112 後始末




 王子も兵士たちも応急処置は済ませてある。重症者にはポーションも分けた。反動はあるけど命を失うよりマシだろう。王子もある程度までは治せた。

 だけど、心に負った傷までは治せない。

 あれだけ偉そうで自信満々だった王子の、その目が死んでいる。

 ほんのちょっぴり可哀想な気持ちになった。

 でも、うちの王女様は容赦がなかった。

 サインをした書類の件を再度読み直して確認させ、意気消沈するセルディオ側から騎鳥を取り返したのだ。もちろん、天族の子も返さないままである。


 ついでに盗賊たちも全員連れ帰りたかったのだけど、さすがにそれは無理だった。

 というのも彼等は装備がなかったせいか部屋の中にいて魔物の急襲を免れていた。

 砦にいた兵士や、シュタイバーンに来ていた兵士らは軒並み怪我を負っている。彼等を連れて戻る人員が必要だと言われてほとんどを解放するしかなかったのだ。

 ただし、数人はこちらに戻す。首謀者たちだ。セルディオではそこそこの地位にいたのかもしれないけれど、返すわけにはいかない。

 この交渉も意外と簡単に終わった。


 治療の合間に尋問したところ、他にも判明した事実がある。

 たとえばギリムを買収した件だ。

 彼等は王都で情報を集めている最中にギリムたちの騒ぎを知って密かに接触したらしい。そこで言葉巧みに誘い、協力させた。

 ギリムたちも里から持ち出していた魔道具を使って、僕らの鼻を明かそうとした。

 森に隠れながら追ってきたというのだから根性がある。

 そういえば途中で妙に違和感があったのは、彼等の動きを僕やチロロが感じ取っていたんだろう。


 そんな風にあれこれ分かった事実をまとめるのは外交官や事務官たちだ。

 騎士団のうち騎獣隊は見張りと、念のための警護。兵士は盗賊の主犯格らを見張る。

 残ったシルニオ班と傭兵で魔物の死骸を片付けた。セルディオ側は僕とヴァロが担当。実際に動くのは、比較的軽症の兵士と捕虜扱いしていた元盗賊の奴等だ。ほとんど指示だけで、たまに大変そうな魔物の移動だけ手伝った。



 それにしても、王子や取り巻きたちがあまりに素直に答えるのが僕には不思議だった。


「人間って、そうそう変わるものかな? 裏があるんじゃないの」

「俺はなんとなく分かるぞ」

「そうなの?」

「神鳥様の力に当てられたんだよ。あの時の衝撃や無力感とか、なんだろうな、言葉では説明のしようがない」

「正しく、毒気が抜かれたってやつかぁ」


 そのうち元に戻るのかもしれない。でも、今は助かる。なにしろ正式な書類にサインしてるもんね。

 後から難癖付けられても「だってサインあるし~」って言えちゃう。

 だからかな。ヴェルナ様はカイラさんのハラハラした表情なんて全く気にせず、生き生きとやり取りしてた。




 諸々が終わるまでに二日かかった。

 その間にセルディオ側から応援が来ることはなかった。もし大隊クラスが来てたら大変だったので安心した。おそらくだけど、王子の勇み足ではないかという話だった。アルニオ人の捕虜の中に外交事務官だった人がいて、牢の中にいながら情報を集めていたそう。

 王子は兄弟が多くて、優秀な者を次の王にという話が出たことで功を焦ったらしい。

 元々独断気味の人だから慕う人も少なかった。応援が来ないのもそのせいだって話だ。


 魔物寄せの魔道具は以前どこかの国で鹵獲したものを研究して作ったそうだ。

 なんか嫌な予感がする。

 と思って、ヴェルナ様に了解を取ってから魔道具をバラしてみた。父さんのサインがあった。

 魔物を片付ける兵士を横目に、天井が抜けた建物に戻ってきた僕とヴァロで確認した。


「若い頃のサインだ」

「マジかよ。賢者様も当時ははっちゃけてたんだな」


 サインがまさかの「暗黒騎士シドニー」だ。

 父さんが冗談交じりに「俺も昔はバカやってたからなぁ」と教えてくれたことがある。僕が七歳ぐらいの時だ。自分の息子だから、将来やらかすだろうと思って教えてくれたらしい。誰もが通る道だと話していたっけ。

 それ中二病ってやつじゃん。と思って、僕は速攻で母さんにチクッたよね。父さんは涙目で言い訳してたなぁ。


「術式の中心部分は難しくて手を入れられなかったみたい。丸写しだ。道理で洗練されてないわけだよ」

「そうなのか?」

「このスイッチとかダサくない?」

「俺には分からん」

「とりあえず、塔の上の魔道具は破壊されたようだし、ここにある分は僕がこっそり持ち帰るね」

「いいのか?」

「誰にもバレてないし、神鳥様が壊したって言えばオッケーじゃない?」

「お前、そういうとこ大胆だよな」

「ありがと」

「褒めてない」

「だって、うちの父親の恥ずかしい歴史を晒すわけにもいかないし。というのは冗談だけど、こんなもの残しておけないよ」

「だな」


 今回は元々は「魔物に干渉する魔道具」だったものに手を加え、偶然にも「呼び寄せる魔道具」となった。

 これ以上おかしな改造をされたら困る。

 父さんも過去のやらかしは持ち帰ってもらいたいだろう。

 破壊はそのあとだ。父さんはもう戦争に使う道具は作らない。魔物被害を食い止めるためのものなら喜んで作るはず。


「うちの父親、結婚できて本当に良かったなぁ」

「は?」

「父さんてば、美人な母さんにストーカーしたんだって。たまたま面白がってくれたから結婚に漕ぎ着けたんだよ。母さんは善良な人だから、父さんも矯正されたんだと思う。今は平和主義だし、山暮らしのスローライフ好きだからね。マッドサイエンティストにならなくて済んだのは母さんのおかげだよ」

「よく分からんが、今はちゃんとした人だってことだな」

「うん。うん? たぶん、そうかな」


 ヴァロが半眼になる。


「カナリアがおかしいのも賢者のせいか」

「僕はおかしくない」


 そんな話をしながら、他にもまずいものはないか確認した。

 時々窓から顔を出して兵士たちに指示出しするのも忘れない。

 二日間の拘束は大変だったけれど、僕とヴァロは案外と楽に過ごさせてもらった。



 王子が戻っていくのを僕とチロロで上空から確認し、もう大丈夫だと思った頃合いでOKの合図を出す。そうしてアルニオ側も移動を開始した。

 ようやく王都に戻れる。

 本当に長い遠征だった。


 途中でほったらかしだったギリムたちを拾い(干からびかけてた)、最初の町で擦れ違った隊商と合流した。

 彼等とも話を擦り合わせながら王都に進む。

 ちなみにセルディオの王都に滞在していた外交官もいて、無事に逃げ出せたとのこと。詳しい情報をもらえたし、王子の話に嘘がなかったことも分かった。

 ギリムは僕に文句を言う気力がないらしく、静かだった。こっちはリューに会ってないのに何故だろう。

 答えはミルヴァ姉さんがくれた。


「あんな何もない場所で数日の間、放置されたんだ。屈強な男でも耐えられないさ」

「ああ、そっか。え、水は置いてこなかったの?」


 後続の外交官さんたちはよほど慌てていたのかと思ったら、カイラさんが「まさか」と声を上げた。


「そのような非人道的なことはしませんよ」

「なんだ。じゃあ、水はあったのか~」

「カナリア、お前そういうとこだぞ」

「え」

「ヴァロ、あんたの方が繊細だよね?」

「うるせーよ」

「だからね、カナリア。普通は水や食料があっても、何もない場所に放置されたら心が壊れるものなんだよ」

「そうなんだね」


 頷いたものの内心では首を傾げる僕。だってさ。


「僕は山の中に放置されたことがあるからなぁ。まあ、水はあるし、山の中だと食料も多いけどさ。やっぱり、この辺りの土地とは違うか~。いやでも、近くに森があったじゃん。いくら動けないようにされても問題ない気がする」

「ほらな、これだ」

「うちの母さん、僕を縛って空から落とすんだよ。そのままサバイバルして家に戻ってこいって言うの。父さんが『可愛いカナリアが死んじゃうから止めよう?』って泣いて止めようとしてくれたっけ」

「お前のとこ、ヤバいぞ」


 ヴァロが嫌そうな顔で言う。ミルヴァ姉さんは苦笑いだ。カイラさんは首を振って、外交官の馬車の方に戻っていった。帰路、彼は騎鳥に乗ってみたいと言い出して練習していたのだ。連れ帰っている騎鳥は訓練が未熟なので乗せられない。だからチロロに頼んだ。

 僕はセルディオ兵が乗っていた騎鳥に交互で乗っている。野生の騎鳥を馴らす練習にもなるからね。

 ミルヴァ姉さんやシニッカ姉さんもだ。

 ちなみに、ヴェルナ様も乗りたいと言い出して、これは皆で却下した。

 僕ももちろん「絶対ダメ」と手でバッテン印。

 そのせいか、女性騎士に初めてグッドサインをもらったのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る