040 初めての友人と町歩き




 戦争なんて起こらない方がいいに決まってる。

 僕らは同時に溜息を零した。

 気分を変えるように、サムエルが「カナリアの好きそうな店に行こう」と言い出す。

 僕が可愛いもの好きだと知っているので、一緒に遊ぶ時に連れて行こうとリサーチしてくれていたらしい。めっちゃ良い子だ。僕はワクワクして付いていった。


 生まれた時から王都で暮らしているサムエルは穴場をよく知っていた。しかも、あちこちに顔が利く。たとえば調理器具や家具の問屋、レース屋さん、雑貨類を扱う店などなど。

 何故かと言えば、それはもちろん家政ギルドの会員だからだ。

 そもそも家政ギルドのトップ会員は家令職になるんだけど、彼等は家の中の全てを把握している。当然だけど、多くの店との付き合いもある。トップ会員を目指さなくても、王都内にある店の情報を知るのは会員にとって大事なこと。調理専門職なら、食材の仕入れ先だけでなく、食器類に家具や雑貨類だって関係があるからね。

 サムエルは家令職の資格を取りたいと、勉強を頑張っているらしい。

 家令って、事務だけじゃなくて会計にも精通していないとダメだから勉強も大変そうだ。


「俺、計算が苦手でさぁ。あ、家令職にもランクがあるんだ。家政ギルドはあくまでも平民向けだから中級までって決まってるの。俺たちは貴族家には勤められないんだぜ」

「へぇ、そうなの?」

「王立上級高等学校を出ていないと受けられない資格があるんだよ。まあ、どのみち貴族出身じゃないと雇ってもらえない」


 上級家令職になるにも実務経験や研修が必要だとか、いろいろ教えてくれる。

 ようするに国家資格と公的資格の違いかな。

 国家資格は受験するにも条件があった。結構厳しかった気がする。

 貴族向け家令職の試験なんて王城内で行うそうだ。そりゃそうだよね。家令って、その家の全てを握るようなもの。一番難しい試験になるのも頷ける。身元調査もされるんだろうな。

 家政ギルドはいわば、公益法人みたいなもの。国から委託を受けて試験を実施する。

 ワンランク落ちるのは仕方ない。


 サムエルは一番下の試験を受ける資格すらないそう。下っ端から這い上がるしかないみたい。不足分を補うためにも多くの情報を集めているというわけ。


「馬車を頼むにしても相場を知っていないとダメだしね。道の混み具合や、普段よく使われるルートについても調べるよ。僕らは主の意を汲んで動かなきゃいけない。そのためには多くの情報が必要になるんだ」

「それで店のことにも詳しいのか~」

「まあね。でもだから、あんな風に馬車定期便の幌が色鮮やかになっていると気になるんだ」

「新調したのかな」

「花祭りが近いからも」

「おおー、なるほど」


 ちょっぴりドヤ顔になるサムエルが微笑ましい。

 僕らは町歩きを楽しみながら、仕事の話や将来について語った。



 昼食は公園の屋台で摂る。友人と一緒だとシェアできるのがいいよね。お互いに気になる料理を持ち寄り、食べまくる。

 二人とも料理が作れるものだから、ついつい味の感想を真面目に出し合う。

 そのうち、サムエルが笑い出した。


「ははは、ごめん、なんか嬉しくてさ」

「嬉しいの?」

「だって、他の友達とはできないもん。俺がどこそこの屋台のフライフィッシュは塩辛いとか、あそこのレストランのサワークリームは酸っぱいなんて言ったら『男のくせに細かい』って返ってくるんだぜ」


 だから、味付けや応対について語れるのが嬉しいらしい。

 僕もサムエルが喜んでくれて嬉しいよ。僕なんか「友人と語らう」って時点でもう嬉しいもんね。


 半分仕事みたいなお店巡りも、他の子とはできないから楽しいようだ。

 じゃあ、友達とは何をして遊ぶのだろう。

 僕が問うと、サムエルは腕を組んだ。


「ブラブラして食べ歩き?」

「それだけ?」

「あと、公園でボールを蹴ったり」

「健全だね」

「女の子が好きそうなカフェの周辺を歩いたり」

「あはは。それも健全だね」

「友達の片思いを応援もするぞ」

「へぇぇ」


 女の子は親の手伝いで店に出ているらしい。サムエルたちは友達のために買い物に行くそうだ。女の子もなんとなく分かっているようで、友達に対して「また来てね」と頬を染めてお願いするのだとか。

 うわー。甘酸っぱい。

 僕が照れて「うひゃぁ」と声をあげると、首巻きになっていたニーチェまで「みぁー」と鳴いた。

 サムエルと僕は顔を見合わせて笑った。


 ちなみに、サムエルも恋愛の経験はまだないそう。それより仕事のことで頭がいっぱいなんだって。真面目だなー。

 まあ、恋って落ちるものらしいし、いつか突然「この人」ってのが現れるんだよ。その時にならないと分からない。

 僕がそう言ったら、サムエルは目を丸くした。


「なんか、達観してるな。辺境の人って皆そんな感じなのか?」

「それはどうかなぁ。僕、両親がすごくラブラブで見慣れているから、お腹いっぱいなところある」

「あー、ね。俺もそれは分かる。うちも仲が良すぎて」

「親が仲良いって幸せなことなんだろうけど、良すぎると自分は別にまあいいやって気持ちにならない?」

「分かる」


 そんな話をしたものだから、道中にある「友達の片思いの相手」の店にも寄ってみた。

 看板娘の女の子は確かに可愛かった。接客も初々しくて、これはライバルが多そう。彼女は僕にも丁寧に品を選んでくれた。

 ちなみに、画材屋さんだった。画材って案外とお値段するよね。お友達は毎回何を買ってるんだろう。


 午後の半ば頃に僕らは家政ギルドに寄った。

 幸い、キッチンが空いていたので借りてみる。サムエルも賃料を払うと言ったけど、作りたいのは僕だから断った。

 その代わり味見係ね。


「すっげ、これ超美味い。え、何。レシピ登録しよ。すぐ。簡単だから!」


 サムエルときたら急に家政ギルドの職員みたいになって、おかしかった。

 ちなみに僕が作ったのは唐揚げだ。スパイスを利かせた、全国チェーン展開のチキンに似せた味です。

 本当は醤油味のも作りたいけど遠い国の調味料らしくてさ。父さんときたら結構買い溜めているはずのに「数が少ないから」って理由で僕には分けてくれなかった。

 餞別に欲しいと頼んだ時も「家に戻ってきたらいいじゃないか」と意地が悪い。いいよ、自分で買うからと啖呵を切ったんだっけ。そうだ、調味料も買いたい。やっぱり頑張って稼がなきゃ。

 僕はサムエルに「レシピ登録する」と宣言した。


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