよう大きな動きでハンカチを取り出した。


「これ、良かったらどうぞ」

「……しまったな。このような食べ方は滅多にしないのでな。お付きにバレると叱られる。お主、黙っておれよ」

「はい」


 貫禄ある喋り方と、女性騎士の態度からしてもうビンゴだよね。

 いや、まだ希望はある。

 王族は金髪だ。

 この子は赤い髪をしてる。きっとアイナ様のご学友とかだよ。同じ立場の、そう公爵家!


「馳走になった。礼を言わねばならんな。その前に、まずは礼儀として名乗るべきであろう」

「あーあーあー!」

「煩い。結界を張っているとはいえ、迷惑であろうが」

「だってぇ」


 最後の足掻きの叫びをニヤリと笑い飛ばし、赤い髪の女の子はこう言った。


「わたくしは、ヴェルナ=ニスカヴァーラだ。陛下と正妃である母との間に生まれた、唯一の王女である」


 やっぱりアルニオ国の王女様だった!


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