110 セルディオの砦内へ
命令はヴェルナ様が出した。
「セルディオの砦内に入り込んだ魔物の掃討戦をやる。セルディオ兵は我等の補助に付け。いいな?」
「はっ? な、何をっ」
立場が上らしい兵士が声を上げると、カイラさんが書類を彼に見せつけた。
「許可は出ている。今後についての件もだ。重症者はこちらで治療しよう。緩衝地帯に連れてきてくださいね」
目を皿のようにして書類を読んだ偉い兵士はガクッと肩を落とした。それから部下に「殿下の指示に従うように」という言い方で、アルニオの援助を受け入れたのだった。
砦の門を潜ると魔物の多くが大きな建物に集中していた。砦上の塔じゃない。そこから離れた場所にある建物だ。重要施設っぽい。
そこに何かがあるんだ。
とはいえ、魔物はあちこちに散らばっている。兵士を襲うためだ。僕らは上空を進みながら助けて回った。
途中で埒が明かないと悟ったシルニオ班長が「先に原因を探ろう」と言いだした。
「カナリア、あの建物に行けるかい?」
「はい!」
「応援に誰か――」
「俺が行く」
ヴァロが名乗りを上げた。
シルニオ班長は一瞬迷ったみたいだった。ヴァロが傭兵だからだ。でも決断した。
「兵士を助けるのは我々のような騎士がいいだろう。ヴァロ殿はカナリアの護衛という形で頼む」
「任せとけ」
ヴァロはアドの首筋を撫でて「もう少し頑張ってくれ」と声を掛けた。僕もチロロを撫でる。
飛びっぱなしだからね。いくら騎鳥といっても休まずに飛び続けるのは疲れる。
「あとでご褒美あげるからね」
「ちゅん!」
「クアッ」
僕とヴァロは顔を見合わせ、目で合図すると同時に急発進した。
砦内は幾つかのブロックに分かれている。大きな建物はその中央にあった。緩衝地帯からは砦の続きのようにしか見えなかったけれど、建物としては独立している。渡り廊下のようなものもなく、地面もむき出しのまま。砂埃が立っているのは魔物が走り回ったからだろう。
「こっちはアルニオよりも乾燥しているね」
「おう。低い建物はレンガ造りが多いな。石の採取量が少ないんだろうよ」
「砦と、中央にある建物だけが石造りなのか」
「頑丈にする必要があるってことだ」
頑丈だから魔物に壊された様子はない。ただ、石といっても表面の仕上げは雑だ。とっかかりがあるせいで登られている。そのせいで窓から魔物が入っているようだった。
ガラス窓は少なくて、ほとんどが木板の窓だ。当然のように破られている。
「あそこ、魔物がへばりついてないから入れるね」
「よし。俺が先に入る」
「垂直の壁にある窓だよ? 庇も露台もない。アドに乗ったままどうやって入るの」
「うっ」
「アドを蹴って飛ぶ? まだ練習してないし、アドとヴァロの体格じゃ無理だよ」
「……くそ。仕方ねぇ。カナリア、頼む。俺は援護に回る」
「うん」
ヴァロは無理だと悟ると、頭を切り替えた。僕のフォローに入るというから後を任せる。
チロロにも警戒飛行を頼む。
魔物の中にジャンプ系の飛行タイプがいると、今のヴァロたちじゃ難しい。同僚の騎士たちなんてもっと無理。
軽い指示だけでチロロは納得した。ただ、ニーチェが顔を出して何か言いたげ。
「一緒に行きたいの?」
「みっ!」
「分かった。ほら、シャツの中に入って」
「みみみ」
ニーチェを胸に入れて、僕はチロロの上に立った。曲芸飛行もなんのその。僕は屈伸してから飛んだ。
建物内部には魔物がうようよしていた。ただ、僕が入っても関心がないみたい。数匹程度しか襲ってこようとしなかった。それを躱して先に進む。
魔物たちの向かう場所にだ。
ちょっと、ううん、かなり嫌な予感がした。
もしかして、って思いながら魔物を踏みつけ、競うように走る。
建物はちょっとした城だ。かなり入り組んでいる。僕が迷わないのは魔物の向かう先へ進めばいいから。
そこで見付けてしまった。
大量の魔物の卵だった。
「あー、やっちゃったかぁ」
天族の里でも魔物の卵を使う。森の中で見付けたそれらをまとめて、更に奥地へと運ぶのだ。そうすることで魔物が奥に向かう。彼等は卵がどこにあるのか分かっているみたいだった。
中の子が呼ぶのかな。
人間には聞こえない音が聞こえる彼等だ。もしかしたら呼び合っているのかもしれない。
その音を使って、セルディオの奴等は魔物を呼び寄せた。だとしても、あまりに多かった。こんなに集まるものかな、って。
おかしいと思ったんだよ。奴等、魔物の卵を使ったんだ。
バカなのは自分たちの陣地に運んだことかな。どうかしてる。
「捕虜にされた天族が里の秘密を話したのかな」
「みぃ」
「これが命懸けの行為だって知ってたはずなのに」
魔物は人間とは相容れない存在だ。
人間を餌としか見ていないのだから、襲ってきたら殺すしかない。
だからって、襲ってこない命をこんな風に使うのはおかしいって思う。
「……まさか、復讐だった? わざとセルディオを襲わせようとしたとか?」
本当のところは分からない。
僕は首を振った。とにかく、卵をなんとかしないといけない。
とはいえ、大広間の中には大量の卵と、それを覆うように蠢く魔物がいる。
ここまできたら卵を運んで森には戻せない。
もう倒すしかないって分かってる。
分かっているのに、僕はなんとかならないかと考えてしまった。
「戦争の道具にするなんてどうかしてる」
セルディオの奴等は、自分が何に手を出したのか分かっていないんだ。
すると、ニーチェが胸元から顔を出した。
「みみみ」
「慰めてくれてるの?」
「みっ」
「ありがと」
落ち込んでばかりもいられない。
僕はニーチェを撫でながら、魔物に襲われないよう魔物の上を飛び回っていたけれど、一旦天井にあるシャンデリアに飛びついて腰を落ち着けた。
「こうなってくると建物ごと壊そうか。どうせセルディオの建物だし。魔物を倒すにあたって何をしてもいいと言質は取ってあるんだ。うん、そうしよう。……あ、待てよ。人が残っているかもしれないんだっけ。探すの大変だな、どうしよ」
「みみみ、みみみみみみ!!」
「え、なんて?」
「みみっ」
「待って、親を呼ぶって言った?」
「みみ!」
「いや、そんな気軽に。えっ、嘘、冗談だよね?」
「みみーっ!!!!」
ニーチェは自分の親である
そんな簡単に呼べたらおまわりさん要らない。
違った。
そうじゃなくてさ。そんな気軽に呼んでいいものなの? そもそも気軽に来られるものかな?
僕が混乱しているというのに、ニーチェは元気よく鳴いた。
言葉じゃなくて感情めいた鳴き声だった。
なんとなく分かる。
これ、親を呼ぶ子の鳴き声だ。
僕はしばし目を瞑り、冷静になろうと努めた。
神鳥様を呼び出すのと、僕が父さんを呼び出すのなら断然後者の方がマシ。
腕輪型収納庫から伝声器を取り出して「お願い父さん」と言えばすぐだ。あの人のバカみたいな魔力があれば転移なんて簡単だからね。
そう、神鳥様よりよほど早く――。
『おや、ニーチェに呼ばれたと思ったのだが』
来ちゃった!
ぶわわっと感じる濃厚な気配。僕はこれを知っている。
『どこかな。ああ、この建物の中にいるのか。カナリアもいるね。さて、顔を見せてもらおうか』
出ます。出ますからぁー!!
って返事をする間もなく、カパッて感じで天井が空いた。
「うわぁー、めっちゃギリギリ、シャンデリアごと持ってかれるかと思った!」
焦った。
神鳥様ときたら建物の上部を抉るように切り取るんだから!
壊れる音だとか軋む音なんてない。まるでプリンをスプーンで食べるみたいな動きに、僕の心臓はバクバクしたままだった。
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