111 久しぶりに会うリューと衝撃




 僕にとっては久しぶりのリューが、なんだか面白そうに笑う。


『別れたばかりだというのに、もう呼ばれるとはな。どうしたのだ、ニーチェよ』

「みみみみ」

『ふむ。人がいるとまとめて壊せないのだな』


 相変わらず短い鳴き声だけなのに伝わる情報量が多いな。なんて現実逃避気味に考えていると、リューが僕を見た。


『人間は大変のようだ。我が子が助けてほしいと言うので今回はなんとかしよう』

「あ、あのでも、あまり関わったらダメなんじゃ……」

『人間が魔物寄せをしたのだ、人間がなんとかすべきだとは考える。だが、カナリアの失敗ではないのだろう?』

「あー、はい。隣国の王子が魔物寄せの方法を採って、僕らの国に戦争を吹っかけようとした感じです。でも彼等の想定を超えた魔物が集まったせいで自分たちまで襲われて」


 あれ? これ、助ける必要ある?

 いやいや、やっぱ人道的にも、戦争回避的にも助けないとだよな。うん。

 僕が一人納得していると、ジッと見ていたリューがふと笑ったようだった。


『ニーチェはカナリアの仲間に助けられたようだ。カナリアが困っているとも話している。今回はわたしが介入しよう』

「えっと、あの」

『さあ、長居はできない。どのようにしてほしいのだ?』


 僕は腹をくくった。

 大きく息を吸って吐くと、リューにお願いする。


「この建物をぶっ壊すか、魔物を静かにさせてもらえますか。あ、人間は傷付けない方向で」

『いいだろう。魔物はもう興奮状態だ。森には戻せないだろう。卵は人里から離れた場所に運ぶとしようか』


 そこまでしてくれるのかと驚き、同時にセルディオの王子に苛立ちを覚える。

 神鳥様に尻拭いさせるとかどうなんだ?

 だけど、あいつに渡せば何をするか分からない。卵を孵して魔物を兵器に、なんて考えるかもしれないし。


『安心おし。魔物は使役できない』

「あ、やっぱり僕の心が読めるんですね?」


 リューはそれについては答えなかった。なんとなく楽しげに笑っているようだった。

 まあいいか。相手は神鳥様だ。神様に心の内が読まれるのはもう仕方ない。それよりも――。


「魔物寄せの魔道具を使えば、いいなりにできるかもしれません。彼等が開発したみたいなんです」

『仲間を呼ぶ音だ。使役とまでは言えない』


 僕はホッとした。


「一台だけ残して、あとは破壊します」

『何故残すのかな?』

「また作られた場合の対処として、父さんに発見や破壊用の魔道具を作ってもらおうと思っています」


 話している間にも魔物は静かになっていく。死んだとは思えない静かさだった。


『ふむ。それならばいい。カナリアに任せよう。では、わたしはそろそろ去る』

「あっ、ありがとうございます!」

『こちらこそ、ニーチェを育ててくれて礼を言う。ああ、そうだ。カナリアの騎鳥にも加護を与えておこう。これからも大変な事件に巻き込まれそうだからね』

「えっ」

『ニーチェ、お前にもだよ。よく頑張ったね。だが、次は落ちないように』

「みみ!」

『ああ、もちろんだとも。仲間はずれは良くない・・・・・・・・・・

「え、なんですか?」

『ふふふ。さて、行こう。ではまたな』


 来た時と同じように、去る時も突然だった。

 転移でもしたのかなってぐらい、一瞬だ。でもちゃんと飛んでるんだよな。ヒュンッて音でも出れば分かりやすいのに。


 あっという間に消え去ったリューを見送って数分。

 ぼんやりしてたら、チロロやアドと一緒に階段を上がってきたヴァロが、震えながら穴の空いた天井を指差した。


「あれ、なに」

「穴」

「ちげぇよ!!!!」

「ヴァロはすごいね。僕はまだ放心状態なのに」

「俺だって放心したいよ! でもお前がどうなってるか心配でよぉ!!」


 本当にヴァロは良い男だよね。マリーと上手くいけばいいのに。


「ええと、なんか、神鳥様が来てくれてパパッと倒してくれた」


 ニーチェの親だとは言えないから適当な話をする。

 ヴァロはアドの横で頭を抱えた。


「意味分かんねぇ」

「僕も」

「外の魔物も一斉に倒れたぞ。騎士たちが目を丸くしてる」

「なんか、この前も魔物が暴れてて通りがかったから倒してくれたんだよね」

「あの話か」

「信じてもらえそうになくて騎士団の報告書も曖昧だったみたい。今は僕も一般人じゃないから詳細に書くしかないよねぇ。どうしよ」

「どうしよって、お前、本当に軽いんだよ」


 ヴァロは大きな溜息を吐いてもう一度辺りを見回した。


「やべぇな。これの処理、どうすんだ?」

「……知らない」


 想像して顰め面になる。

 ヴァロは「ははっ」と他人事のように笑った。


「まあ、俺らが頼まれたのって魔物討伐だもんな。あとの始末は奴等がやればいい。あれ、待てよ。となると、この場合はどうなるんだ?」

「なにが?」

「依頼を受けたのに、神鳥様が倒しちまっただろ?」

「あ」

「途中まではカナリアも倒してただろうし、俺らも頑張ったけどよ」

「あー」


 頭を抱えて屈むと、ニーチェがちょろちょろ出てきて「み!」と鳴いた。


「なんて?」

「みみみみみみみ!!」

「は?」

「どうした、カナリア」

「ニーチェが『加護を与えたから来た』って言ってる」


 正確には「ちゅきなのにかご、ちゅけた! かごのちとたち、たちゅけたの」という感じだったのだけど。

 おそらくだけど「神鳥がお気に入りに加護を与えた、そのお気に入りが困っているので助けに来た」と言いたいのだろう。

 この場合はチロロだ。ニーチェはリューの子供だから除外する。バレたら困るし。


 その辺りを誤魔化しつつヴァロに説明すると、何故か凝視された。


「なぁ、それ、カナリアに加護が与えられたんじゃないのか?」

「え、それはないよ」

「なんで断言できるんだよ」

「だって、何かが変わったって感じないもん。普通。全く違和感なし」


 ヴァロは首を傾げ、チロロに目を向けた。


「チロロ、お前なんか変わったところあるのか」

「ちゅん?」

「強くなったとか、力がわくとか、体が大きくなった、神経が鋭くなった。なんでもいいんだよ」

「ちゅん~?」

「これなら俺にも分かるぞ。チロロは『特に変わったところはない』って言ってる」

「えっ」

「てことは、お前に『加護がない』とは断言できない」

「えぇ~」

「みみ、みみみみみ!」


 そこでニーチェが爆弾発言。

 なんと「にゃかまはじゅれ、だめ、みんないっちょ」と言ったのだ。


「もしかして本当に、僕も加護をもらったの?」

「み!」

「……ところで加護ってなんだろう」

「そこからかよ!!」


 いやだってほら。

 神鳥様の加護って聞いたことないぞ。変わった感じもしないし、ただの目印って可能性もあるな。

 僕がそう説明するとヴァロも「まあ、そこらへんは俺も分かんねぇけど」と自信なさげ。


「けど、加護をもらったってのはマジじゃねぇか」

「あー、ニーチェがそう言うのなら、そうかな」

「大体そいつも、なんだって騎鳥の言葉が分かるんだかな。どう見てもイタチだけど、もしかしたら新種の騎鳥か?」

「ええと、そんな感じ」


 ヴァロは白い目で僕を見て「聞かなかったことにする」と答えた。

 そして、こう続ける。


「とりあえず、契約は遂行されたことになるな」

「なんで?」

「神鳥様が魔物を倒した理由が『加護を与えた相手を助けるため』だったなら、問題ないだろ」


 つまり、僕(もしくはチロロ)がきっかけなのだから、契約違反ではないということだ。


「それで押し通そうぜ。実際のところ、間違ってないだろ」

「うん」

「相手が信じようが信じまいが関係ない。いっそ、神鳥様を呼んでみろよ」

「あ、それはダメ。前にチラッと聞いたんだけど、力が強すぎる存在は一つの場所にとどまれないんだってさ。土地に影響を与えすぎるかららしいよ」

「マジか。どんだけすごいんだ。いや、実際、俺もアドも動けなかったけどな。あんなに圧倒的な力は初めてだ」

「分かる。目の前にいるともっと震えるよ」

「震えるだけで済むカナリアがすごいわ。やっぱ、お前、加護もらってるって」


 それには答えず、僕はサクサクと口裏合わせを始めた。

 まあ、そんなことしなくても王子は何も言わなかったんだけどね。

 細かいところを突っ込む余裕がなかったみたいだ。それほど大量の魔物に襲われた件がショックだったんだろう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る