113 王都に戻ってからのバタバタ
王都に戻ってしばらくはバタバタした。
多くの取り調べ、裁判が続いたからだ。ギリムたちももちろん牢に入った。重い罪になるだろう。
騎鳥の盗難を主導した元セルディオ兵らも苦役につく。
天族なのに戦えると知られた僕はというと、しばらくは引き抜き合戦に付き合わされた。
正式に騎士として任命するという話もあったけれど断った。傭兵の仕事も続けたいからだ。
これからも二足のわらじで働くつもり。
そして、とうとう住む場所が決まった。
もうホテル暮らしでもいいかなと思い始めていたところ、ひょんなことで愚痴を零したら素敵な部屋をレニタさんに紹介してもらえたのだ。
「こんなに可愛い部屋を貸してもらえるなんて本当に嬉しいです!」
「カナリアだからさ」
商人街にある雑貨屋「妖精の小道」は不思議な店だ。レニタさんがお店を開きたいと思えば見える。幻惑の魔法が掛かっているのかもしれない。
彼女、実はマヌおじさんの知り合いだった。というか、父さんの用意した素材をマヌおじさんが運んでたみたい。といっても、そんな仕事は滅多にない。父さんの素材はお高いからね。
だけど、マヌおじさんはレニタさんに憧れているらしく、なにかと用事を作っては顔を出していたそう。
という話はそもそも、一緒に遊びにいった帰りに雑貨屋へ寄り、たまたま「お前そういや、まだ部屋が決まらないのか」とマヌおじさんが話を振ったことから始まった。
まあとにかく、レニタさんは事情を知るや「シドニー=オルコットの息子なら問題ないさ」と、上の階の部屋を貸してくれたというわけ。
レニタさんは引っ越しの日も掃除や片付けを手伝ってくれた。当然、マヌおじさんもいたよ。
あと、サムエルもね。ヴァロやエスコも来てくれた。
「こんなに大勢が助けてくれるなんてねぇ。あんた、妖精だけじゃなく人間にも好かれているようだ」
「え、妖精?」
「そうさ。それだけじゃぁ、ないだろ?」
レニタさんがチラリと僕の頭の上を見た。そこにはニーチェがいる。
「もしかして、ええと、分かります?」
「まぁね。だが、他の奴には内緒にしておきな。あんたの加護もね」
「レニタさん、もしかしてすごい人です?」
「妖精相手に小物を売ってるんだ。そこそこ、すごいさ」
「うわぁ~」
カッコイイ!
僕はワクワクして、いろいろ話したくなった。けれども、今は引っ越しの最中。みんなが頑張ってくれているのだから僕もちゃんとしよう。それに時間はたっぷりある。だって、引っ越してきたんだもんね。
そうそう、ちゃんとチロロの居場所もあるよ。
細い裏路地だけど、木板の扉を開けると裏口までの通路があるのだ。本当に秘密基地みたい。
裏口を通ると小さめの庭もある。そこにチロロ専用の部屋を作っていいんだって。
「店からは直通じゃなくてねぇ。わざわざ外に出て遠回りで庭に入るほどの立派な庭でもない。手入れするのも面倒だと思っていたんだよ」
「じゃあ、いろいろやってもいいです? 花も植えてみたいです」
「いいとも。自由におやり。そうだ、あんたの部屋は三階だ。裏庭に直接出られる階段を付けても構わないよ」
「えっ、いいんですか」
「遠回りが過ぎるからねぇ。それに、あんた、騎士団と傭兵ギルドの仕事を掛け持ちするんだろ。どっちも帰りは不規則だ」
店の戸を毎回開け閉めして、三階まで階段を上り下りすると二階のレニタさんに迷惑を掛けるかもと思っていた。外階段なら少しはマシだ。音がしないような工夫だってできる。
僕は喜んでお願いした。改装費はもちろん僕が持つ。
すると。
「あたしの飲み友達に手先の器用な男がいるんだ。そいつに任せりゃいい。安くしてくれるさ」
「レニタ、そりゃぁ、まさかルグのことじゃねぇだろうな」
「あんたは相変わらずルグが気に入らないんだねぇ」
「そんなんじゃねぇよ」
マヌおじさんのライバルなのかな。ニヤニヤしていると、渋い顔で僕の頭を叩く。
それにしてもルグってどこかで聞いたような名前だ。
「あ、ルグさんって、食器を作ってる人?」
「おや、知ってるのかい」
「実家にルグさんの作った食器がいっぱいあって、独り立ちの時にもらったんだ。すごく綺麗なんだよ」
「あいつは手先が器用だからねぇ」
「ルグは
「マヌおじさん、ツンデレかぁ」
「なんだそりゃ」
「おーい、カナリア」
話していると、ヴァロに呼ばれた。階段から顔を出している。
「掃除は終わったぞ。ところで、お前、小物が多すぎるんじゃねぇの? 宿暮らしのくせによぉ」
「ごめんごめん」
「全体的に荷は少ないのにな」
「収納庫あるからね」
「じゃあ、全部入れておけよ」
「可愛いものは見てほしいもん。それに引越祝いは開封がてら、みんなで見たいじゃん」
「そりゃ分かるが」
家具の配置を相談するのも引っ越しの醍醐味だ。そもそも、引っ越しのお祝いが主体で皆を呼んだところあるし。
掃除の手伝いも助かったけどさ。
レニタさんは三階の掃除を全くしてなかったらしい。捨てるのが面倒な壊れた家具など、ゴミに近い荷物がほとんど。ちょうどいいからと皆で大掃除した。お店に関係のあるような品は地下の倉庫に入れてるらしいので何をやってもいいそう。
以前は三階と四階を人に貸すこともあったらしいよ。空き部屋になってからは人間向けのお店にしたり倉庫にしたり。今はこぢんまりとやるのがちょうどいいんだって。
僕らは三階に上がった。
「みんな、ありがとう。料理を出すから、座って」
「お、小腹が空いてきたところだったんだ」
「エスコは食うぞ? 大丈夫なのか」
「俺も食うからな!」
「マヌおじさんも年齢の割に食べるよね~。安心して、いっぱい作ってきたから。サムエルも手伝ってくれたんだ」
家政ギルドのキッチンを借りて作ってきたのだ。大量の揚げ物メニューに気を失いかけていた僕はサムエルを拝んだ。
「そういえば台所はどうするんだ? ここ、ついてないよな」
サムエルに聞かれ、さてどうしようと考えていたら――。
「外階段を作るついでに改装してもらいな。三階は広いんだ、多少部屋が狭くなってもいいだろ? 風呂屋はすぐ近くにあるからね。うちのを使ってもいいが、あんたは外で済ませるだろ?」
外とは騎士団のことだ。騎士団の風呂場は泳げるほど広くないし、ごった返すときもある。そうなるとシャワーばかりになって入った気がしなかった。だけど無料だからね。これからはガンガン使うつもり。たまに僕を知らない騎士が「女の子がいる!?」とビックリするのがデメリットかな。
まあ、最近はそういうのも減ってきた。可愛い男の子がいると噂になっているらしいよ。
ほとんどの人は緊張して出ていく。お風呂にも入ろうとしないのだ。そういうのを気にしないのがユッカ先輩とオラヴィ先輩だ。あの二人は平気で隣に入ってくるし、背中の羽がどうなっているのか見せてくれと言い出す。悪気はないので僕も気にしてない。
本物のデリカシーがない奴ってのは、フルメ班長みたいな奴。ただ、彼は伯爵家出身であることに誇りを持っているらしくて騎士団のお風呂になんて入らない。あと、なんか僕を避けてる。
最近のやりすぎな僕を見てヤバいって思ったんじゃないのか、というのはニコの意見だ。
まあ、ヴェルナ様と仲良くなったしね。一度、騎士団に来て名指しで呼ばれたのも見られている。
おかげで虎の威を借る狐は自由に過ごしています。
「各階にトイレもあるし、ここ、いいよなぁ」
「ヴァロは部屋を借りてるじゃん」
「あそこ、野郎ばっかりだからさ」
「それの何が悪いんだ?」
エスコが口を挟む。
僕とサムエルは理由が分かって顔を見合わせた。ニヤニヤしてしまう。
「なんだなんだ?」
「おっ、色っぽい話か、若者よ」
「あんた、年寄りがからかうんじゃないっての」
「いや、だってよぉ」
レニタさんがマヌおじさんを端の方に連れていってくれた。
その間にエスコがヴァロに詰め寄る。表情はにやけているのに視線が鋭い。もしかして先を越されたかもと焦っているのかな。エスコも独身だからね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます