025 屋根裏からの景色と朝市前での出会い




 夕飯の後にチロロを見に行くと、すっかり寛いでいた。僕より早めに食事を終えたらしい。水浴びもさせてもらって、ふわふわだ。


「おやすみ、チロロ。明日の朝にまた来るからね」

「ちゅん……」


 寝言みたいな返事が可愛い。

 他の個室には騎獣が一頭だけ入っていた。全部で四室しかない小さな獣舎だけど、寝藁も綺麗だし食事も満足そう。有り難いな。

 これで高級宿の半額以下の料金なんだってさ。充分じゃんね。

 僕は隣室の騎獣に「よろしくね」と挨拶してから部屋に戻った。



 クローゼットに服を少し入れて、ちょこっとした小物をテーブルに配置する。たとえば母さんが作ったパッチワーク人形や、何を入れるのか分からない小さなお皿。

 なんとなくオシャレ、たぶんね。

 それから眠そうなニーチェをベッドの上に乗せると、ずっと気になっていた屋根裏に上がった。


 天井は低いけれど立って歩けるぐらいはある。ソファとローテーブル、寝転がれそうな毛足の長い絨毯が居心地良さげ。これは秘密の部屋だな~。

 出窓を覗くと、明かりの灯り始めた王都が見える。遠くに王城だ。煌めいていた。


「ドイツのクリスマスマーケットみたいな雰囲気だ……」


 いつか行ってみたいと思っていた場所だ。ヨーロッパ一周にすごく憧れてさ。だけど一人でツアーに申し込む勇気がなくて諦めたんだっけ。

 自由時間に一人でどこへ行けばいいのかと悩んだ気がする。

 言葉の問題もあったしなー。

 今、僕がこんなに自由でいられるのは言葉が通じているからだ。

 あとは父さんという頼りになる後ろ盾があるおかげ。

 父さんの偉大さに改めて感謝。

 そう思うと、さっきの僕の態度は良くなかった。次に話をする時はもう少し優しくしよう。感謝の気持ちも伝えるんだ。うん。


「……なんか、うるさそうな反応が返ってきそう」


 僕は半眼になって、出窓のカーテンを閉じた。




 竜の鳥籠亭は朝食サービスはやってない。希望者には数量限定で軽食のお弁当を渡すそうだけど、僕は断った。

 だって朝市があるんだよ? それにカフェがあるかもしれない。王都という都会に来て、食べ歩きもしないなんて有り得ない。

 僕はチロロを連れ出して、まずは朝市に向かった。あ、チロロとニーチェには朝食をあげている。こういう時、魔法収納庫があると便利だ。


 最初に着いたのは徒歩五分の広場。

 なかなかの賑わいだ。広場の通路沿いに屋台が並んでいる。


「ちょっと通路が狭いね。入り口のところで待っててくれる?」

「ちゅん」

「み」


 ポールに繋いでいると、同じように朝市目当てで来た騎鳥乗りが声を掛けてきた。


「よぉ、そいつ、珍しいな」


 パチンとウインクしてくる。男性が手にしているのはファルケの綱だ。ファルケは鷹型で、アウェスより小さめの体格。個体差があるから一概には言えないけどね。目の前のファルケも大きいし。


「小型の騎鳥は王都でもよく見掛けるが、これだけ真っ白なのも丸い形なのも初めて見るよ」

「白雀型なんです。可愛いでしょう? そっちのファルケは格好良いですね」

「おう、そうだろ。あんたの騎鳥も格好良い、いや、やっぱり可愛いのか?」


 正直に答えた男性は、服装がちょっと緩い。胸元が開いているし、シャツは分厚い生地でところどころ汚れている。これから仕事なのだとしたら、一体何をやっているのか。

 実はちょっと警戒してた。輸送ギルドの会員だったら色眼鏡で見ちゃいそう。もちろん、個人の人格には関係ない。だけど、上があんなだと下も毒されちゃう可能性はあるし。

 だから少しだけ警戒。

 もっとも、こんなところで気軽に声を掛けてくる人を警戒するのは普通だよねぇ。

 お店の人ならともかく。


「お、悪い。いきなり話し掛けてビックリさせたか? お嬢ちゃんが可愛かったし、珍しい騎鳥を見付けちまったんで、ついな」

「ああ……。もしかして王都では珍しい騎鳥を連れていると目立ちます?」


 お嬢ちゃん呼びについては否定しない。女の子だと思って親切にしてくれているのなら、それもアリだなって思ったから。


「もう少し貴族街に近いと目立つかもな。この辺りは外から来る騎獣鳥連れも多いから、そこまでジロジロ見られることはないさ。俺が気になったのは、最近妙な事件が多いせいだ。注意喚起を兼ねて――」

「あ、騎鳥が盗まれる事件?」

「そうそう。なんだ、もう知ってたのか」

「騎士の方々に教えてもらう機会があったので」

「ほーん。騎士と知り合いなのか」

「たまたまです。ところでオジサンはどこかのギルドに所属してますか?」

「オジサン?」

「お、お兄さん?」

「マジかよ、俺、オジサンなのかっ?」


 あ、なんか、思った以上にショックを受けてる。

 でも胸元から覗くクルクル毛とか、イタリア男みたいなウインクとか、僕的にはオジサンぽく見えるんだが。

 見た目にも三十は超えてるはず。


「えーと」

「俺、まだ二十六だぞ……」

「ははぁ、なるほど。すみません、辺境の出なんで人の年齢が分かりづらくて」


 あと、彫りの深い顔の人って年齢が分かりにくい。これは前世の記憶のせいかもな。

 幼い頃から多くの人と接していたら違ったかもしれないけど、なにしろ僕の近くには若く見える父さんと母さんしかいなかったからさ。

 もしかしたら、騎士隊の人の年齢も僕が思うより若かったかもしれないなー。


「まあいいや。辺境の出か。田舎から出てきたら分かんねぇよな。え、そういう問題か? いやもういいか。あー、とにかく、それでちょっとポールの使い方に慣れてなかったのか」


 僕が首を傾げると、彼はポールを指差した。


「こういう道具があると簡単に着脱できるんだ」


 綱の先にカラビナみたいな道具が着いている。ポールの穴にちょうど填め込める大きさだ。


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