056 寝坊とご馳走と皆からのお礼




 サムエルにチロロのお世話を任せると、僕は小さな部屋で泥のように眠った。

 こういう疲れた日は五階まで上がるのがちょっと億劫で、魔法を使ってしまった。

 起きると昼を過ぎていた。目が覚めたのは自分のお腹が鳴ったから。

 食べに行きたい気持ちもあったけど、とにかくお腹が空いた。収納庫から果物を取り出し、とりあえずお腹の虫を宥めてから一階に下りる。


「おはよーございます」

「小さな英雄のお出ましだよ。カナリアちゃん、昨日はお疲れだったねぇ」

「女将さんが昼食を用意してくれているわよ。あら、珍しいこと。髪が跳ねているわね」

「あ、エーヴァさん」


 ソファに座っていたエーヴァさんが立ち上がり、僕の寝癖を直してくれる。


「いつも綺麗にしているのに、それだけ大変だったのね。本当にお疲れ様でした」

「えっと、はい。ありがとうございます」

「ふふ。さあ、座って。王都は今、盗賊を捕まえた話で持ちきりよ」

「あ、仲間も捕まったのかな」

「残党狩りなら成功したと、さっき号外が出ていたわ。どこも大騒ぎよ。あなたも外に出るのなら気を付けてね」

「はい」


 頷いた僕の前に、女将さんがお皿を置いた。


「まずは食べることさね」

「わぁ!」

「カナリアちゃんのために、うちの料理人が腕によりを掛けて作ったのさ」

「ありがとうございます!」


 がっつく勢いで、僕は皆に見守られながら食べきった。

 その間、女将さんが「チロロちゃんのお世話はサムエルがしっかりやっているからね」と太鼓判を押した。エーヴァさんも「あの子も頑張ったチロロちゃんのために精一杯ブラッシングするんだって話していたわよ」と言う。

 皆もう、昨日の情報をすっかり知っているみたいだ。

 どこまで知っているのか、さりげなく聞いてみると、想像した以上に正確な情報を得ていた。

 僕はてっきり「盗賊団を捕らえたのは騎士団です」って広報すると思っていたんだけどな。

 首を傾げていると、エーヴァさんの口から答えが出た。


「さっき傭兵ギルドのヴァロさんがいらしてね、教えてくれたのよ。告示では詳細に知らされないだろうからと話していたわ。あなたが頑張ったことを、せめて仲の良い人たちには知っておいてもらいたいそうよ。彼、良い人ね」

「はい」

「そうそう、ヴァロさんからの伝言よ。『食事の後でいいからギルドに顔を出してほしい』ですって」

「そう言えば昨日そんなことを言っていたような」

「本当はあなたが起きるのを待っていたかったようだけれど、仕事があるらしいわ。サムエルを付けるから、落ち着いたらギルドへ行ってちょうだいね」

「僕一人でもいいのに」

「人が集まってくるかもしれないわよ? 森での捕り物を知らなくとも『夜の王都上空を飛んだ子がいる』ことは知られているもの」

「あー」

「白くて丸い騎鳥に乗った可愛い少年として、王都中に噂が広がっているわ」


 喜んでいいのかどうか。まあ、嫌われるよりはいっか。

 僕はエーヴァさんの言う通りにサムエルを連れ、傭兵ギルドに向かった。



 傭兵ギルドまで、僕は多くの人にお礼を言われた。

 小さな女の子からは「ことりちゃんと、おにいちゃんに」とお菓子までもらった。後ろでニコニコ笑っていた母親が「以前、うちの店で買ってくれたでしょう? 好きだと思って」と付け加えた。すごい。僕のことを覚えていてくれたんだ。

 確か、小さなお店だった。小さいけれど外も内装も全部が可愛くて、もちろんクッキーも選ぶのが大変だったぐらい。アイシングクッキーっていうのかな。細かい装飾が見てるだけでも楽しいんだ。もちろん美味しかった。

 お礼を言うと「こちらこそ、王都を守ってくれてありがとう」と笑顔が返ってくる。

 他にも顔見知りの人たちに声を掛けられた。それだけじゃない。知らない人もギルド前で待っていて「あの子だ!」とか「小さい子なのにすごいな」だとか話してる。

 そして。


「あんな小型の騎鳥が夜空を飛んだのか!」

「いくら乗っている子が小さいからって、勇気があるぜ」

「本当に白くて丸いな」

「なんていう騎鳥なんだろう。小鳥みたいじゃないか」

「小鳥だろうが何だろうが関係ないさ。俺たちのために飛んでくれたんだ」

「ありがとうな!」


 チロロが褒められている。

 それが嬉しい。

 僕が良かったねってチロロの嘴を掻いてあげると、もふんと胸を膨らませた。より、まん丸になる。チロロの羽に隠れていたニーチェが飛び出てきて、僕の腕を伝って頭の上に乗った。


「ニーチェも頑張ったもんね」

「み!」

「チロロもだよ」

「ちゅん!」


 どっちもドヤ顔なのが可愛い。

 僕は集まってくれた人たちに手を振ってギルドの中に入った。なんだかアイドルになった気分だ。そう考えると、場所を空けようとして出てきてくれた職員さんがコンサートスタッフに見えてきて、こっそり大ウケしたのだった。



 ギルド内に入るとヴィルミさんが待っていた。更にギルド長まで仁王立ち。


「カナリア、お疲れ様です」

「えっと、はい」


 返事をしながらギルド長を見上げる。顔は知ってるけど、挨拶はしたことがない。近くで見ると首が痛くなるぐらいの大男っぷりだ。

 その背後から経理担当の奥様が出てきた。


「あなた、もう少し笑顔を」

「うっ、待ってくれ、これ以上は無理だ」

「そこの仲良し夫婦はお静かに」

「ヴィルミ君、だってこの人の顔が怖いせいで何人の若い子が怯えたことか。あなたも知っているでしょう?」

「彼、期待の新人です。問題ありません」

「確かに、あのリボンの件はとても好評だったわ。試験でも堂々としていたのよね?」

「ロッタ、本題を」

「ヘンリクったら、もう少し笑顔で話してちょうだい。さて、カナリア君、いいかしら」

「は、はい」


 何を言うのだろうと身構えたら、ロッタさん、めっちゃ笑顔になった。


「王都を守ってくれてありがとう!」

「あ、はい」

「ヘンリク、あなたも、ほら」

「ああ。カナリア、よくぞ一人で頑張った。傭兵ギルドの長として誇りに思う」

「えっと、ありがとうございます」


 まだ、本会員じゃないんだけどな。

 と、思っていたら、背後が騒がしい。

 皆一斉に入り口を見る。ちょうどシルニオ班長が入ってきたところだった。


「宿にお邪魔したら、ここに来ていると聞いてね」

「わー、すみません。ついさっき着いたところなんです。昨日はお疲れ様でした。全員捕まえました?」

「そのつもりだ。もしかしたら数人は取り逃がしているかもしれない。周辺の捜索は続けているよ」

「『隊長』と『副隊長』が捕まってるので少しは安心ですかね」

「君のおかげだ。ありがとう。今日は君にお礼とお願いがあってね」


 僕が首を傾げると、シルニオ班長が爽やかイケメンの顔で微笑んだ。


「どうだろう。騎士団に入団する気はないかい?」


 僕が何か言う前に、場の空気が変わった。ギルドに残っていた会員の人はもちろん、ギルド長とヴィルミさんの雰囲気がピリッとするんだ。

 でもたぶん一番怖いのはロッタさん。


「どういうことかしら?」


 ぴぇ。

 声にならない声が出る。ついでに頭の上にいたニーチェも「みぃ……」と小さく鳴いた。

 分かる。なんか、すっごい怖いよね。母さんに似た何かを感じるぞ。


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