093 王女様との話し合い




 王女様は年齢に見合わない風格をお持ちのようです。

 堂々と胸を張る姿に、僕は口を開けて呆然。


「アイナに、お主であれば身分を告げても問題ないと言われていた。今時珍しいほど正義感に溢れた、清々しい心の持ち主のようだな。わたくしはアイナに何度も『仲の良い友達ができました』と自慢されたぞ」

「あ、そうなんですか」


 仲の良い友達だと思ってもらっているんだ。ちょっと、ううん、かなり嬉しい。

 僕がニコニコ笑うと、王女様は目を見開いた。


「やれ、脈はないようだ」

「はい?」

「お子様どもめ。せっかく、人目を盗んで会いに来たというのに」

「はぁ。えっと、僕に話があったんですか?」

「そうだ。お主は天族であるという理由からセルディオ国に狙われている」

「そうですね」

「それゆえ、下っ端ながらも今回の件について多くの情報を得ているであろう?」

「そうですね。あっ」


 僕は慌てて口を押さえた。今更、意味ないんだけどさ。

 王女様は笑った。


「セルディオ国が王女の輿入れを要求してきた、という話は聞いているな?」

「えーと、はい」

「その王女がわたくしである」


 さっき、そういえば陛下と王妃様の間に生まれたって名乗ったっけ。変な名乗りだと思ったら僕への説明でもあったのか。


「唯一の王女様、でしたっけ?」


 おそるおそる尋ねると、王女様はまた笑った。振り返り、護衛の女性騎士に手を振る。一瞬、殺気を感じたもんね。僕の口調がまずくてごめんなさい。


「正妃である母の子の中で、女子はわたくしだけだ」

「なるほど」


 つまり、まだ女子はいるけれど、身分の低い方々のお子様になるんだな。

 事情は分からないし、聞く気もないので問い返さずに頷く。

 王女様もそのまま続けた。


「他国の王子と釣り合うという意味でも、わたくししかいない。向こうもそのつもりであろう」

「はい」

「むろん、わたくしも国のために身を捧ぐ決心はついておる。だがな」


 勇ましい表情で語り出す王女様は、たぶん僕よりも年下だ。迫力あるけど。


「道理の通らない話には異を唱えたい。分かるか?」

「なんか、外交官さんが愚痴ってたので大体は?」


 語尾で首を傾げちゃった。王女様は怒らなかった。むしろ笑ってる。


「カイラめ、幼いお主にまで愚痴を零しているのか」


 カイラというのは外交官さんだ。チーム外交官の中で一番偉い。


「幼い……。あのー、僕はこれでも成人しています。王女様より年上ですよ、たぶん」


 王女様が小さく頷いた。なんか、子供が背伸びしているのを微笑ましく眺めてるって感じがして、居心地悪い。


「準騎士に任じられたのであったな。確かに成人しておらぬと無理だ。だが、どうにも見た目がな。それは天族ゆえか?」

「そうです。皆、若く見えますね。魔力が高いと見た目の成長も遅いと聞きました」

「む、そうだったのか。それは知らなかったな」

「父さんがすごく若作りなので何故かと聞いたら教えてくれました」

「父御と言えば、賢者シドニー=オルコット殿だな」

「それです」


 父さんを「それ」呼ばわりしたからか、王女様は楽しそうだ。肩をふるわせてる。


「ふふ、そうか。で、お主も幼く見えるというわけか。いや、分かった。成人として話そう。考えもしっかりしているようだしな?」

「アイナ様の情報でしょうか」

「それもある。他にも聞いているぞ。なかなかの活躍ぶりじゃないか。町の皆にも愛されている」


 密偵みたいな人がいるのかな。両親のことも知っているし、いろいろ調べたんだろう。

 きっと僕が天族だからだ。珍しい種族がやってきて準騎士になってるんだもんね。そりゃ、気になるか。最初に報告したのはライニオ団長かなぁ。噂が変に広がる前に、ちゃんと伝えておこうと思ったのかも。


「そんなお主を見込んで、話をしてみたいと思ったのだ」

「セルディオ国の自己中発言についてですよね」


 分かる。聞いてるだけの僕でも苛ついたもん。

 うんうん頷いていると王女様がまた肩をふるわせた。


「自己中とは、もしや自己中心的という意味か? ふふ、町の若者は言葉を略すのだったな。面白い」

「王女様はお年寄りみたいな喋り方ですよね」

「ふっ、ふは、ははは! わたくしに向かってハッキリ言ったのはお主が初めてだ」


 王女様は腹を捩って笑った。



 喉が渇いただろうから、ハーブティーを淹れる。就寝前なので安眠作用のあるハーブにしたよ。王女様、きっといろいろ考えて寝られていないだろうからね。しかも今夜はテント泊だ。


「香しいな。それに美味い」

「母のスペシャルブレンドです」

「うむ。良い母御だ」

「はい」

「そうやって素直に父母を自慢できるお主は、やはり良い心根の持ち主であろうな」

「僕は結構やりたい放題ですよ。口汚く罵っちゃうし」

「ほう?」

「今回の捕虜にもガンガンやりました。蹴ったし殴ったし、クソ野郎とも言いましたね」


 王女様が目を丸くする。僕はまた「あっ」と叫んで両手で口を押さえた。


「構わん。許す。ふふふ」

「あー、でも騎士の方に聞こえたような気がします」

「とりなしておく。お主は自由に過ごす方がよい。わたくしがそう望むのだ」


 だから、誰にも文句は言わせない。そんな顔だ。

 王女様強い。人生何回目なんだろって思うぐらい。芯が強いよね。


「お主は愉快だな。自由で楽しげだ。よし、もう少し付き合ってくれるか」


 王女様は身を乗り出して、眠気など一切ないと言わんばかりに目を爛々と輝かせた。



 それから一時間ほど、雑談を交えつつ王女様がセルディオ国についての持論を語った。

 輿入れを望まれていると陛下に教えられ、彼女は急いで調べたみたいだ。

 元々、近隣諸国についての勉強もしていたそう。だから実際の話を知りたいと、大臣にも話を聞きにいったらしい。アクティブ。

 父親である陛下は「行かせるわけがない」と言ったそうなんだけど、王女様はちゃんと考えた。


「わたくしは、必要であれば輿入れしてもいいと考えている。しかし、やはりどう考えても今回の件は道理に合わない」

「はい」

「さりとて、相手は強引だ。そこまでして欲しがる意味を考えた。またセルディオ国の事情とやらも知りたい」

「だから捕虜交換の場に同行しようとされたんですか」

「そうだ」

「自分の目で見て、自分の耳で聞きたいと考えたんですね。偉いなぁ」


 王女様は片方の眉をひょいと上げた。なんか、サヴェラ副班長や傭兵ギルドのヴィルミさんを思い出す。どうにもベテラン感が漂うんだ。やっぱり人生二度目じゃない?


「ふふ。そうだ。そして自分の心で考えたかった。なにしろ、わたくしは当事者だ」

「でも、お父上がよく許してくれましたね」

「自分の結婚に関わる問題だからな。多少、強引だったかもしれないが、最後は快く許可してくださった」


 強い。

 風格あるし、王族って皆がこうなんだろうか。


「とはいえ、オーガスタ殿下に知られるわけにはいかない。よって、馬車旅では極力隠れて過ごしたのだ」

「なのに、どうして今は外に出られたんです?」


 セルディオ国の王子はオーガスタという名前らしい。そういや聞いてなかったな。皆、名前なんて呼ばないもんね。資料にも書かれてないし。

 王女様の名前だってうろ覚えだったぐらい。

 その王女様がニヤリと笑う。ねぇ、やっぱり前世があるんじゃない? それもサヴェラ副班長みたいな戦略家の。


「天族二人が狙われていると聞いて、矛先を変えるのもありだと思った」

「え」

「まあ、一番の理由は『飽きた』だ。馬車旅には慣れているつもりだったが、ずっと閉じ込められていると疲れる」

「あー、それは分かる。あっ、分かります」

「構わぬ。普段通りに話すといい。わたくしの名を呼んでもいいぞ」

「いやー、それはちょっと。あはは」

「……よもや、わたくしの名を忘れたわけではあるまいな」


 なんで分かるの?

 ねぇ、やっぱり王女様、人生二度目じゃなくても年齢を偽ってんじゃない?

 僕は自分の顔を手でさすりながら、首を傾げた。


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