023 同い年の少年と、断られた理由
獣舎は宿の裏にあり、他の建物と囲まれているから少しだけ圧迫感がある。夕方早い時間に暗くなりそう。
その分、魔道具で灯りを補っているらしい。安全に配慮されていて、獣舎の個室も綺麗だった。
「へぇ、チロロは野菜好きなんだ。肉はほぼ食べない、と。ちゃんと担当者に伝えておく。それにしても水風呂も毛繕いも自分でやれるなんて偉いなぁ」
「ちゅん」
「あ、褒められて喜んでるよ」
僕がチロロの気持ちを伝えると、サムエルの方こそ喜んだ。騎獣鳥が好きらしい。
「まだ獣舎の担当はさせてもらえないんだ。たぶん一番最後になると思う。お客様の大事な持ち物を扱うんだから、そりゃそうだよな」
働き始めたばかりなのに、しっかりしてるなぁ。
そんなしっかり者のサムエルに、僕は最後の注意事項であるニーチェについて話した。
「この子、部屋に入れても大丈夫かな? もしダメならチロロに任せるつもりでいるんだけど」
「認識票を付けているのなら問題ないよ。小さいしね。夜中に鳴いたりする?」
「ううん。ていうか、そもそも大声で鳴かない。ね、ニーチェ」
「み」
「わ、ホントだ。可愛いな……」
「でしょ?」
「本で見たオコジョに似てるけど、違うよね? オコジョの生息地は北の山岳地帯だから、王都で暮らすには厳しいと思う」
「王都の夏はそんなに暑いの?」
「貴族や豪商が挙って王都を出るぐらい」
「うわぁ」
「この子、大丈夫かな」
「どうかな。もし暑さに弱いのなら対策を考えなきゃ。あ、ニーチェはイタチなんだ。イタチだからね?」
念押しすると、僕はニーチェを抱っこして宿に戻った。
サムエルが女将さんにも確認を取ってくれたけど、問題なかった。うるさくしなければ小型のペットは部屋に入れてもいいらしい。
その部屋にはまだ入れない。掃除中なんだって。
僕は優雅にお茶を飲んで時間を潰した。エーヴァさんも一緒だ。
最初はサムエルの話で盛り上がった女将さんとエーヴァさんは、次に僕の話を始めた。
「交渉を頼む子は珍しいから驚いたわよ~」
「だって、最初の案内所で紹介してもらった宿にはことごとく断られたんですよ。慎重になります」
「あら、そうなの?」
「そりゃ、どうしてだろうね」
「この格好がまずかったのかなぁ? 清浄魔法で綺麗にしたつもりなんだけど」
「魔法が使えるのかい?」
「簡単な魔法だけですけどね」
女将さんは「ふうん」と不思議そうに頷いた。
エーヴァさんは腕を組んで思案中。
それに気付いた女将さんと僕が彼女を見ると、パッと顔を上げた。
「その格好で行ったのよね? 騎鳥も連れて」
「はい」
「……それなら、理由はなんとなく分かるわ」
「えっ、教えてください」
「この国は西隣にあるセルディオ国と度々揉めているのよ。もうかれこれ何十年とね。で、彼等のシンボルカラーが赤なの。民族衣装も赤のストライプ柄。だから、なんとなくだけど、ここ最近は赤色が避けられているのよ」
「えぇー」
「それにセルディオ国は騎獣を使うのだけど、変わった種類の騎獣が多いのですって。だから勘違いしたのかもしれないわ」
「そんなぁ」
チロロは騎鳥だし、服も赤系だけどパッチワークキルトだ。ストライプ柄じゃないのに。
「もしくは、南の方にある小国の出だと思われたのかもしれないわね。以前、支払いで揉めた話を聞いたことがあるの。うちにも注意喚起の書類が回ってきたわ。その国の民族衣装を着ている場合は気を付けるように、と」
「あー、お金が払えないと思われたんですかね」
「あなたの服装とは全く違うし、そもそも国が同じだからといって人格まで同じとは限らないのだけれど。……ごめんなさいね」
「いえ、エーヴァさんのせいじゃないし」
どうやらタイミングが悪かったみたいだ。支払いを踏み倒して逃げた事件がここ最近で何度かあったらしい。
それぞれの事件の人物情報と僕の風貌や様子は違うのに、全てがちょっとずつ重なってしまった。
「そのための案内所なのにねぇ。正門すぐの案内所と言えば、しっかりした子が多かったはずだよ。残念だったね」
「その代わり、ここを紹介してもらえましたから」
「あらやだ、嬉しいことを言ってくれるね。今日の夕食にはオマケを付けてあげよう」
「わっ、ありがとう。嬉しいです」
「良かったわね、カナリア君。ここの料理は美味しいわよ」
「楽しみです」
お茶も美味しかったから本当に楽しみだ。
竜の鳥籠亭って宿名だから「ヤバい、中二病?」って思ってたけど、本当にここで良かったかも。
でもまずは部屋だよね。
どんな部屋なのか、僕はワクワクして向かった。
階段で五階まで。
最初に聞かれたんだよね。二階と五階が空いてるって。
エレベーターはないよ。
前世なら二階がいいと答えたかもしれないけれど、今の僕は足腰が丈夫です。
それに何より、料金が安い!
しかも。
「わー、見晴らしがいい!」
「でしょ。風通しも良くて、階段さえ気にしなければ五階の部屋は最高なんだよ」
案内してくれたのはサムエルだ。四階や五階は彼みたいな若手が掃除や案内を担当するみたい。
「部屋も広いよね。まさか続き部屋があるとは思わなかったな」
「元々は別だったのを繋げたんだって。地方出身の貴族の人が泊まるそうだよ」
お金のない貴族が従者を連れて泊まるらしい。なるほど。別々に部屋を取るより安上がりなのか。それに女性の場合は安全を考えると同室がいいもんね。
「そっちに屋根裏へ上がれる梯子階段もあるから、明日にでも登ってみたらいいよ。もっと景色が楽しめる」
「うん、そうする!」
「じゃあ、荷物置いておくね」
荷物の少なさに驚きながら、サムエルは部屋を出ていった。
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