051 多すぎる魔物とパニックになるカナリア




 まだ全員が動けるか確認もしていない状況で魔物に囲まれた。

 僕は、ボスのアウェスに「最悪の場合は洞窟に入って隠れて」と言った。外から土壁で塞ぎ、中には入れないようにする。

 そうなると病気のせいで動けないファルケだけを表に残すことになってしまう。

 もちろん見捨てやしない。

 父さん印の結界用魔道具を張って守るつもりだ。全員に使えばいいんだろうけど、これ一人用なんだよね。一頭が精一杯だ。大型テントも結界が効いてるけど、動けないファルケを中には入れられないので却下。

 とにかく守れさえすればいい。

 その間に僕が魔物を倒す。

 ただ、数が多い。

 ファルケを早く連れて帰りたくて気持ちばっかり焦る。

 シルニオ班長はまだだしね。風の匂いにも乗らない。予想では、良くて森の端っこに入ったところぐらいかな。夜目が利かない騎鳥での移動だから飛ばせないのは分かる。

 騎獣も同じように夜の移動を嫌がるはずだ。彼等も夜は見えづらい。

 徒歩でやってくるであろう兵士たちも、きっと恐る恐る進んでる。

 期待はできない。


 僕は頬を叩いた。大丈夫、騎鳥に乗った人間よりは戦いやすい。魔物狩りは僕の得意とするところ。

 任せておけ、ってんだ!



 と、気持ちを奮い立たせたものの。

 やっぱり数が多い!


「多少、木が燃えても許してもらえるかな」

「ちゅん……」

「みっ」


 チロロは「大丈夫?」と不安そうで、ニーチェは「やっちゃえ」的な応援。

 大人のチロロと赤ちゃんニーチェの違いよ。


「あー、難しい! 魔法で火矢をバンバン撃ちたい」


 魔物は魔力封じの網を使っても動けちゃうからなぁ。僕の攻撃魔法がもうちょっとコントロール効いたら延焼の心配もないんだよ。

 これ、母さんいわく「シドニーのせいね」らしい。

 魔力が豊富で超大型攻撃魔法が使える父さんは、精度にこだわらなくなった。だって広範囲に被害を及ぼせるのに、細かい部分を狙う必要がない。

 昔はちゃんとしてたんだって。でもそのうち、大規模戦に駆り出されるようになって面倒になったんだとか。

 僕は父さんの悪いところに似てしまったのだ。

 たぶん、性格も少し。

 ……今更、サヴェラ副班長に怒られるのが怖くて伝声器のスイッチを入れたくないとか、そういうところ。

 いやいや。

 魔物と戦うのに必死だからだよ。うん。

 決して「応援を待たずに動いたことを怒られるのが怖い」からじゃない。

 だって、ほら、騎鳥の具合が悪かったんだもん。


 言い訳を考えながら、僕は指示棒を伸ばして振り回した。

 自分のやらかしで頭の中が「ワーッ」となる。その煽りを受けたのが魔物だけど、どんな倒し方だろうといい。

 倒せばいいのだ。倒せば。


 僕が一心不乱に魔物を倒していると「念のため洞窟に避難していて」と言ってあった騎鳥が数頭出てきた。


「ちょ、何してるんだよ、出てきたらダメじゃん!」

「ピギャァー」

「いやいや、自分も戦うって。もうほとんど見えてないよね? いくら洞窟周辺が明るいからって、無理だよ」

「ピギャ!」

「みみ」

「あー、もう!」


 足手纏いだとは言いたくなかった。ニーチェが「いっちょ、やっちゅける」と、通訳ではなく「一緒にやろう」と応援するための意思を示したんだもん。言えないよね。

 さすがに全員は出てこなかった。ボスのアウェスを含めた三頭だけだ。

 僕は皆に、灯りが届かない場所には出ないよう言い含めた。

 暗い森の中は僕らで始末する。



 そうは言っても数に押されてきた。小鳥鱗や蜥蜴って素早いんだよ。僕とチロロの間を擦り抜け、洞窟に近付こうとする。

 アウェスたちが脚で踏み付け、嘴で突っついて倒してくれたものの、そろそろ厳しい。

 どうしよう。どうすればいい?

 ここが辺境の見知らぬ森なら焼いたんだけどな。すぐに延焼を防ぐ魔法を追加で放てばなんとかなるかもしれない。資源がなくなって怒られる可能性はあるけどさ。

 あ、じゃあ雷撃を落とす?

 ただ、前世の雷に対するイメージが強すぎて、火矢よりコントロールが悪い。あっちこっちにバラバラと飛んじゃうんだ。万が一、アウェスたちに当たったらヤバい。

 魔力封じの網は投げているものの数が足りなくて大して倒せなかった。回収する時間もない。というか、魔物が四方八方にいるから取りに戻れない。


 そうか、誰もいない場所で気儘に魔物を倒すっていうのがどれほど恵まれていたのか思い知った。

 守るべきものが傍にあると、戦いってこんなにも大変なんだ。

 魔物がこれほど大量に集まるってことも知らなかった。

 これ、もしかしなくても噂のスタンピードじゃないかな。

 父さんに聞いたことがあった。前世でも物語本で読んだ気がする。


「うーん。父さんのくれた攻撃用の魔道具は強力すぎて使えないし、ちょうどいい感じのがない~」

「ちゅん」

「みぃ」


 僕の魔力はね、問題ないんだ。多いから。

 一晩中戦うことも可能。

 母さんのおかげだね。

 だけど、一人で誰かを守りながら戦い続けるというのが難しい。


「父さん、呼んじゃうか……」

「ちゅん?」

「み?」

「いや、それは最終手段だった。奥の手だもんね。伝声器で『パパお願い助けて』の合い言葉を伝えたら転移魔法で来てくれるとか言ってたけど、誰が言うんだ。よし、この案はナシ」


 そもそも、自立のために家を出たんだ。ちょっと困ったからって助けを求めているようでは鼻で笑われちゃう。

 まだ、いける。


 その時、洞窟側でアウェスの鳴き声が聞こえた。


「うわ、怪我してる! チロロ、応援に行って」

「ちゅん」


 見逃したつもりはなかったのに鰐型魔物がアウェスの脚に噛み付いたようだった。


「なんで、王都の横の森に鰐型がいるんだよ!」


 辺境の地に多い魔物もいて、僕は文句を言いながら戻った。仕方ない。もう、ここまでだ。


「アウェスたちは洞窟に戻って。ファルケは大丈夫、結界が効いてる。僕も立っているから、連動して周辺は守ってくれるしね」

「ピギャァー」

「ダメだ。広範囲の攻撃魔法を放つから。ごめんね、僕の魔法、敵味方関係なくやっちゃうんだよ」

「み、み! みみみ」


 アウェスたちは顔を見合わせ、すごすごと洞窟に入っていった。

 僕は魔法で入り口を土で閉じると、迫ってくる魔物に立ち向かう。

 ファルケは弱々しく頭を動かそうとする。嘴も動くけれど、鳴き声は聞こえない。まるで最後の最後まで自分も戦うのだと言っているかのようだ。


「大丈夫。これで仕留める。森は多少まずいことになるかもしれない。でも、命より大事なものなんてない。すぐだ。すぐに王都へ連れて行くからね。頑張って」

「み、み、みっ!」

「ちゅん」


 指示棒を前に、さあ魔法を放とうと口を開きかけた。

 その時、あの不思議な風がまた吹いた。

 もっと強い、もっと怖い、風だ。


 あ、と思った時には真上にいた。


 圧力なんてものじゃない。何かすごい力が掛かってる。

 ああ、これは畏怖だ。

 あまりの強い力に心が耐えられない気がする。胃がひっくり返りそう。何も考えたくない。

 なのにすごく懐かしくて、嬉しくて、全てを受け入れてしまう。



 ふわっと、降り立ったのは細長いモフモフだった。大型騎鳥として有名なアウェスなんて目じゃない。比較にならないぐらい、どでかいモフモフが、僕の目の前に横たわった。


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