024 宿の角部屋最上階!




 僕は五階の部屋を十日間借りたんだけど「もっと長くても良かったな」と、部屋に入ってすぐ後悔した。

 だって、本当に最高なんだ。

 全体的にはダークブラウンでまとめられた内装だ。ただ、壁の下側が板張りになっているのに対して上側がアイボリーっぽい温かみのある塗装がされてて明るい。ところどころに小さな絵も飾られて、それが良いアクセントになっている。植物の絵が多かった。

 角部屋なので窓は二方向にある。続き部屋の方は従者用になっているからか窓は小さい。部屋自体も小さいので荷物置き場にしてもいいな。


 ベッドにもなりそうな大きなソファ、ダークブラウンのしっかりしたテーブル、書類仕事ができそうなデスクもある。

 大きめのベッドの横には仕切り代わりとして家具が設置されている。ベッド側は家具の裏側になるけれど、ちゃんと化粧仕立てになっていて綺麗。天板部分の縁にも丁寧な彫りが入っている。

 長期滞在するのなら、この引き出し家具に服を入れてもいいな。

 ローブを掛けておけるフックも壁にあるけれど、僕の持っている服と合わなそう。どうかな。


 バルコニーは小さいけど外に出られる半円状のタイプ。手すりは鉄柵で蔓草型だ。小さな鉢植えが並べられていて花が咲き始めている。

 椅子はない。でも長時間立ったままでも外を眺められる気がするよ。


「ニーチェ、見て。王都だよ。綺麗だねぇ」

「みー」

「あ、そうだ、高いところは危険だからね? 落ちないように気を付けること」

「み!」


 チロロとの旅でも言い聞かせていたから、この子は「落ちたら危険」を分かっている。こんなに小さいのに騎獣鳥と同じぐらいの知能があるみたい。僕の言葉をなんとなく理解してるっぽいのだ。

 うちの子、賢い!


「窓の外に出るのも僕と一緒の時だけだよ?」

「みぃ……」

「大きな鳥が捕まえにきたらどうするの。五階だから猫は来ないかもしれないけどさ。蛇も、まあ王都に爬虫類系の生き物はいないか。とはいえ気を付けようね?」

「み」

「うん、良い子」


 春の日差しは穏やかで、ずっとバルコニーに出ていたい気持ち。それを我慢して部屋に戻った。

 窓を閉めてレースを引くと、ほんのり暗くなる。

 ランプは魔道具じゃなくて蝋燭に火を付けるタイプだった。頼めば魔道具に変更できるらしい。その代わり動力は自分で用意しないといけない。

 動力は魔銅が一般的なのかな。読んで字の如く、魔力の籠もった銅のことだ。あと、魔銀も広く流通してる。なかなかのお値段です。

 ちなみに父さんの作った「家族用」魔道具には魔金が使われている。こういうところ、本当に惜しまないよね。もちろん超お高いです。持ってて良かった家族に賢者。

 ともあれ、僕はランプに火を付けた。

 外側のガラスは頑丈で、万が一倒れても問題なし。倒れた瞬間に上部の蓋が落ちて火が消える仕組みらしいよ。すごいね。



 部屋の中を探検し終わると、屋根裏に行く前に鍵を持って廊下に出る。


「トイレは各階に二つ。洗面所も二つ、お風呂場は一階に四つで交代制。時間帯で予約も可能と」


 指差し確認OK。

 トイレが部屋の外にあるのは、まあ仕方ない。高級宿じゃないしね。お風呂もあるだけ良かった。お風呂がない宿も多いのだ。

 下町には共同お風呂があるらしいよ。朝一番じゃないと湯が汚れているから入るのは止めた方がいいみたいだ。サムエル情報です。

 どのみち、僕の背中には羽があるからね。幾ら小さくて更に折り畳めるからって、やっぱり目立つ。

 背中に羽の生えた人間は天族しかいないし、希少種だから危険なんだよ。

 まあ、それ以前に父さんが「可愛いカナリアの裸を誰にも見られないよう、魔法を――」とか、訳わかんないこと言ってたからね。なんか呪いを掛けられそうじゃん。バレたら連れ戻されて家に監禁されそうだし。

 母さんも「カナリアちゃんに何かあったら、お母さん、どうなるか分からないわ」と笑顔で言うし。

 うん、母さんの方が怖いね。


「そろそろ連絡しておこうかな。この間、連絡した時すっごい泣かれたもんね」

「み?」

「父さんがね、里帰りはまだかって泣いたんだよ。ニーチェは寝てたかな。チロロは呆れてたんだっけ」


 途中で声が途切れたので母さんが何かしたんだと思う。

 やっぱり我が家で一番強いのは母さんなんだよなぁ。


 というわけで、五階がどうなっているのかも確認したことだし、部屋に戻ろう。

 そして久しぶりの電話だ。

 あ、電話って言ってるけど、魔道具の名前は「伝声器」。

 電気で動くわけじゃないからね。

 まだ小型化に成功していないので、魔法収納庫に入れてる。父さん的にはイヤーカフ型にまで小型化させたい模様。頑張って!



 日が落ちて暗くなった頃、僕はお腹をさすりながら一階に下りた。

 すっかり時間が過ぎたじゃないか。父さんの話は長いんだよ。話を切り上げるために輸送ギルドで受けた仕打ちを報告しておいた。ぷりぷり怒って「抗議する!」と言っていたから、そのまま伝声器を切った。

 それよりも食事だ。


「さてさて、晩ご飯は何かな~」

「み」


 小さな食堂は交代制。満員だったら待つしかない。

 大体、泊まり客同士で調整し合うみたいだ。仕事の関係で遅い人もいるからね。時間に融通の利く人、たとえば今日の僕なんかが空いている時間に入る。

 女将さんにも「夕の鐘の一から二までの間においで」と言われていた。

 そして楽しみに待っていた僕の前に届いたのは、匂いからして美味しそうな茸クリームパスタだった。

 ニーチェにはミニサラダが用意されるし、パスタとサラダとスープは美味しいし、最高の食事でした。ごちそうさまです!


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