102 休憩後の突入、現場の状況




 国境に着く直前で一旦降りる。

 チロロには高カロリーのドリンクを飲ませた。ちょっとだけ体力増強成分も入れてある。雨がポツポツ降る中を飛んで、更にこれから戦闘になるかもしれない。少しでもリセットしておきたかった。初級ポーションより軽い効き目だし、反動はそこまで出ないはず。

 ニーチェにもおやつを与えようとしたら、なんだかそわそわしてる。緊張してるみたい。


「今度は落ちたらダメだからね?」

「み」

「ちゅん」


 チロロもしゅんとなる。ニーチェは小さいし、軽すぎて落ちたのに気付かなかったんだよね。僕なら落ちても平気って安心感もあった。だから反省してるんだ。

 僕がなでなでしてると、背後で声がした。


「どちらも可愛いな」

「でしょう!」


 思わず、ぐるんと勢いよく振り返って叫ぶ。ヴェルナ様は引きつった顔だ。

 あれ? 可愛い好き仲間かと思ったんだけど。


「ヴェルナ様も可愛い物がお好き、ですよね?」


 最後の方、圧が強かったかな。

 僕は期待のまなざしでヴェルナ様を見つめた。


「好き、ではあるが」

「そうですか! だったら今度、僕のコレクションをご覧になりますか? アイナ様にも披露する予定で――」

「落ち着け、カナリア」

「え、落ち着いてます」


 ヴェルナ様はやれやれと首を振った。それから、果実水の入ったグラスを僕に戻す。

 チロロたちにも出していた飲み水用の容れ物とまとめて【清浄】を掛け、腕輪型収納庫に直した。


「そうした話は後だ。そろそろ向かうぞ」

「はい」


 僕らは気を引き締め、またチロロに乗った。

 第一陣はもう追いついているはずで、第二陣もそろそろ来る頃。馬車はまだだ。

 カイラさんの乗った馬車が到着する前になんとかなるといいんだけど。

 とにかく、僕らの第一目的は捕虜交換で来ているはずのアルニオ国民や兵士の安全だ。

 第一陣が守ってくれていたら、あとはごり押しできる。

 僕はチロロに発破を掛けて先を急いだ。



 国境に近付くと遠目にも争っているのが分かった。運悪く隊商が通りがかったらしく、慌てて逃げてきている。念のため低空飛行で近付いた。

 ニーチェは何も言わない。僕の感触からも敵じゃなさそうだ。

 一応、声だけ掛けておいた。


「少し進んだら休憩できる場所があるから! そのあと、最初の村に着いたら留まってて。あとで話を聞きます!」

「承知いたしました! 騎士様、ご武運を!」


 隊商から返事があった。なんとなく事情が分かっているような気配。

 もしかしたらセルディオ国で何らかの噂を聞いていたのかも。


「ヴェルナ様、急ぎます!」

「あい分かった」


 ぎゅうと掴まってくる。僕らは更にスピードアップした。


 といっても、あっという間だ。

 それまではただ飛んでいただけなのでヴェルナ様もチロロがどれだけすごいか分かっていなかった。

 でも目標物を捉えてからの飛行だと速さを自覚しやすい。


「なんと、この子は速いな」

「チロロはすごいんです」

「ちゅん!」

「み」


 ドヤってるチロロとニーチェを撫で、僕は宣言した。


「今から突入します。みんな、落ちないこと! いいね?」

「ちゅん!」

「みみっ」

「分かっておる」


 チロロの負担は大きいけれど、ヴェルナ様を紛争真っ只中には下ろせない。

 しばらくは空中戦だ。がんばれ。

 もちろん、僕も頑張る。

 まずは【身体強化】の魔法を自分たちに掛ける。

 慣れないヴェルナ様は「うお、なんだ、これは」と動揺した声を上げた。けど、慌てない。ちゃんと僕に掴まったままだ。


 説明している暇はない。僕は次に、魔力封じ網を取り出した。それを上空から敵の騎鳥に向けて放つ。


「おお、次々と落ちていく」

「狭い範囲にしか使えないのが難点なんですけどね」

「だが、騎鳥を落とせるのは有り難い。おかげで、こちらの動きも活発になってきた」


 相手の数の多さに押されてたシルニオ班長たちが、ようやくとばかりに盛り返す。

 サヴェラ副班長も落ち着いている。心配なのがユッカ先輩だ。深く入り込みすぎてない?

 僕がハラハラしながら地上の騎獣にも魔力封じ網を投げていると、こっちの動きに気付いた敵の騎鳥乗りがやってきた。

 後を追うのも敵の騎鳥乗りだ。そいつが叫ぶ。


「おい、待て、一人で行くな!」

「二人乗りが相手だ、簡単なもんさ」


 調子に乗った騎鳥乗りがユッカ先輩みたいに単独で追ってくる。

 ふふん。僕は別の奴に網を放り投げると、チロロに上方向へ転回させた。ヴェルナ様には落ちないように綱を渡してあるけど、踏ん張るのには慣れないだろう。僕は片方の腕を使って背後を支えた。


「うわっ、なんだっ、急に!」

「バーカ、遅いんだよ」


 ぐるっと回りながら斜めに進む。何も言わなくてもチロロは分かってる。敵と擦れ違う戦い方を彼は選んだのだ。

 僕は驚き顔の兵士に指示棒を振りかぶった。奴は安全用の綱を着けたままだったので騎鳥ごと落ちていった。

 その勢いのまま、追いかけてこようとした仲間の兵士に【風切】を放つ。雨風が強まっているので元々不安定だった飛行だ。そこに、別の風が吹く。耐えきれずに落ちた。

 これだけ離れていると「風切」なんて殺傷能力は押さえられてしまう。でも騎乗に慣れない兵士には有用だった。相手が騎士団の、たとえばシルニオ班長だったら簡単にいなしただろう。腕の差だ。


「なるほど、カナリアの戦い方はスマートだな」


 冷静に観察しているヴェルナ様には答えず、僕は次を狙った。とにかく、騎鳥組を落とさないと話にならない。

 地上を見ると、おそらく捕虜が乗っているであろう馬車を守ろうとヨニ先輩が頑張っている。早く応援に向かいたい。他に騎士はヘルガ先輩しかいなかった。残りは騎獣に乗った兵士が二人だけだ。

 オラヴィ先輩はどこかと思えば、シルニオ班長の後ろ。フォローしてるつもりなのかな。一応、シルニオ班長が討ち漏らした敵を落としているみたいだけど。


「カナリア、王子はどこにいる?」

「そういえば、どこにも見えませんね。天族の子も――」


 国境には互いの国の門がある。街道に合わせて作ってあるから門は向かい合って見えた。

 今、争っているのは中間地点だ。門と門の間に百メートルぐらいの緩衝地帯がある。

 アルニオ国側は高さ三メートルの石垣が五百メートルほどしか続いてない。あとは森が自然の国境として役目を果たしている。

 セルディオ国側は、あれはもう砦だね。壁の高さは五メートルぐらいかな。しかも等間隔に歩哨が立つ塔もある。長さは分からない。とにかく長い。森から出てくる魔物を排除するためかもね。

 不思議なんだけど、あちら側には見事に森がなかった。荒れた土地だ。


「砦に隠れてるんでしょうか」

「大量の水に飲み込まれて体力を消耗しているだろうからな」


 ヴェルナ様が楽しそうに言う。


「あれは見事だった。腹を抱えて笑いたかったが、お目付役がいてな。耐えたよ」

「笑えば良かったのに」

「次は笑おう」


 その間も僕らはちゃんと警戒しながら敵の騎鳥を落としている。警戒して散けてしまったので話す余裕があった。


「砦の門が開いたままですね」

「だから捕虜の乗った馬車を通せたのだろう。まさか、領土から先に出しているとは思わなかったが」

「ですよね」

「……もしかしたら、さっきの隊商が何か知っているかもしれないな」

「あー、そうですね」


 逃げ足が速いとは思ったけど、もしかしたらスパイだったのかな。ご武運を、なんて声を掛ける余裕もあったし。


「ともあれ、緩衝地帯にいるのは僥倖だ」

「はい」

「あれらを我が国の領土へ運んでしまえば、あとはどうとでもなるな?」


 だからこそシルニオ班長たちが頑張っている。


「ふむ。カナリア、わたくしをあの馬車に降ろせ」

「えっ」

「わたくしがいない方が、戦いやすいのではないか?」

「それは確かに、まあ」

「そろそろ相手側から増援があるかもしれん。砦を見ろ。騒がしいぞ」

「あ、ホントだ。歩哨も何かやってますね。塔の上に何か、あー、バリスタかな」

「大型魔道具だ。解除装置はまだあるか?」

「はい」

「あれの対策はカナリアしかできまい」


 僕は腹をくくった。






*************


次回か、その次になるかもしれませんが、一週お休みします

お彼岸のあれこれで急に予定が入ってしまいました…



こっち、自転車操業中でして…

見直し? 知らない子ですね( ◠‿◠ )



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