053 名前を付けるも忙しない
神鳥様は龍タイプなんだけど、この世界の人間的には「鳥」になる。
なのに、僕が付けた愛称はリュー。
本人(鳥)がそれでいいって言うからいいんだろう。もう知らない。
人間も人間だぞ。大体、空を飛べる生き物に「鳥」って付けるの安易すぎないか。天族に「天」って付けたのも他の人間たちだし。
空を飛べる生き物へのリスペクトが重すぎる。
「考えるのやめよ」
『どうした、カナリア』
「難しい話は置いといてですね」
『ふむ』
「この子たちがお礼を言いたいそうです」
チロロがファルケに寄り添いながら、前に押し出す。
ファルケはその場にひれ伏した。
騎鳥も神鳥へのリスペクトが重い……。
「キャキャーッ」
「ちゅんちゅん」
『礼など要らんよ。わたしの魔力はどうも漏れやすい。お前たちの怪我や病気を治したのはただの偶然だ』
「それでも助かったんです。ありがとうございます。僕の傷も治りました」
擦り傷だったけど、森の中を縦横無尽に走り回って飛び続けたのだ。僕もチロロも軽傷を負っていた。ファルケは言わずもがな。動けないほど弱っていたのに、すっかり良くなっている。落ちた体力までは戻っていないようだけれど、大丈夫。チロロが寄り添ってでも自力で歩けたのだ。
不思議なのは魔物に癒やしの力が流れないこと。
たぶんだけど、悪しき存在に神鳥の善なる力は効かないのだろう。盗賊たちも僕の魔法で拘束されたままだ。物理的な縄でも縛っているけれど、魔法の拘束がなければ暴れて煩かっただろうと思うから助かった。
そうか、でもだから「神鳥」と呼ばれるのかもしれない。
人間がリューに「神」と名付けたくなるのも分かる気がした。
確かに神々しい気配は感じるし、圧もある。ただ、それは魔力の多さのせいだろうと思うんだ。誰だって自分より強い奴が目の前にいたら震えるじゃん。そう、リューは強いんだよ。
今まで出会った生き物の中でも桁違いだ。
父さんよりも、だよ。
とてもじゃないけど敵う相手じゃない。
リューが敵じゃなくて良かった。
なんて考えている間に、チロロとファルケはお礼を言えてホッとしたようだ。
リューも気さくだし、安心したんだろうな、ファルケはその場に蹲った。
『ふむ。あまり長居しない方が良いか』
「え、どういうことですか」
もうすぐシルニオ班長たちが着くはず。彼等がリューを見たらお祭り騒ぎになるよ。本物のお祭りももうすぐあるし、絶対に喜ぶと思うんだけど。
リューの様子からも人間が嫌いってことはない。
僕とこうして話してくれるぐらいだ。
だから、不思議に思って首を傾げた。
『良い力でも強すぎると毒になる。陽の光ばかりでは生き物も萎れるだろう?』
植物が育つには雨も必要だ。
鬱陶しいな、困るなと思っていても、雨はやがて飲み水になる。人間にだって必要なものだ。
『わたしは一つところに留まれない。だから常に世界を巡っているのだ』
神鳥の恵みは一つの場所に集中させてはいけない。
世界を巡ることで恵みが分散される。
神鳥は風ももたらす。
風は淀みを吹き飛ばす力だ。空を飛ぶのにも必要な要素である。
神と名付けられた空を飛ぶ生き物は、風と共に「強い力」を運んでくる。
『わたしは魔物を排除できるが、人間にとっては獲物でもあるだろう? そこそこに間引くぐらいでちょうどいいと、以前教わったのだよ』
「はい。さっきみたいに集まりすぎたら困るけれど、良い素材になるので適度に狩れるのは有り難いです」
でもそっか。シルニオ班長たちはリューの姿を見ることができないんだ。
それだけじゃない。
僕は足元でチョロチョロと動くニーチェを見下ろした。
「ニーチェともお別れなんだね……」
そう言えば、初めて出会った時も空気が変だった。リューとニーチェが森の上にいたんだろうな。だからあの時も風の動きが妙だった。
ニーチェは自力で飛べないからリューの上にいたのかな。そして落っこちたのかもしれない。
あれ?
でもさ、普通、我が子がいなくなったら慌てない?
いや、捜したのかもしれないけどさ。
その割には再会後の会話がのんびりしすぎてる。
神鳥ってこんな感じなの?
分からない、分からないぞ。常識ってなんだろう。
僕が内心でぐるぐるしていると、ニーチェがよじ登ってきた。
「みっ」
「はい?」
「み、み!」
「待って、どういう意味?」
ニーチェは「いっちょ」と言った。お別れって何と、聞いてくる。
「だって、リューと、親と会えたんだよね? まだ子供のニーチェは親についていくものじゃないの? そもそも、はぐれたんだよね。あんな森の中でどうしてって思うけどさ」
「み!」
「そんな元気いっぱいに『おちた』って言われても……」
『末っ子は小さいし軽すぎてな。落ちてもしばらく気付かなかったのだよ。ははは』
「えぇ、そこ笑うところ?」
『少し早い独り立ちと思えばいい』
「えっ、じゃあ、連れて行かないの?」
『末っ子もわたしと行く気はないようだ』
「み!」
『ほらね。十五番目にして初の、幼体で独り立ちだ。頑張りなさい』
「み~」
「いや、軽いな。そんな感じでいいの? 僕の父さんなんて、独り立ちを許してくれるまでにすごく時間がかかったのに!」
『人間は過保護のようだからねぇ』
「神鳥がサラッとしすぎなのでは……」
リューはまた笑った。その振動で風が激しく動くのに、僕の体は揺らがない。不思議な風だ。
僕の背中の小さな羽が嬉しそう。いつもは肩甲骨に寄り添う形で仕舞われているのに、勝手にピコピコ動いてる。
なんだよもう。飛びたいの?
羽のせいで僕の気持ちまでソワソワしちゃう。
それを誤魔化すように、僕はリューに言質を取る。
「じゃあ、ニーチェと離れなくてもいいのかな。僕はこれからもニーチェと一緒に暮らしてもいい?」
「みっ!」
『末っ子も、いや、ニーチェもそう望んでいる。カナリア、わたしの十五番目の子ニーチェをよろしく頼む』
「あ、はい。大事にします。チロロもニーチェも僕の家族だから」
『ふふ、そうかい。この子はまだ幼体だけれど、成体になれば人を乗せられるようになるだろう。ああ、そうだ。わたしほど力を使えるようになるのは遙か先になる。カナリアの生きている間は一緒にいても問題はないよ』
「あ、はい」
ちょっと安心した。だって、ニーチェもすぐにリューのような強大な存在になるのかと思ってさ。そうしたら離れるしかなくなる。それは寂しいもん。
でも、まだまだニーチェが「神鳥」になるのは先のよう。それこそ僕が生きている間は神鳥とは呼べないようだ。
『カナリア、またいずれ会おう。お前の風の扱い方は見ていて心地良い。今回もそれに惹かれて飛んできたのだよ』
「え」
『天族の子よ、あの山で修行を積んだのかな。昔は多くの天族が風を学ぶために励んでいたものだ。わたしもよく覗きに行った。乗せてあげたこともあるのだよ。カナリアはまだまだ修行が足りないけれど、ニーチェの養親でもある。次は乗せてあげてよう。ではな』
「みみっ!」
「え、ちょ、待っ――」
リューは、ふわっと浮かんだかと思うと一瞬で消えるように飛んでいった。僕はただただ呆然と見送るしかない。
すぐ我に返って気付く。
ニーチェ、そんな軽い感じのお別れでいいの?
なんだよ「にーちぇものる」って。僕と「一緒に乗るが良い」って感じの声だった。
んもう。今度は落ちないようにね!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます