015 町に入ってからの脱力と力説




 捕縛した盗賊は別の一班が運ぶそう。彼等は騎獣に乗っているからね。盗賊を連れていくなら飛ばない騎獣の方がいい。引きずるのか歩かせるのかは分からないけれど。

 ニコは騎士の一人とアウェスに相乗り。

 盗まれて怪我を負った騎鳥は、騎獣乗りの騎士が面倒を見てくれるって。

 この子とはもう会えないかもしれない。「もうちょっとで帰れるからね」と最後に撫でる。

 別れに気付いた騎鳥が「きゅぅ」と鳴く。


「よしよし。お前はきっと強くなるよ。危機を乗り越えたんだ、頑張れ~」


 騎鳥は甘える仕草で僕の体に頭を擦りつけた。

 嫉妬したのか、チロロが反対側にぺたりと張り付く。威嚇はしないよ。そこまで狭量じゃない。……もしくは、ニーチェの前で大人ぶりたいのかも。

 どっちにしたってチロロは可愛いのだ。




 町に着いたのは朝方だった。最短ルートを選んでもそれ。遅いけど、文句は言わない。

 野営しないのかと思って途中で聞いたら目を剥かれて驚かれたからなー。

 これ以上、何も言えない。


「宿は丸ごと借りています。騎士が泊まれる宿が一軒しかなく、フルメ班もいますが――」

「サヴェラ副班長さん、僕なら町の外でテントを張って寝ますよ?」


 むしろそうしたい。厄介な相手と一緒の宿とか嫌すぎる。

 あと、純粋に「初めてのホテル」は良いところがいい。

 せっかく我慢してきたんだしさ。

 心の内を隠して笑顔で答えると、サヴェラ副班長は目を瞑った。眉間に皺が寄ってる。何かいっぱい考えているんだろうなー。

 中間管理職お疲れ様です。


「別の宿を用意しましょう」

「……えーと、僕、今までの旅で学んだことがありまして」


 唐突な語りにサヴェラ副班長が怪訝そう。相乗りから解放されたニコもやってきて「ほぇ?」と変な声だ。シルニオ班長は、質実剛健っぽい宿の前で立ち止まったままの僕らを不審に思い、戻ってきた。


「これまで通ってきた町の宿は大体が『狭い・汚い・煩い』のセットでした。競合相手がいないからでしょう」

「ああ、それは確かに」

「実はもっと辺境の町では空き家しかなくて、知らない旅人とごろ寝です」

「えっ、マジで?」

「ニコ、黙ってなさい」

「はいぃ!」

「僕は可愛いものが好きなんです」

「話題、飛びすぎじゃね?」

「ニコ?」

「サヴェラ副班長、顔が怖いっす」

「実はですね、僕が王都を目指して旅をしているのは可愛いものに囲まれたいからです。可愛くなくても地方地方で家の造りは違うから、泊まってみれば旅の醍醐味で楽しいのだろうと思います。でもせめて『清潔であれ!』と言いたい。つまり、テント泊の方がよほど過ごしやすいというわけなんです」

「なるほど。よく分かりました。我々の願いに応じて町へ来たものの、泊まりたいと思えるような宿がないというわけですね」

「はい!」


 笑顔で答えると、シルニオ班長が苦笑いだ。サヴェラ副班長に向かって「クラウスと似たようなことを言っているね」と言う。


「わたしは可愛い宿を求めていたのではありません」

「汚いと文句を言っていたじゃないか」

「宿の掃除の仕方について苦言を呈したに過ぎません」


 シルニオ班長は肩を竦め、今度は僕に向いた。


「すまない。君の希望に合う宿を提供できないようだ。しかし、町の外でのテント泊は町長が許可しないだろう」

「危険だと思っているからですね。魔物を呼び込むんじゃないかという不安も理解できます。でも大丈夫、僕がテントを設置するのは少し先にある森の傍です。さすがに徹夜したまま聴取は受けられないので昼寝してから、夕方に戻ってきます」


 有無を言わせぬ早口で告げると、僕はチロロを連れて町を出ようとした。ところを、慌ててニコが止めに入る。ええい、離すのだ。


「いや、危ないだろ。移動だけならまだしも、テント泊ってヤバいじゃん」

「辺境からずっとテント泊だよ」

「マジかよ。お前、女の子だろ、無茶すんなよ」

「そういや一回スルーしちゃってたけど、僕は男だぞ?」

「……えっ?」


 僕は腰に手を当て、ニコだけじゃなくて他の騎士を見回した。

 サヴェラ副班長以外が驚いている。

 それを見たシルニオ班長がサヴェラ副班長を凝視した。


「クラウス、君は知っていたのかい?」

「ええ。だって『彼』、一人称が『僕』でしたよ」


 その理由を聞いて、ニコが声を張り上げた。


「いや、僕っだと思うじゃないっすか! こんな可愛いんすよ?」

「君の性癖を一般的だと思わないでください」

「せっ、いや、俺は違うでしょ。カナリアがおかしいんですって。そう、カナリアって名前も!」

「僕の名前にケチ付けるの? 両親が付けてくれた名前なんだけど?」

「うぇっ、あー、ごめん。そうじゃなくて、名前からして可愛いし」

「うん。可愛いものが好きだから嬉しい」


 にっこり笑えば、ニコはガクッと項垂れた。


「男の子か、マジかよ~」

「ニコ、事件関係者に変な気を起こさないよう、学校で教わったのではありませんか? もう一度やり直しますか?」

「うへぇ」

「カナリアさんは協力者になりますが、だとしてもまだ聴取を済ませていない事件関係者です」

「分かってますって! そういうのじゃなくて、ただ可愛いなと思っただけですよぉ。サヴェラ副班長だって可愛い子を見たら和むでしょ。あれと同じっすよ」

「わたしは綺麗な女性が好みですので」


 ニコが声にならない声で頭を抱えた。

 分かる。サヴェラ副班長、なんか結構ヤバい人だよね。絶対Sっ気あると思う。怖いから言わないけど。


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