041 仲の良い家族と見過ごし案件




 なんだかんだでお腹がいっぱいになってしまい、僕らは夕食を諦めた。

 でもまだ早い時間だし「ちょっと寄っていきなよ」と家に誘ってもらったので寄ることに。手土産は作ったばかりのお菓子だ。サクサクのバターサブレにした。

 ギルドを出ると、ちょうどエーヴァさんが仕事を終えて帰ってきたところだった。


「あら、ギルドに寄ってたの?」

「いろいろあって今日は休みになったんだ。カナリアも休みだって言うから、一緒に町歩きをしてきた」

「そうなの。んん? じゃあ、どうしてギルドから出てきたのよ。お父さんに用事でもあったの?」

「違う。カナリアがキッチンを借りるってんで、俺も一緒に見てたの。しかも、スゲー美味しいんだよ」

「えっ、やだ、羨ましい。母さんにはないの?」


 と、話す間にもう家の中。ギルドの裏手に家って、ほぼドアツードアじゃん。そっちの方が羨ましいよ。

 二人は喋りながらも手が動いている。「レシピ登録してもらったから」「あら、じゃあ見てこようかしら」「今すぐ? 職権乱用だろ」「事務の手伝いついでよぉ」と早口だ。

 あっという間にお茶の用意が出来上がり、エーヴァさんは夕食の準備に。

 エーヴァさんは案内所の所長だけど、元々は家政ギルドの会員でもあり幹部候補だったらしいからプロなんだよね。

 手早いったらない。


「カナリア君、少しぐらいなら食べられるんじゃない? 摘んでいってよ。ね?」

「カナリア、お茶はサッパリ味だけどどう? あ、今日教えてくれたハーブ茶、宿で出してみてもいいか」


 なんかもう、お客さんへの対応が完璧すぎて逆に戸惑っちゃうレベル。

 僕は苦笑いでそれぞれに答えた。


「えっと、じゃあ、少しだけいただきます。ハーブ茶は自由に使って。配合を考えた母さんも喜ぶと思う」


 そのうちにお父さんも帰ってきた。家政ギルド長って言うからドキドキしたけど、人の好さそうな丸っこいオジサンだった。ニコニコして、すでにレシピのことも知っていた。

 エーヴァさんは「先に見たの? ずるい!」と可愛らしい文句を口にする。夫婦二人のキャッキャする姿を見せられた。僕とサムエルは顔を見合わせて大笑いだ。


 そんなこんなで、二時間ぐらいお邪魔してしまった。外に繋いでいるチロロも気になるし、そろそろ帰りますと挨拶する。「え、もう?」だとか「早いわねぇ」と家族全員が残念がってくれるの、本当に「友達の家に来た」って感じがしてくすぐったい。

 しかも、見送りで玄関まで来ていたサムエルが「やっぱり送っていくよ」と言い出す。宿まで近いから「いいよ」と返せば「散歩ついでだし」と押し問答。すると、ギルド長のヤーナさんが「そういえば」と言いながら表に出てきた。


「今日は月夜か。なら、大丈夫かな」

「え、何かあったの?」

「うん。会員の何人かが、ちょっと気になる話をしていてね」


 月明かりのない、暗夜や曇夜になると治安が悪くなるのは以前からもあったそう。たとえば女性が襲われそうになるだとか若い男性が強盗に遭うだとかだ。女性の場合は同伴者がいれば狙われないので職場の人たちで固まって帰る。男性も夜遅くまで飲み歩かないようにするのだとか。

 ところが、最近はそれとも違う、変な事件が起こっているらしい。

 なんでも石やゴミを投げつけられるというのだ。

 ギルド会員に怪我を負った人はいないけれど、仕えている家の獣舎に穴が空くなどの実害が出ている。


「父さん、もしかして獣舎の屋根に穴が空いたの?」

「そうなんだ」

「……あのさぁ、俺も今日、なんか変だなって思うことがあったんだ」


 サムエルが真剣な顔で考え込む。ヤーナさんの恵比須顔が固まった。


「南回りの馬車定期便に、一台だけ幌の色が新しいのを見付けてさ。花祭りに合わせて綺麗にした可能性もあるけど、あそこって最近、新しい事業を興して余裕がなかったよね。それに中回りの馬車の幌と似た色でさ。その時は、幌が破れでもして間に合わせに使い回したのかなと思ったんだ」

「うーん、穴を空けられたのかな」

「それならなんで『似た色』にしたんだろ。全く違う色か、同じ色にしない?」

「あの、ちょっといいですか」


 僕も気になることがあった。

 手を挙げると、二人が同時に僕を見る。


「えっと、花祭りの開催時期は馬車定期便のルートが変わると聞いています」

「よく知っているね。君は王都に来たばかりじゃなかったっけ」

「あ、父さん、カナリアは傭兵ギルドで王都内警邏の仕事を受けているんだ」

「なるほど、ごめんよ。変な聞き方をしてしまったね」

「いえ。それで、臨時コースの練習のために予備日が何日か用意されていると聞きました」

「そうだよ。計画書も出ていた。確か、一番早くて明後日だ。……もしかして、今日のルートが違っていたのかい?」

「えっ、俺が見た時はいつものルートだったぞ」


 僕は慌てて首を横に振った。

 何故かチロロも一緒に同じ仕草。ニーチェも真似しようとしたのを手で押さえる。


「今日、僕とサムエルが見た馬車、あの幌の色とそっくり同じ馬車を昨日見たんだ。定期便のルートとは違っていたけど、臨時便の練習なんだろうなって思った。乗っていた人にも異変は感じなかったしさ。ただ、ちょっと遠回りだし、細い道を選んでた。一緒に警邏をしていた先輩が『臨時ルートに慣れなくて間違ったのかもな』と言ってたから、そんなものかと見過ごしたんだ」


 角が曲がりきれない場合は、稀にルートを変える場合もあるらしい。定期便と違って厳密な計画は立てていないからだ。新しい建物が増えたり道路工事中だったりで変更もある。

 馭者の腕もピンキリだからね。


「サムエルがあの馬車を見た時に少し不思議そうな顔をしていたよね。その時は、誰か知り合いがいたのかと思ってた。でも違ったね。僕ら、それぞれに見過ごしがあったみたい」

「だな。父さん、これ、まずいよね」

「ああ。すぐにギルドへ戻る。サムエルはカナリア君を宿まで送ってあげなさい。それからギルドに来るように」

「あ、僕も行きます。昨日の馬車を知っているのは僕ですし」

「だが、帰りが遅くなってしまうよ」

「月夜だから安全です。それに、僕は男ですから」

「ちゅん!」


 チロロもいる。僕らは最強コンビなんだ。あ、今はニーチェもいるしね。撫でると「み!」と返事をして、本当に可愛いんだからもう。


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