030 事件を追いかける!
足を縺れさせながらシュヴァーンが駆けていく。首に縄を掛けられているから、躓いたら引きずられると分かっているんだ。必死の形相だった。
僕は上空のチロロに向かって指示を出した。
「追いかけて!」
「ちゅん!」
ニーチェはちょうど僕の首巻きになっていた。チロロの体の中にいたとしても落ちないけれど、やっぱり心配だ。こっちで良かった。
チロロが急いで追いかける姿を確認すると、僕も走り去ったホルンベーアを追跡開始だ。
「ニーチェ、しがみついててね。振り落とされないようにするんだよ」
「み!」
腰帯に下げていた魔法杖代わりの指示棒を取り出し、【身体強化】の魔法を使う。
父さんほど自在に魔法は使えないけれど、短い言葉で発動する魔法なら自信はある。父さんにも合格点はもらった。
僕の足は石畳を蹴り、速度を上げた。
裏路地を右へ左へと進んでいけば、やがて下町の中でも治安の悪そうな場所へと辿り着いた。王都の北側に位置する旧市街地だ。
王都は戦乱やら何やらで何度か作り直されているのに、この辺りだけ再開発が進んでいないのだとか。住み着いた人を強引に追い出せなかったみたい。というより、後回しにされたのかな。
他の地区は綺麗だから、もしかしたら「あえて」この場所を残しているのかも。必要悪って奴だ。たとえば何か事件が起こった時に、悪人を捜す場所が絞れる。管理し易いもんね。
まあ、国の思惑はどうあれ、僕は強引に連れ去られた騎鳥が気になる。
「み!」
「え、こっち?」
途中、チロロを見失った僕にニーチェが小さな前脚で行き先を示す。
騎獣鳥は共感能力が高い。特に騎鳥は空を飛べるせいか、仲間の位置把握が得意だ。空間能力に長けているらしい。ニーチェはチロロと仲良くなって、居場所を感知できるようになったのかな。
僕はニーチェを信じて突き進んだ。
勘って意外と侮れない。ニーチェの獣としての勘を信じることにした。
そしてそれは結果として当たりだった。
「いた!」
「みっ、みっ」
「うんうん、あの下だね」
チロロが低い建物の上で滞空している。ふわふわ飛んでいるせいか誰にも見付かっていない模様。確かに、雲と言えなくもない。
僕らが追いつくとチロロがすいっと下りてきた。
「ちゅん」
「あのボロい建物の中に入ったの?」
「ちゅん!」
トトトと歩いて近付くチロロに続き、僕もそっと忍び足。
一応、周りに人の姿はあるんだけど飲んだくれっぽい初老の男と寝ている老人とボーッとしている中年男しかいなかった。あの人たちが見張り役で演技しているのだとしたら感心しちゃうけど、たぶん違う。
「中の音、聞こえないね。扉にも鍵が掛かっているような。強引に動かしたり壊したりしたら気付かれるよね?」
「みぃ」
「どうしたの、ニーチェ」
「み、み!」
首の周りでモゾモゾ動き始めたニーチェに驚き、もしかして下りたいのかなと思って地面に置く。
ニーチェは建物の隙間、正確には壊れかけの扉の隅に体の半分を進めた。
ビックリしていると、にょろっとまた戻って僕を振り返り「み!」と鳴いてからまた入っていった。
え、任せてって言った?
チロロみたいに気持ちがちゃんと伝わってきたんだけど!
僕が感動で打ち震えているうちに、ガチャッと音がした。
「うっそ、すごい、鍵を開けたの? なんで分かるんだ……。あ、もしかして宿の鍵で覚えた? ニーチェ、天才じゃない?」
「み!」
「よしよし。良い子。頑張ったね。じゃ、次は僕の出番だ。チロロは上空で待ってて。僕の合図があったら飛び込んでもいいけど、それまでは待機だよ」
「ちゅん」
チロロも「自分の仕事だ」とばかりに張り切った。ふわっと飛び上がり、気配を消してホバリングだ。
僕とニーチェだけで廃屋っぽい二階建てのボロ屋に入る。
全体的に埃っぽいけど、廊下には溜まっていない。人間の足跡だけじゃなく、獣の大きな足跡もある。そして鳥の足跡もね。
ところどころに何かを引きずったような跡もあった。たぶん、家具だな。部屋の真ん中に、壁と平行でもない乱雑な置き方をしてる。
「あー、なるほど、地下に隠し通路があるんだな」
僕は少し悩んだ。このまま追いかけた方がいいのか通報した方がいいのか。通報するなら騎士隊だっけ?
治安維持のために警邏しているのは警備隊だったはず。王都は自警団じゃなくて、おまわりさん的な組織がちゃんといるんだ。
ややこしくて名前をちゃんと覚えてないな。
そもそも場所も分からない。たぶん、王城の周辺にあるのだろうけど、あそこまでは遠い。分所は、少なくとも数日見て回った中にはなかった。
「でも、こうしている間にも逃げられているわけだし」
屋敷の中に入った時点で気配はもう感じられなかった。
隠し通路を通って逃げているんだ。
あのシュヴァーンと僕には何の接点もない。だけど、目の前で犯罪に巻き込まれているかもしれない子を見殺しにするほど、僕は冷たい人間じゃない。
「やっぱり通報は後回しにしよ。まずは取り返すのが先決だ」
通報を選んでしまったばかりに居場所が不明で手遅れに、なんて目も当てられない。
僕は一旦外に出てチロロを呼ぶと、また屋敷の中に戻った。
「この足跡がいいかな、一番ちゃんと残ってる。【追跡】」
指示棒を振ると光の粉が舞う。「足跡の痕跡」を示してくれる魔法だ。やっぱり地下に向かっていた。
身体強化の魔法がまだ続いているから光の先にあった床板を簡単に持ち上げられる。
下には古い階段があった。真ん中だけ埃が溜まっていない。獣の毛も落ちていた。ここを通って逃げたと分かる痕跡ばかりだった。
******************************
次回はお盆休みという名目でお休みします
(来週木曜日から再開です)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます