076 展示飛行の開催




 夏の嵐はそこかしこにゴミを散乱させた。宿の従業員たちが総出で表を片付けてる。石畳には水たまりも多く、排水が追いついてなかった。

 僕は騎士団に向かう道すがら、今日はもう展示飛行は中止だろうなと思った。

 町がこんなに大変なんだもん。

 あ、騎士団が町の手助けをするからじゃないよ。騎士団は警察でいうところの捜査課に当たるのかな。警備隊が地域課だ。今日のような日に忙しくなるのは警備隊の方。

 けどまあ、国に仕えるのはどちらも同じ。警備隊が忙しいと騎士団からの応援もある。主に内勤の仕事の手伝いだ。

 といっても「お偉い」騎士様が動くわけもなく、準騎士に仕事が回ってくるよね。あと新人の騎士にもかな。親の爵位が高ければ理由を付けて応援から外す班長もいるらしい。

 そういうことするの、フルメ班長だろうだけどさ。


 中止ってなったら、アイナ様はしょんぼりするかもな。

 でも仕方ない。

 と、思っていました。


「え、やるんですか」

「そのようです」

「警備隊の応援は……?」


 僕は騎士学校に通っていないから、準騎士に任じられたあとに簡単な座学を受けている。訓練中にも先輩方から教わった。だから知っているんだぞ。応援も準騎士のお仕事だって。

 ところが、だよ。

 サヴェラ副班長がにんまりと笑う。企み顔だ。


「フルメ班が行くようです」

「えっ」

「昨日もなんやかやと言い訳を口にして仕事をサボっていましたからね。ホイッカ団長補佐がキレてました」

「あー、ホイッカ団長補佐って、サヴェラ副班長の兄弟みたいですよね」

「兄ではありませんよ?」

「ラスボス的ってことです」

「……カナリア、ユッカに悪い言葉を教わりましたか?」

「先輩は関係ないです、すみません」

「とにかく、ホイッカ団長補佐の怒気に恐れを成したフルメ班が向かいましたので、我々は予定通り展示飛行を始めます」

「はい。あ、地面の状態が悪いのは問題ありませんか?」

「こちらの台詞です。むしろ、カナリアやチロロが無理だと判断すれば中止にします」

「あ、全然OKです」


 サヴェラ副班長は肩を竦め、そうでしょうねと苦笑した。



 騎士団本部に到着した貴族様たちを迎えに行くのはライニオ団長。もちろんホイッカ団長補佐も一緒らしい。

 そこから大きな訓練場までは専用の馬車を使う。幸い、そのルートは石畳が敷かれているので問題なし。

 問題は、会場に設置した特設観覧席までの間だ。地面がぐちゃぐちゃのはず。

 どうするのかと思ったら緑の絨毯が敷いてあった。強引な解決方法だ。

 一応、その歩く範囲だけ魔法で整地はしたみたい。土嚢を使って水が流れ込まない処置も施している。土嚢は見た目に良くないからか、緑の絨毯を被せてるんだけどさ。訓練場側の僕からは丸見えだった。

 僕は訓練場の真ん中で準備中。だから、土嚢や絨毯は同僚たちが頑張った。兵士側からも応援が来て、特設観覧席を確認し直したり水を拭って回ったり。

 土埃で汚れるだろうからと直前まで布を被せなかったのが幸いした。もし被せていたら布が滅茶苦茶になっていたよ。かといって、別の観覧席を設置し直す時間なんてなかっただろうし。


「チロロ、みんなが頑張っているよ。僕らも頑張ろうね」

「ちゅん!」

「みみ!」

「ニーチェもだね。うん、一緒に頑張るぞー!」


 全員でエイエイオーと士気を鼓舞する。

 事前の練習はできなかったけれど、考えたプログラムは頭の中に入っていた。相手役をしてくれるのは同じ班の先輩方だ。ニコも騎獣を引き連れて待機している。

 ニコは騎士学校を出ているから騎獣と騎鳥の両方に乗れる。配属されたのが騎獣に乗るフルメ班だったので、しばらく騎鳥から離れていただけだ。

 勘も取り戻しつつある。現場にはまだ出させてもらってないだけで、本来ならどちらにも乗っていい。

 今回は別の班に応援を頼むより、同班の方がいいだろうってことで騎獣を指揮する。


 観覧席にぞろぞろと人が集まった。お付きの人が多い。護衛騎士もいる。

 人数が多そうだな。それに小さな背丈の子が数人。アイナ様、お友達も呼んだんだろうか。

 まあいいや。

 僕は観覧席に侍るサヴェラ副班長の合図を待って動くだけ。

 広い訓練場の真ん中に立ったまま、その時を待った。



 ポーンと花火みたいな合図が空に向かって打ち上がる。

 僕はチロロに飛び乗った。チロロは小柄だけれど、足場もなしに飛び乗るのは結構難易度高いんだよ。アウェスの場合はもっと難しい。体高あるからね。中には片脚を前に出して足場を作ってくれる子もいる。あれ、体幹良くないとできないんだ。だから大抵は鞍に細工がしてあって、乗降用の梯子が付いている。僕はそんなものを使わなくても乗れるので、鞍はシンプルだ。

 チロロのためでもある。できるだけ重くならないよう、削ぎ落としているのだ。

 鐙もない。これは他の騎鳥乗りにも多かった。足は、騎鳥の羽の付け根、上背のあたりにすぽっと嵌めればちょうどいい。もちろん、鐙を付ける人もいるよ。騎獣なんかはそっちの方が多い。


「急上昇!」

「ちゅん!」


 ニーチェはチロロの首元で待機。ちゃんと入り込んでいたら落ちない。ニーチェが親のリューから落ちたのは、あのふわふわの背で飛び回って遊んでいたからだ。落ちないように意識していれば大丈夫。そもそもニーチェの上には十四頭もきょうだがいて落ちていないのだから、推して知るべし。ニーチェが気を抜きすぎたのだ。

 もしも落ちる素振りが少しでもあったら、サヴェラ副班長は許してくれなかった。

 ちなみに、ニーチェはシルニオ班のアイドルです。可愛い可愛いと褒めそやされている。


 ともあれ、僕らは運命共同体だ。貴族様に見せる展示飛行が始まった。


 まずは大きく旋回した。あまり高高度で飛ぶと見学者に見えなくなるし、首も痛くなるだろうから、五階建てより上には飛ばない。

 教習所で習うらしい綺麗な旋回を見せ終わると、スーッと斜め下にチロロを飛ばす。地面すれすれのところを低空飛行だ。まん丸お腹が地面に着きそうでハラハラするって言われた飛び方は、案の定お客様たちを驚かせた。

 立ち上がって指を差す人もいる。

 でも案外、隙間はあるんだ。遠目だし、地面がでこぼこだから目の錯覚で「接地すれすれ」に見えるだけ。大丈夫。

 これの難しいところは再上昇にある。特に今日みたいな水たまりと呼べないほどあちこちに溜まった水があると、羽ばたく風の勢いで水や泥を跳ね飛ばす。それはちょっと汚い。

 チロロは難なく、スイーッと上昇した。綺麗なものだ。チロロは羽と魔法の使い方が上手い。

 これを二度繰り返し、最後に狭い範囲でくるくると螺旋状に上昇した。

 歓声が聞こえる。すごい、という女の子の声が訓練場を通り抜けた。女の子って甲高い声だもんね。通りやすい。何故か似たような甲高い声も重なる。やっぱり友達を連れてきたのかも。


 次に、低空飛行からそのままホバリングを見せた。大きな水たまりの上でだ。水面に輪ができる。次々とさざ波のように広がっていった。均等で、綺麗だ。

 上空でホバリングしてもすごさは分かり難い。楽な姿勢で滑空しているかのように見えるし、そもそも鳥は空を飛ぶものと思い込んでいるよね。人を乗せて「止まったまま」でいられる状況ががどれだけ高度か、分かってもらうには「水たまりの上」というのがちょうど良かった。水鏡に映るチロロを見て「止まっている」と分かるはずだ。

 ホバリングも騎乗教習所で学ぶ内容らしい。できなくてもいいんだって。教官はもちろんできる。生徒たちは「おおーっ」と興奮するらしい。

 観覧席からも声が上がった。今度はおじさんたちの声だ。貴族様も楽しんでくれているようだった。

 俄然、張り切っちゃうよね。

 基本の飛び方を一通り見せた。次は騎士団ならではの、飛び方だ。

 班の先輩方と、ああでもないこうでもないと毎日考えたプログラムだからね。

 ワクワクして先輩方の登場を待った。







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こちらの「小鳥ライダーは都会で暮らしたい」の書籍化が決定しました

応援してくださる皆様のおかげです、いつも本当にありがとうございます!

発売予定日は2024/04/10

イラストレーターはなんと戸部淑先生です…!

詳細についてはX(旧Twitter)やその他SNSで発表していきます

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