074 順調に進む準備の合間に飛び込む事件




 大物貴族を迎えるための準備は大変だった。普段の訓練も中止。シルニオ班だけでは無理だから他の班も手伝った。ブーイングが出るんじゃないかと心配したけれど、意外と前向きな声が返ってきた。

 なんでも、大掛かりな展示飛行の準備は騎士団の行動訓練に役立つらしい。王都下で行われる大規模催事なんて、ぶっつけ本番だ。花祭りがそうだよね。大勢の参加者を集めた事前訓練なんて無理。できるのは、綿密な警備計画を立てることと当日に大きな問題が起こらないよう見回るのみ。兵士や騎士は不眠不休で頑張った。そりゃあ、大変だっただろうな。当時の僕は傭兵ギルドで警邏を担当してたけど、それでも忙しかったもの。

 王都では今後も大規模催事が続く。近いところだと騎士祭かな。

 だから、一丸となって準備するというのは良い訓練になる。

 花祭りに比べたら、たかが一貴族を迎えるだけだ。大したことはないと、団長は言った。

 というのも、やっぱり一部から「あいつのせいで」といった不平不満が出たからだ。

 まあ、そんなこと言うのフルメ班長しかいないんだけどさ。あの人、ブレないよね。

 もちろん言われたまま萎れる僕ではない。サヴェラ副班長に告げ口し、そこから団長に報告が上がった。団長は「わたしが許可を出した件に文句があるのか」と怒髪天を衝いた。

 そもそも、元公爵が孫を連れて「見学」に来るのは、騎士にとっては良いことなんだ。目に留まれば引き上げてもらえるかもしれないし、公爵家に雇ってもらえる可能性だってある。しかも現公爵まで来るかもしれない。きちんとした姿を見てもらった方が良いに決まってる。

 僕に公爵と話す機会があったら「フルメ班長だけは止めといた方がいいです」と言っちゃうね。



 とまあ、いろいろありつつ皆で頑張っていたんだ。

 前日にはプレ飛行の予定も入れていた。

 ところがですよ。


「また支払いの踏み倒しだ。しかも今度は騎鳥を盗んで逃げた!」


 駆け込んできた警備隊の人が応援を要請する。警備隊で対処できない場合は騎士団第八隊の出番だ。

 相手は騎鳥に乗っている。つまり、騎鳥に乗れる班が対応するしかない。

 その上、踏み倒し犯は王都上空を飛んで逃げた。


「僕が出ます!」


 ちょうどプレ飛行の準備を整えていた僕が、一番早く出られる。

 シルニオ班長が躊躇したのは一瞬だった。急ぎ指示を出してくれた。


「カナリアに命ずる。騎鳥を救い出し、犯人を捕らえよ」

「はい!」

「残りも追って出るように。王都上空飛行を許可する」

「はっ!」


 ニコはまだ騎鳥に乗っての実戦を許可されていない。残念だけど待機を命じられた。

 シルニオ班のメンバーは共に飛び立った。

 他の班も急ぎ厩舎に走る。それを眼下に、僕はチロロと最速飛行で王都の外に向かった。



 幸い、その日のうちに犯人は捕獲できた。

 森の中に逃げ込んで魔物に囲まれ、慌てふためき逃げてくるのを待つだけの簡単なお仕事。

 魔物が減っているという話を聞いて「いける」と思ったのかな。無謀すぎる。森の魔物が少ないのは騎士や兵士、傭兵ギルドが狩っているからだよ。

 犯人の男は見たことのない異国風の格好をしていた。言葉も通じてない様子。片言で「ゴメンナサーイ」なんて謝ってくるし、以前聞いた噂の「小国出身者」かと騙されそうになった。

 でもなんか変。だから、捕縛したあとに森の手前で転がしておいたんだ。騎士はまだ来ないし、暇だったし。

 そしたら、森の中から魔物が追いかけてきてさ。ちょっと様子を見てたら、焦った男が「頼む、助けてくれ!」と言い出した。めっちゃ流暢に喋るじゃん。

 少しぐらい魔物に囓られてもいいんじゃないかと一瞬手が止まったよね。

 あと、そんなに怖い魔物じゃない。ただの蛙です。大型犬ぐらいはあるけど。

 さすがに、男が鼻水垂らして泣くからサクッと倒したよ。



 倒してすぐ、解体する前にヘルガ先輩たちが到着。男が演技をしていた件を速攻チクッた。じゃなくて報告した。

 先輩たち、超いい笑顔で犯人を取り囲んだ。


「へぇ、あなた、異国人に化けて罪を重ねてたってわけ?」

「テメー、ちんけなことやってんじゃねぇよ。僕の大事な相棒が土埃で汚れただろうが」

「シルニオ班長のお手を煩わせるバカはお前か!」


 みんな楽しそう。

 ヨニ先輩だけは盗まれた騎鳥を心配した。


「カナリア、その子は無事かい?」

「はい。従順だったのが良かったみたいですね」


 高級宿に預けられていた子らしいので、調教もしっかりしてあったんだろうな。おとなしいし、今も僕が手綱を握っても素直に従ってくれる。

 念のため、足を上げさせたり羽の中を見たりしたけど問題なし。

 立派なアウェスだ。

 チロロと並ぶと親子のような体格差。


「ピギャァー」

「ちゅん」

「みみ」


 なんか会話してるぞ。可愛いな。

 耳を欹てていると、ニーチェが通訳してくれた。「おにゃか、すいたの」だって。

 ふふ、幼児語可愛い。

 えっ。


「お腹が空いているの?」

「ピギャァー」

「ちょっと待ってね。アウェスが好きそうな肉を出してあげ――」

「カナリア、落ち着いて。確認はしたかい?」

「あっ、そうだ、持ち主に聞かないとダメでしたね」


 ヨニ先輩に注意され、僕は収納庫から取り出しかけた肉を戻した。アウェスが心なしかしょんぼりした様子で胸が痛む。釣られてチロロとニーチェもしょんぼりだ。こっちはハッキリと落ち込んでる。


「わわわ、ごめんね。勝手にできないんだ。ちゃんと許可を取らないと、僕らは騎士だから怒られるというか~」


 騎士じゃなくても勝手に餌を与えたら怒られるだろうけど、厳しく責任を追及されるのは騎士なのです。

 申し訳ない。その代わり、ヨニ先輩が伝声器で連絡を取ってくれている。

 待つのだ。君も僕も、チロロとニーチェもね。


 伝声器の向こうで、ややこしそうな会話が続いたけれど、最終的に魔物の鰐や蛇の新鮮な肉なら食べさせてもOKとなった。

 グルメなのかと思ったら、飼い主が美食家らしい。そんじょそこらの餌を与えるなと伝声器の向こうで怒鳴ってる。


「大変だねぇ~」

「ピギャァー」

「お野菜や雑穀も美味しいのになー。ね、チロロ」

「ちゅん!」

「み!」

「みんなも美味しい?」

「ピギャァ!」

「キャキャーッ!」


 先輩方のアウェスやファルケも美味しそう。

 昼食がまだだったもんね。


「カナリア、それ、お前の持ち出しだよな。あとで精算するから言えよ」

「はーい、ユッカ先輩」

「いや、その貴族に出させるか。僕が交渉してやる」

「わたしらの騎鳥の分はダメに決まってるでしょ。ユッカ、新人に悪いこと教えてんじゃないわよ」

「シルニオ班長に迷惑が掛かるなら、俺も反対だ」


 男の身体検査を済ませたヨニ先輩が呆れ顔で振り返る。


「そろそろ騎士団に戻るよ? あちらではサヴェラ副班長が飼い主の対応をしているからね。現場の事情聴取は警備部が終えたそうだ」

「了解。カナリア、あなた、この騎鳥を飛ばせられる?」

「できます。乗ってもいいけど、貴族様がいるなら止めた方がいいかな。誘導しますね」

「助かるわ。わたしたちもできなくはないけれど――」


 ヘルガ先輩が空を見上げた。そう言えば風が出始めている。強めだ。南から吹く、ちょっと生温い風は雨の予感。


「僕は強風も雨も平気なので任せてください。チロロ、行こう。君も大丈夫だよ」

「ちゅん」

「ピギャァー」

「みみみ」

「ピギャ」


 少し不安そうなアウェスに、小さなニーチェが「まかちて」と先輩風を吹かしてるのが可愛い。アウェスの方は、どうも苦手そう。飛行訓練はあまりしていないのかな。

 空を飛ぶ生き物に飛行させないのは虐待になるから、注意深く観察しておこう。

 ともあれ、踏み倒し犯の捕縛は恙なく終わった。


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