029 素敵なカフェと情報収集、いよいよ仕事?




 出てきた苺のケーキは最高に美味しかった。酸味と甘味のバランスが良いんだ。

 紅茶も濃くてミルクとの相性がばっちり。

 ニーチェも小さなホットケーキにかぶりついて「みっ、みっ」と嬉しそう。


「美味しいね~」

「み!」


 僕が窓の外に目を向けると、裏口から出てきたっぽいマスターが大きめの皿にホットケーキを三つも重ねて運んでる。

 チロロがチラッと僕を見るから「いいよ」と頷く。マスターも僕を見て頭を小さく下げた。たぶん、勝手にあげてごめんねって意味だと思う。


 騎獣鳥は所属によって餌のあげ方が違うからね。僕みたいな個人で飼っている場合、他人から餌を勝手に食べないよう躾けられている。

 まあ、基本は命が優先だから個体の本能に任せるもの。僕もチロロには「いざって時は自分で餌を摂れ」と教え込んでいた。変なの食べてお腹を壊す心配はあるけれど飢えるよりマシ。

 これが騎士隊の所属だったら、面倒を見る人がいっぱいだから「他人に」慣れさせるみたい。騎士は一般人よりも身分が高いし、餌やブラッシングといった面倒は見ないと聞く。面倒を見るのは多くの従者や獣舎付きの世話係だ。

 騎獣鳥は飼われる相手や場所によってルールが違う。


「はぁ~、美味しかった」

「み」

「紅茶もたっぷりあるよね。三杯分ぐらい入ってない?」


 ティーポットがまた美しい。パッと見た感じは白地なんだけど、よく見たら薄らと青みがかっている。裾の方に草花のイラストが小さく描かれていて、それが細かい。持ち手が流線型でかつ繊細だ。目の錯覚なんだけど柔らかく見える。でももちろんしっかりしているよ。

 食器には詳しくないけれど、絶対これ紅茶専門の良いポットだと思う。

 ティーカップもまた可愛い。さりげなく同じ花が描かれているし、ソーサーもシンプルに見えて細部が凝っている。縁の見えるかどうかギリギリのところに細い蔓草模様が描かれているんだ。チラッと覗くと、裏側に続いている。こういうの本当に好き!

 僕はうっとりと溜息をついた。


 テーブルもアンティークだし、よく見れば窓のカーテンは手編みのレースだ。竜の鳥籠亭と似た細やかさを感じるぞ。

 手が違うっぽいので同じ人の作じゃないと思うけど、どちらの模様も別ベクトルで最高。

 僕がレースをしげしげ眺めていたら、店員さんがやってきた。


「美味しそうに飲んでくれるわね。良ければお替わりを淹れましょうか?」

「わ、いいんですか」

「ええ。三杯目は違う味を楽しんでほしいと、うちのマスターがね」


 ウインクして振り返る。マスターがサッと奥に隠れてしまった。


「ふふ。初めてのお客様が気になって仕方ないの。いつものことなのよ。遠慮しないでね?」

「はい!」


 お替わりの紅茶も美味しくて、爽やかなベリーのフレーバーに口の中がサッパリする。

 本当に良いカフェを見付けてしまった。

 こういう「出会い」があるんだ、やっぱり都会に出てきて良かったよね。


 店を出る時には夜メニューの看板が出ていた。夜はお酒も出すらしい。聞けば、朝は少し遅めの開店なんだって。ブランチメニューもあるので今度どうぞと勧められた。

 常連さんたちも感じが良いし、また来よう。

 僕は足取りも軽く、宿までの道を時々脱線しながら帰った。




 翌日も、王都のあちこちを見て回った。

 休憩できそうなカフェに目星を付け、食材が買える場所もチェック。収納庫に大量の食料はあるけれど、家から持ってきたものばかりだ。自立するなら稼ぎで買わないと。

 道も覚えた。

 各ギルドの場所はもちろん、噂も仕入れたよ。

 お店で買い物する時「王都に出てきたばかりなんです」って言うだけで教えてもらえるんだ。

 大事なのは質問する相手。母さんと同年齢か、それより上の人が良い。おばさまたちは情報をいっぱい持っていて、しかも僕みたいな子供に優しい。

 若い女性はまだまだ情報に疎くて、集める内容も「オシャレ」が中心。それはそれで気になるけれど、僕が今知りたいのはそこじゃない。


 そんなこんなの情報収集兼、王都散策だった。


 三日目は傭兵ギルドに行くと決めた。そろそろ本気で仕事しないと。

 いろいろ見て回ったけれど、エスコの言うように「騎鳥と一緒に仕事ができる」ところは限られている。

 結局、自由の利く傭兵ギルドがいいって結論になった。

 で、朝から意気揚々とギルドに向かったわけだけど――。


 覚えたばかりの裏道を通っていたら「グォォー」と地響きみたいな鳴き声が聞こえてきた。

 この道は、王都でも一番大きな朝市が開かれる広場に近くて、そして穴場の抜け道だ。

 嫌な予感がして建物の凹みに身を寄せ振り返ると、ものすごい勢いで走ってくる人がいた。あ、人じゃないや、騎獣だ。間違いない。


「ホルンベーアだ、あれ、珍しい奴じゃなかったっけ?」

「ちゅん」

「あっ、チロロ。上空待機、急いで!」

「ちゅん!」


 角を持つ熊型の騎獣は体が大きい。獰猛で調教がし辛いから、王都みたいな都市部には入れないと聞いたことがある。外の専用獣舎に預けられるのが一般的だ。

 それなのにどうして。なんて考えても今は意味がない。

 すごい勢いで走ってくるホルンベーアを避けるため、建物の裏戸にへばりついた。この辺りは狭い裏通りだから、外に向かって扉を開けると邪魔になる。だから扉の部分だけ凹んで作ってあるのだ。僕一人なら隠れていられる。

 張り付いたと同時ぐらいにホルンベーアが走り抜けていった。

 続けて何かが追いかける。いや、違った。引っ張られていったのだ。

 首に縄を掛けられたシュヴァーン、白鳥型の騎鳥だった。


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