2話 勘違いしてはならぬ

 魔王様より、出向の話をいただき翌日。


 ダンジョン公社の来客室で俺は面接を受けていた。

 大きな会社のわりには社屋は機能性重視で質素なものだ。


「いやー、ホモグラフトさんの履歴書を拝見しましたが素晴らしいですね。魔王陛下よりの推薦もありますし、是非ともウチに来ていただきたい人材です」


 俺の前にいるヒョロリと背の高い初老の人物は、なんと社長である。

 笹の葉のような耳の形からするとエルフのようだ。

 丸い眼鏡とちょびヒゲがなんとも似合っている。


「光栄です。しかし、私はダンジョン事業を理解しておりません。武官としても現場一辺倒の武骨者ですし、内務経験はありません。ご期待に応えられるものかどうか……」


 実は、魔王様の勧めに従い公社へ来たものの、俺は迷っていた。

 なにせダンジョン事業は未知の世界だ。

 16才から現場一筋の俺には不安が大きい。


(とりあえず話を聞きに来たのはいいが……社長自らの面接とはな)


 しかも、魔王様の推薦が利いたのか合格らしい。

 こうも話が早いと逆に心配になるのが人情だろう。


「冒険者を呼び込むダンジョン経営は危機管理が重要です。あなたのキャリアは我々には頼もしいものですよ。陛下からも『経験を重ね、本人の希望があれば魔王軍に戻して欲しい』とあります。魔王軍期待の人材ですな」


 エルフ社長はニコニコと俺を褒める。

 さすがに40絡みで期待の人材とは照れ臭いが、悪い気はしない。


(魔王様もずいぶんと盛った推薦をしてくれたようだな。ありがたいことだ)


 四天王かんりしょくへ昇進できなかったことへの穴埋めだろうか。


 確かに残念ではあるが、こうして次のキャリアへ推薦してくれたのだ。

 魔王様へは感謝すれども恨みはない。


(経験を積んで、か。俺が上に行けなかったのは片寄った軍歴にも原因があるのだろうか)


 俺は自分の経験には誇りと自信がある。

 だが、魔王様は俺に足りないものに気づいていたのかもしれない。


 そう考えれば、今回の話は俺が成長するのに必要なステップなのだろう。

 俺は内心で『やるぞ!』と自らを励まし、迷いを断ち切った。


 まだまだ老け込む年ではない。

 祖国である魔王領のためにまだまだやれることはあるはずだ。


「お世話になります。よろしくお願いします」


 俺が頭を下げると、エルフ社長は俺に右手を差し出した。


「ようこそ、ダンジョン公社へ。エルドレッド・ホモグラフトさん、我々はあなたを歓迎します」


 俺とエルフ社長はガッチリと握手をする。

 この時より、俺のセカンドキャリアは始まったのだ。



「さて、新たなダンジョンに関してですが、一切をホモグラフトさんにお任せします」


 エルフ社長はハンドベルを鳴らし「入りなさい」とドアに声をかける。

 すると「失礼します」と応じる声があり、待機していたであろう女性が入室してきた。


「彼女があなたの補佐役、レタンクール女史です」

「リリアンヌ・レタンクールです。よろしくお願いします」


 明るい茶色の髪をワンサイドにまとめた美しい女性だ。

 少し小柄だが特に胸元にふくよかな印象があり、ふんわりとして優しげな女性らしさを感じさせる。


「はじめまして、レタンクールさん。今日からこちらにお世話になるエルドレッド・ホモグラフトです」


 俺たちは互いに名乗り合い、握手を交わす。

 ゴツゴツとした俺の手とは違い、彼女のふわっとした絹のような手のひらに驚いた。


 彼女は肉体労働をする身分の出身ではないらしい。

 レタンクールという名字も聞き覚えがあるし、名家のご令嬢かもしれない。


「私の名字、レタンクールは呼びづらいでしょう?リリーとお呼びください」

「ありがとう。こちらもエドで頼む」


 女性と愛称で呼び合うなど、いつ以来だろうか。

 ついクラッと来てしまう。


(これはイカン。気を引き締めねば)


 俺に限らず、もてない男は女性からわずかな好意を感じると『俺のこと好きなんじゃねーの?』と勘違いする憐れな生き物なのだ。


 魔王軍はコンプライアンス遵守の組織である。

 勘違いして部下へのセクハラなどあってはならない。


(……勘違いしたオッサンの末路はよく知っているからな)


 実は、俺の同僚が部下から好かれていると思い込み、行動に出たことでセクハラで訴えられたことがある。

 彼の名誉のため詳細は避けるが、厳しく罰せられたことは言うまでもない。


「それではレタンクールさん、よろしくお願いします。ホモグラフトさん、期待してますよ」


 エルフ社長は俺たちに言葉をかけ、部屋を出る。


「えーと……リリーさん――」

「あ、リリーでお願いします。部下ですし」


 彼女……リリーは俺の言葉に被せるように訂正した。


「よろしく、リリー」

「はい、よろしくお願いします。エド」


 彼女は愛称で呼ばれるのが嬉しいのか、ニコリと微笑んだ。


 そして、俺は改めてコンプライアンス遵守を心に誓うのだった。


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