第二章
061 模範飛行
王都で行われた花祭りも無事に終わり、僕に待っていたのは騎士団からの呼び出しだ。
夜の空を騎鳥に乗って飛び回れる能力に目を付けられ、もとい称賛され、騎士たちに模範飛行を見せてほしいと頼まれていたから。
その打ち合わせの時に何故か試験を受けることになって、しかも順調に合格してしまった僕はあれよあれよという間に準騎士となっていた。
準騎士というのは、当然だけど騎士よりも下になる。部下になるのかな。言ってみれば下っ端だ。江戸時代にいた「岡っ引き」に似ているかもしれない。与力や同心の手伝いをしていた彼等は、それだけじゃ生活できないので別に仕事を持っていたそう。
僕も副業は続ける。
アルバイト先は傭兵ギルドだ。エスコやヴァロといった頼りになる先輩たちと仲良くなったのもあるし、何より合法的に魔物狩りができる。別に一人で森に入って魔物を狩ってもいいんだけどね。依頼がある分、お手当をもらえるし~。
というわけで、僕が騎士団の模範飛行に出向いた時は準騎士って身分だった。
先輩方に「新人」が「模範飛行」を見せるわけですよ。結構ドキドキするよね。いじめられたらどうしようって心配も少しあった。
幸い、偉そうなタイプの人たちは見学に来なかった。
見に来た人のほとんどは良い人ばかり。少数は「本当にそこまで飛行技術が高いのか」と疑ってるっぽいけど、特に意地悪される気配はない。
だから、まったりと始めました。
「えー、初めまして。カナリア=オルコットです。こちらは相棒のチロロ。よろしくお願いします~」
「ちゅん!」
「みぃ」
「あ、この子はニーチェです!」
「み!」
全員を紹介したら、何故かぽかんとしている騎士の姿がチラホラ。
シルニオ班長は苦笑いでサヴェラ副班長は目を瞑った。それはどういう感情なの?
あ、ニコは笑ってた。両手でグーを作って上げ下げする。頑張れって合図かな。
すると、司会進行役のハンヌ隊長が咳払いした。
「いいか、これは『騎士団が頼んだ模範飛行』だ。彼は講師のカナリア君。試験を受けて現在は準騎士という身分を得ているが、今この時は『講師』である。敬意を持って接するように」
騎士たちは「はい!」と良い返事。態度はゆるっとしているけれど任意の集まりだからね。騎士服を着ていない人もいるよ。
会場は騎士団の訓練場。そのため、隣接する兵士の訓練場から覗く兵士もいた。本当に緩くて、誰も注意しない。普段からこんな感じなんだろうな。
僕はとにかく飛べばいいだけ。
「カナリア、じゃあ、基本的なところからお願いできるかい。まずは離陸だね」
「了解で~す!」
僕もゆるっと答えた。幸い、誰にも怒られなかったから良し。念のためチラッとサヴェラ副班長を見たらまだ目を瞑ってる。うん、たぶんセーフ。
僕はチロロを見た。
「じゃ、ゆっくり始めようか」
「ちゅん」
ニーチェは僕の首からチロロに移動。頭の上に座った。落ちないのかなと不安になって聞いたことがあるけど「だいじょぶ」らしい。そうかなぁ。君、親である神鳥の上に乗ってて落ちたんだよね?
自信満々の答えが怪しいけれど、万が一落ちたとしても訓練場なら見付けやすい。神鳥の子ゆえか、落ちても怪我はしないそうだしね。
僕はチロロに飛び乗った。立ったままのチロロにだ。
そこで「おおー」という声が上がった。
耳をそばだてると「階段なしで乗れるのか」や「跳躍力がすごい」と驚いている様子。むふん。
僕はお澄まし顔でチロロに合図した。
チロロはたったと二、三歩進んだところで飛び上がった。羽を広げてふわりと浮く。同時に風を掴む。
風に乗ったらこっちのもの。僕の指示通りにスイスイッと上昇し、皆の上空を旋回。チロロにとっては肩慣らし程度の、本当に気を抜いた飛行だ。目を瞑っていてもできるって感じ。
ゆっくり飛ぶのはこれぐらいでいいよね。そろそろ「模範飛行」に移ろうか。
「チロロ、軽めの急降下」
「ちゅん!」
本気の急降下だと驚くかもしれない。慌てて救助態勢に入られたら困るし、空気抵抗を敢えて使った落下方法を採る。羽を少し広げるんだよ。風の流れにもぶつかるといい。これがもし、スピードを上げて落ちなきゃならない場合は体を極力細くして流線型になる。嘴から突っ込むし、風の流れを邪魔しないよう隙間を見付けるんだ。目も開けてられないぐらい苦しいけれど、チロロも僕も成功したときの爽快感が病みつきで、一時期よく訓練してた。
今回は気軽なもの。
腰を浮かせて地面に向かった。
見学者の声も聞こえるぐらい余裕があったよね。
「ぎゃーっ!」
「突っ込んでくるっ」
「ヤバい、マズイ、死ぬ!」
「えーっ、それはないよ。あははははは!」
「ちゅんちゅん~!」
「みっ」
いや、ニーチェまで喜んで顔を出すんじゃありません。落ちるでしょ。
僕は慌てて片手でニーチェの頭を掴んでチロロの羽の中に押し込んだ。もう片方の手でチロロを操る綱を引く。
地面すれすれで方向転換し、急上昇へ。真っ直ぐじゃ面白くないからクルクルっと回って高高度まで上がった。今度は錐揉み降下。
「いぇーい!」
「ちゅーん!」
「みーっ!」
また地面すれすれを飛び、今度はそのまま低空飛行で飛び回る。見学者をポールに見立てて擦り抜けるのだ。
「あ、動かないでくださーい! 当たると弾き飛ばしちゃうのでー!」
また何か叫んでいたけど、なにしろチロロが楽しくなってきたみたいで速度を上げた。
声が後ろに小さくなっていく。
「ごめーん。聞こえないー!」
僕は両手を挙げて大きく振った。また背後で「ぎゃー」って声が聞こえた。少しぐらい手綱から手を離したって大丈夫だよ。下半身をグッと押し付けているし、風に乗るチロロの動きに僕も合わせればいい。
それぐらいできなきゃ、チロロの背に立てないよ。背に立つのは、飛び降りる際の足場にするからだ。そうそう、頭の上にも立つことあるよ。
ちなみに、頭の上に立つと跳ね上げてもらえる。奇襲攻撃に使えるんだ。あと、トップスピードに乗ってる時に進行方向へ押し出されると人間カタパルトにもなる。
他にも技はいっぱいあるけれど、やっぱり皆が見たいのはコレだよね。高高度からの人間落下。パラシュートなし。
「今から飛び降りまーす!」
「※◆◎×/◇※△◎◆※!!」
「何か叫んでるねぇ」
「ちゅん?」
「み」
「ま、いっか。じゃ、チロロ、地面すれすれでのキャッチ、お願いね」
「ちゅん!」
チロロの上でひょいっと飛び上がり、姿勢を変える。そして、跳び箱に手を突くような格好でお尻側から降りた。
そのまま、くるんと引っくり返って体勢を立て直す。あとは一直線だ。
僕の目の端にはチロロが流線型を取ったのが見える。どっちが速いかな。競争している気分で地面を目指す。
その時になって、見学者の誰もが真っ青になっていると分かった。
あれ、喜んでくれてない。
僕の脳内では「航空ショーの開催に喜ぶ人たち」がイメージされてたんだけど。
もしくは「あいつスゲーな、いや俺たちもできるぜ、やってやろうじゃないか」的な。仲間同士で切磋琢磨する、お仕事ドラマを想像していた。
本当は僕、そういう暑苦しいの苦手なんだけどなー、なんて思いつつも青春っぽい気がしてさ。ちょっぴり期待もあった。
だけど、もしかして、もしかすると。
「カナリア~!!」
サヴェラ副班長が般若の顔で僕を見ていた。
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