109 束の間の休息と
数時間後、ようやく終わりが見えてきた。小さな魔物はいるけれど、それはもう森に戻ってる。疲れたのかな。帰るならどうぞ。追いかけるほどの元気は僕にもない。
ヴァロやミルヴァ姉さんもだ。二人とも地面に座り込んでいる。近くに魔物の遺骸があっても平気らしい。
シルニオ班長は疲れた様子ながら、なんとか立っていた。相棒の騎鳥に寄りかかっていたけどね。
「皆、無事か? ああ、カナリアはよくやった。君が減らしてくれたから、これで済んだんだ」
「父さんの魔道具があったからです」
「では、君の父上にも感謝しなくては」
僕は笑って、頭を振った。父さんに言うと調子に乗っちゃうからね。あ、そういやそろそろ定期連絡しないとなー。
マヌおじさんと今度はしっかり森遊びをするんだーって話したら、ものすごく悔しがっていたからね。早めにケアしないと勝手にやってきそう。
そしたら父親参観されるに決まってる。
僕は脳裏に、友人の顔が浮かんだ。サムエルが働くホテルに母親が仕事にかこつけて覗きに来たのだ。しかもダメだしまでされてた。
ブルッと震える。
「どうしたよ、カナリア。疲れたのか? お前ずっと動き回っていたもんな。ちゃんと休めよ」
「ううん、大丈夫。ヴァロこそ平気?」
「おう。まあ、さすがに疲れたわな。とはいえ、あっちも気になる。行くか」
立ち上がり、ミルヴァ姉さんの手を取って立たせる。
「平気でしょ。何かあればシニッカが連絡してくるだろうしね」
「あー、まあな。そっちの副班長さんも仕事ができるよな」
傭兵二人の言葉に、シルニオ班長が苦笑い。
「クラウスを褒めてくれてありがとう。確かに救援信号は上がっていないから、上手くやったと思うよ」
とはいえ捕虜もいる。あ、王女様もね。シルニオ班長は疲れた顔で笑い、様子を見てくると言って歩き出した。
「あ、僕はここで待機します。セルディオから戻ってくる魔物がいないか見張っておかないと」
「じゃあ俺も残るわ」
「あたしは女性陣が気になるから戻るよ」
「はーい」
「カナリア、悪いね。あとを頼む」
「了解でーす、シルニオ班長」
気楽に答えると、僕はその場にテーブルと椅子を取り出した。
「ヴァロ、休憩しよ」
「おう。相変わらず緊張感ねぇな。だがまあ、助かるわ。なんか食いもんくれ。水もだ」
「お酒って言わないだけ偉いよね」
「ここで酒が飲める奴、いるか?」
僕らは笑いながらチロロとニーチェ、アドにも水を出した。その後で人間も栄養補給。
束の間の休息だった。
セルディオ側の扉は開いたままだから当然だけど魔物は出てくる。見つけ次第、ヴァロと交代で倒す。
砦の向こうから大騒ぎする声や物音が聞こえるものの、僕らにはどうしようもない。
足を踏み入れたら領土侵犯だもんね。
たまに壁を乗り越えて戻る魔物もいた。でも何故かまたセルディオ側に行く。緩衝地帯に広がる魔物の死骸に、さすがの奴等も「ヤバい」って思うのかな。
しばらくするとニコがやってきた。
「なんで、前線側のカナリアたちが一番リラックスしてんの?」
「だって魔物いないし」
「死骸いっぱいじゃん。そんな中でよくお茶を飲めるな」
「さっきは食事もしてたよ。ニコは食べた?」
「もらったパンなら最初に食べた。無理にでも食べないとダメだってサヴェラ副班長に言われてさ」
「うんうん」
じゃあ数時間、何も口にしてないってことか。
僕はニコのために野菜を練り込んだパンを取り出した。スープも出すよ。
「えぇ、ここで食うのか?」
「文句言うなよ。お前も騎士なら、どこででも食べられるようにしとけっての」
「あー、はい。いただきます。カナリア、ありがとな」
「うん。ヴァロはハーブティー飲む?」
「おう」
僕の趣味に付き合ううち、ヴァロもハーブティーの美味しさを知った。「鈴蘭の燈」にも一緒に行く。夜はバーになるからね。行くのは夜の方が多い。
それでも今までは裏通りの汚れたような居酒屋しか入ったことのないヴァロが、オシャレな雰囲気のバーにも通うようになったんだからすごい。
昼間は喫茶店、夜がバーっていうお店だと肩肘張らない感じが良いんだよ。女の子を誘うのにもちょうどいい。
最近ちょっぴり花屋のマリーとお話ができるようになったみたいで、ヴァロはデートコースをリサーチしてるのだ。
「ていうか、セルディオ側が煩くて落ち着いて飲めないんだけど」
「お前、繊細だなぁ。それで騎士としてやっていけるのか? うちに来るか。皆で教育してやるぞ」
「や、いいです」
「なんでだよ。お前も傭兵なんてろくでもないと思ってんのか」
「えぇ、まさか。今回もすげぇ活躍してくれたし、おかげで俺も助かったとこあるし」
ニコの本音の褒め言葉を聞いて、ヴァロはニヤニヤしだした。あーあ。
「はいはい。後輩を作ろうとするの止めてね。ニコはまだ新人なんだから」
「なんでカナリアが先輩ぶってんだよ。お前の方が新人だろうが」
「ヴァロが勧誘するからじゃん」
「騎士団が最初にカナリアを奪ったんだぞ?」
「奪われてないし。今も傭兵ギルドに所属してるのにさ~」
三人でくだらない話をしていると、セルディオの方で動きがあった。
今まで以上にギャーとかワーって声が聞こえる。
少しして、血塗れの兵士たちが門を抜けてきた。魔物も引き連れてる。
「えぇぇ」
「奴等、こっちになすりつける気か?」
「嘘だろ、マジかよ」
全員が椅子から立ち上がって臨戦態勢に入った。休憩していたチロロたち騎鳥組も顔を上げる。
「た、助けてくれ……」
「頼む」
「無理だ」
あ、これ、もう本当にダメな感じだ。
とはいえ勝手に手出しはできないんだよな。
僕たちが顔を見合わせているとシルニオ班長が出てきた。騒ぎが聞こえたせいか、もしくは指示を終えたからかな。
「どうしたんだ、カナリア」
走ってきたシルニオ班長に、息も絶え絶えに告げた敵兵の言葉を報告する。ついてきた魔物はヴァロが始末したところだ。ニコも油断なく構えている。
シルニオ班長は渋い顔のまま、倒れ込んだ敵兵に話しかけた。
「我々が勝手に動くわけにはいかない。そちらの指揮者は第一王子のはず。指示を待たれよ」
「殿下は傷を負って動けません……」
「ならば、なおさら許可を出してもらわねばなるまい」
「い、いただいて参ります、ですから」
「話はそのあとだ」
きっぱりと答え、兵士たちをセルディオ側に押し込んだ。
しばらくして兵士たちが戻ってきた。ていうか数が増えてる。王子がいるからだね。なんか、板に乗せられてた。怪我を負ったのかな。それを運ぶ兵士たちも傷だらけだ。
仕方ないので応急処置だけするかー。
ちゃんとしたポーションを使わないのは、これまでの態度が悪いからです。
で、助けてほしいならそれなりの対価――謝罪も含むし金銭――を払えっていう話をしようとしたら、うちの王女様がホラ。安全になったと分かった途端に出てくるよね。
怖い顔の女性騎士も一緒。今回は睨まれなかった。王女様だけを見てる。あ、一瞬だけ魔物の死骸を見て動揺した。分かる。魔物の山は初めて見ると驚くよね。
慌てて後を追うのは別の班の騎士たちだ。カイラさんも小走りでやってきた。
「今回の件は、そちらの自業自得だ」
「……」
「理解しているのなら、今後についてまとめた書類がある。署名を」
「……うぅ」
相手が呻いていようと全く気にしないのが、うちの王女様です。
平然としてて格好良い。カイラさんはといえば顔色が若干悪い。
「応急処置はしたのだろう? 話せないほど怪我を負っているのか?」
とは、隣に立つ僕への問いみたい。僕はふるふる首を横に振った。
そもそも僕が治療するの、おかしくない? セルディオの治療班は何をしてるんだ。全く。
「オーガスト殿下。いたずらに時間を掛けても被害が増えるだけだ。決断を」
「み、せ……ろ……」
呻いたまま受け取った書類をサッと読み、王子はものすごく不満そうに「ペンをもて」と近くの兵士に声を掛けた。
皆が見守る中、王子が時間を掛けてサインする。ハラハラしてるの、セルディオの兵士ばっかりなんだよな。早くしろって顔もあった。何度も砦を振り返ってるし、よほど魔物が怖かったみたいだ。
そして、サインをきっちり確認したあと、ヴェルナ様とカイラさんがアイコンタクトで頷いた。
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