101話 相談があるなら聞くぞ

 朝、新しい1日が始まる。

 あたりまえのことではあるが、今日の俺には少々憂鬱なことだ。


 休日なのである。


 なんとなく自宅謹慎を続けている状況、さらに職場が自宅。

 これだけでも微妙なのだが、今はさらに婚約者のリリーまでいるのだ。


 いや、リリーと休みを合わせて遊びに行くとかならいい。

 魔王様も最近はお姿を見せたようだし、俺の自主謹慎ももはやあってないようなものだ。

 婚約者であるリリーと出かけるなら俺の謹慎など、今食べてるオニオンスライス1枚ほどの価値もない。


 しかし、リリーは姉君とショッピングの約束があるらしく、休みを別に入れているのだ。

 嫌われるようなことはしていないと思っているが、こうもタイミングが合わないと避けられてないか心配になってくる。


 俺も婚約者とテーマパークでお揃いのネズミ耳がついた帽子をかぶってイチャイチャしてみたい。


「あの、何か変でしたか?」

「ん? ああ、いやなんでもないんだ。少し考えごとをしてたみたいだ。美味しいよ」


 どうやら悩みが顔にでていたようでアンに心配されてしまった。

 せっかく朝食を作ってくれる彼女に失礼なので、食事に集中したい。


 朝食はトースト、ゆで卵、サラダ、ミネストローネだ。

 わりと定番化してきた朝のメニューではあるが、これに慣れてしまってはダメだ。

 アンのようなかわいい娘さんに朝食を作ってもらう幸運を『あたりまえ』だと考えたら俺の人生、何かが終わりそうな気がして怖い。


 これは『いつ無くなってもおかしくない身に余る幸運』なのだ。

 一回一回を感謝していただかねばならない。


「……うまいな。トーストがもちっとしてるというか、パンが違うのかな?」


 これはお世辞ではなく、なんだか食感がフワッというか、もちっというか、なんとも説明し難いが美味しいのだ。


「パンは変わってないです。でも切れ目を工夫したんです」

「切れ目? ふむ、食べてしまったから分からんな」


 俺が空の皿を示すと、アンが嬉しそうに歯を見せて「嬉しいです」とニコニコと笑う。

 だが、いつまでも食べている俺にくっついているのは珍しい。

 いつもの彼女はサッと出したらコーヒーを淹れてくれたり、他の作業にとりかかるのだ。


(おや、そう言えばなにかソワソワしてるな?)


 気をつけて観察してみれば少し落ち着きがないようだ。

 まさかトイレを我慢してるわけではないだろうし、なにか言いづらいことでもあるのかもしれない。


「どうした? なにか相談があるなら聞くぞ」

「はわっ、なな、なんで分かっちゃったんですか!? エドさんはスゴいですっ」


 なかなか分かりやすい反応の娘さんである。

 しかし、相談ごとは内容が肝心だ。

 まさかとは思うが『退職したい』とか言われたら、慰留もせねばなるまい。


 当のアンは「あのう」「そのですね」などとモジモジしている。

 かわいらしいとは思うが、これでは話が進まない。


「このタイミングということは、皆には聞かれたくないのかな?」


 この一言でアンの頬は紅を差したように真っ赤に染まった。

 いかにも図星らしくアワアワとうろたえている。


「あのっ、相談ってこの前のことなんですっ」


 アンは意を決したようだが、俺には『この前のこと』に心当たりがない。

 それを重ねて尋ねるとアンの顔がさらに赤くなった。


「ああの、その、村で斧戦士さんにその、す、す、好きだって言われたやつです」

「ああ、うん。あったな」


 これは時間がかかりそうだが、モタモタしては皆が出勤してしまう。

 心を鬼にして「皆が来てしまうぞ」と伝えると、アンは「はう」と不思議な声を出した。


「言いづらければ、またの機会にするか?」

「だめですっ、今じゃないともう言えなさそうですっ」


 なにやら彼女なりの決意があるらしいが、顔が赤いだけじゃなく尻尾までふくらんできたようだ。

 ちょっと触ってみたい。


「あの時っ、その……びっくりしちゃって、ちゃんとお話もできなくて、つい断っちゃったんです。でも良くなかったなって、斧戦士さんは真剣だったのに」

「うん、たしかに秒で断ってたな」


 アンは俺の言葉に「はうっ」とうなだれてしまう。

 なんというか、あざとさがないのは若さゆえであろうか。


「ふむ、俺に色恋の指南はできないが……アンが申し訳ないと思っていて、また話してもいいと言うのならば手紙などで伝えてはどうかな? アンが直接会うのは気まずいだろうが手紙の配達くらいはしてやろう」

「手紙ですか? 書いたことないです」


 この言葉には驚いたが、よく考えたらアンはメーラーが当たり前の時代に育った若者なのだ。

 年齢も若く、形式ばった礼状などは未経験でもおかしくはない。


 そしてもう一方の斧戦士がメーラーのような魔道具を持っている可能性は低いだろう。

 不慣れでも手紙くらいしか俺には思いつかない。


「どんなことを書いたらいいですか?」

「それは俺に聞くのではなく、自分の言葉で書かなきゃな。時候の挨拶とかは気にせず、普段通りの言葉でいいんじゃないか。すまなかったと思うのなら、その気持ちを素直に伝えればいいさ」


 こう言っちゃなんだが、斧戦士もインテリにはほど遠いタイプだ。

 堅苦しい内容よりもアンの口語のほうが喜ぶに違いない。


「今日は休みだし、配達してやろうか?」

「さすがにすぐにはムリですっ。でも、ありがとうございます。私、お手紙書いてみます」


 アンに「気楽にな」と伝えると、ちょうど部屋の外から「おはようございまっす!」と元気な声が聞こえた。

 タックが出勤してきたようだ。


「あーっ、朝からアンちゃんを寝室に連れ込んでナニやってんすか!? ただれた関係っすか!?」

「あはっ、ちがいます。エドさんにちょっと仕事の相談したんです」


 タックの言葉をアンがサラリとかわす。

 こう言うのを見ると『女子ってこわいなあ』って感じるのは俺だけだろうか。


 その後、俺の休日は本屋に行ったり、公園で買った小説をダラダラ読んだりして時間をつぶした。


 ハーレムもののコミックだとバッタリ79号ダンジョンマスターと会っていい感じになったりするんだろうが、まあそんなことはあり得ないだろう。


 あと、少し未来の話にはなるがアンの手紙は斧戦士に届き、字が読めない彼を深い絶望に追いやることになったらしい。

 文盲が多い人間の国で、さらに荒くれぞろいの冒険者――識字率は俺か考えるよりはるかに低かったようだ(紙も工業的に量産されていないらしい)。


 ま、斧戦士も字を習い始めたみたいだし、結果オーライじゃないのかね。

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