073 女性傭兵と約束とその結果




 お店のおばさんは「お友達が待ちくたびれている」と言ったけれど、サムエルたちはなんだかんだ、裏通りを楽しんでいたようだ。ヴァロがいるから安心しきっている。皆でどの通りに抜けるのかを調べていた。ヴァロも警邏の時にちょうどいいとメモしていて、仲が良い。

 怖がりの女の子は少し広めの道でチロロやアド、付き添いで残った男の子と待っていた。先にそっちと合流し、僕は遅くなったことを謝った。二人は「ううん」「全然大丈夫だった」と同時に手を振り、なんだか照れ臭そう。

 お、もしかして良い感じです?

 僕はニヤニヤしちゃうのを我慢し、皆が戻ってくるのを待った。



 青春めいた休みを満喫した後に待っているのは、はい、お仕事ですよね。

 騎士団では相変わらず訓練ばかりだ。傭兵ギルドでもヘンリクさんやエスコたちに対人戦の訓練を付けてもらう。ヴァロと森に行くと飛行訓練で、僕の毎日は訓練漬けだった。もちろん森の中ではちゃんと見回りもするよ。ただほら、魔物がいないと訓練するしかないっていう……。

 傭兵ギルドでは「腕が鈍らないよう皆で遠征するか」という話も出ている。ヴァロは盗賊狩りをお勧めしてきて相変わらずだ。だけど、見た目を気遣うようになってきた。良い傾向だね。

 傭兵ギルドでもこれを機にイメージアップを図ろうと、清潔な身なりを推奨し始めた。

 数少ない女性の傭兵たちは喜んだ。ロッタさんと一緒になって推し進めている。

 ちなみに彼女たちは女性王族の護衛として国を出ていたらしく、先日初めて顔を合わせた。もみくちゃにされたよね。で、高い高いしてから抱き締めてくる。なんかもう、お爺ちゃんと孫じゃん。止めてって言うより先に大笑いだった。

 最初からこうで、顔を合わせるたびに可愛がられている。

 男の子なのが勿体ない、もう女の子枠でいいんじゃないかと言い出すぐらいだ。次に女性指定の護衛依頼があったら連れていこうと計画を立てている。いや、無理でしょ。

 とにかく、忙しくも充実した日々だった。


 だからすっかり忘れていた。

 騎士団長経由でサヴェラ副班長に封筒を渡されて思い出したよね。


「あっ、これ、アイナ様からだ」

「信じたくはなかったのですが、確かにあなたからも報告は受けていました。そうですか、例の約束は本気だったようですね」

「えっと、そうみたいです」


 班長の執務室に呼ばれて渡された封筒だ。その場で開ける。たぶん「装飾の歴史を振り返る」会についてだと思うけど、念のためね。もしもだよ。変な内容だったら相談しないとダメじゃんね。


「……サヴェラ副班長、相談しないとダメな内容でした」


 飛行見学の件は、ちゃんと報告と相談をしていた。もし本当に「やってくれ」という話が来たら、危なくない程度に見せてもいいと言質は取ってある。その場合、お目付役として誰かを連れていくことも約束させられたけど。

 なのに、手紙の内容は僕の予想を上回っていた。


「アイナ様、家族への説得は成功したけど、何故かお爺様も一緒に見学するみたいです。もしかしたらお父様も来るかもしれない……? えっと、それで、騎士団の演習場を貸し切ると書いてありますね?」


 サヴェラ副班長は糸目の笑顔のまま固まった。タイミング悪く、書類を手に入ってきた騎士も動きを止めた。元々いた部屋の主のシルニオ班長だけがギギギッと顔を向ける。

 みんなもう困惑だ。

 僕は申し訳なさで、へへへと変な笑いが込み上げてきた。頭を掻いて謝る。


「なんか、すみません。あと、その、もう決まったことらしいです」

「ああ……」

「もしかして、カナリアがお茶会に参加したという、あの?」

「ヨニ、その通りだよ。アイナ様の祖父と言えば、ハールス元公爵だね」


 シルニオ班長が答えると、質問したヨニ先輩が目眩を起こしたかのようにふらついた。


「あのハールス公爵ですかぁぁ」

「元公爵ですよ。ヨニ、あなたがしっかりしなくてどうするのですか。接待係はあなたが中心で動いてもらいますからね」

「僕はたかが伯爵家の三番目ですよ。無理です。そうだ、ヘルガも伯爵家ですよね。彼女なら細やかな配慮が――」

「ヘルガは四番目です。そもそも彼女に細やかな配慮など無理でしょう。我が班で一番しっかりしているのはヨニです」

「待ってください、僕よりサヴェラ副班長の方がずっと細かいです」


 その言い方だと危険な気がする。

 僕の予想は的中した。サヴェラ副班長が細い目を更に細くしてヨニ先輩を睨んだのだ。

 こわっ。

 ヨニ先輩も震えた。


「我が班所属のカナリアが飛行を見せるのです。となれば、表立った接待はシルニオ班が請け負うことになるでしょう。班長は全体の指揮、わたしも『細かい』差配で忙しい。そうなれば、他に誰が貴族の方々の対応をするのですか?」

「あわ……」

「ヘルガは気っ風は良いけれど、裏を返せば貴族らしい持って回った言い方ができません。大物貴族の裏の言葉を汲み取ることもね」


 ヨニ先輩の顔には「失敗した」ってハッキリ書いてある。書類を持ってきたばかりに、と後悔しているのかも。でも、僕もシルニオ班で一番まともなのはヨニ先輩だと思っているしなぁ。

 紅一点のヘルガ先輩は姐御肌でサッパリした人だ。すごく良い人なんだけど大雑把。

 他のメンバーもなぁ。ユッカ先輩は可愛い顔をしているのにオラオラ系。どこのヤンキーかなと思ったよね。下っ端には優しいので、新入りの僕も可愛がってくれる。その代わり使いっ走りも頼まれる。

 オラヴィ先輩はシルニオ班長が大好きで、ワンコ系。ただ、ハスキーっぽい性格だ。とても「大物貴族の接待」なんて無理。

 僕より先に入ったニコも新人枠だし、本人いわく「ほぼ平民」レベルの準男爵五番目。

 僕に至っては平民ですからね!

 あ、空を飛んでいれば接待は関係ないか。


「ヨニが主軸として動きなさい。わたしも手助けはします」

「はいぃぃ」

「あの、ヨニ先輩、ごめんなさい」

「カナリアのせいじゃないよ。仕方ない。頑張るかぁぁ」


 肩を落として空いた席に着く。こんなに落ち込んでいるのにちゃんと書類仕事しようとするのが真面目だよね。

 そういうところが頼りにされるんだと思う。


「カナリア、わたしはこれから根回しに動きます。他の班の協力も取り付けなくてはなりません。団長にも話を通しておかねば――」

「クラウス、隊長にも連絡を入れないと」

「ええ。あの方は面倒事をすぐに丸投げしますからね。先に団長の許可を取ってから詰めます」

「かっこよ」


 思わず呟くと、サヴェラ副班長がくるんとこっちを向いた。こわいってば。


「あなたは飛行メニューを考えておきなさい。ダメ出しの時間が必要です。実際に確認もしなければなりません。今日中に出すように。手伝いにニコを使いなさい」

「はい!」

「当日の補助にユッカとオラヴィを付けましょう。二人にも話を通さねばなりませんね」

「あ、あの、僕がやっておきます」

「ではヨニに頼みます。ヘルガはヨニの補佐として、当日のお嬢様の警護にしましょうか。あちらにもいるでしょうが、騎士団からも出す必要があります」

「クラウス、僕から近衛に頼もうか? 一人ぐらいなら引っ張ってこられるはずだよ」

「そうですねぇ。開催日に女性王族の移動がなければ余裕はあるでしょうか」

「団長と打ち合わせが必要だね。僕も行こう」

「……エド、仕事から逃げようとしていませんか?」

「あ、いや」

「急ぎの決済が溜まっています。それが終わり次第、団長と打ち合わせをお願いしますね」


 早口で告げると、サヴェラ副班長は颯爽と部屋を出て行った。

 僕らはポカーンだ。


「えっと、シルニオ班長、僕も書類仕事なら少し手伝えるかと……」


 おずおず申し出たけれど、シルニオ班長は力なく「君はクラウスに言われた仕事を」と言って席に戻った。

 ヨニ先輩もしょんぼりしていて、僕にできるのは応援だけだ。腕輪型収納庫から、そっとアーモンドフィナンシェを取り出して机に置いた。

 サムエルにも絶賛されたお菓子です。甘いものは癒やしになるよね。

 案の定、二人はパッと笑顔になった。


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