102話 冒険者サンドラ15
プルミエの街から開拓村――最近はソルトヒルと呼ばれているようだが、こちらは半日少々ほどの距離だ。
山がちな地形ではあるが旅慣れた冒険者のサンドラからすれば、さほど遠くない。
「むう、防壁と門に見張り櫓まであるとは。急激に大きくなったようだ」
「へえ、オマエさんとパーティーを組んでからそれほど経ってないがなあ」
村の門構えを見て驚いた様子のオグマにドアーティが適当な相づちを打つ。
この村は地図にものらないような僻地であったが、今の規模は町と呼ばれても不思議ではない。
「思ったよりにぎやかだね、大規模な
「あれは塩屋でやんすね。宿に食堂、小鍛冶もあるでやんす」
サンドラとリンがキョロキョロと村の様子を確認する。
冒険者相手の商売もそこそこあるようで、宿泊や補給などの心配はなさそうだ。
「さて、あそこにギルドの支部もあるようだし、さっそく行ってみるかローガンもついといで」
「お、おう。新しい土地ではギルドへ挨拶するのは筋だったな」
短い旅路ではあったが、ローガンもそれなりに打ち解けた。
サンドラたちとはキャリアやレベルに差があるため、少し遠慮がちながら色々と新しい土地でのレクチャーも受けている。
「なあ、サンドラさんたちがよければポーターでもいいから使ってくれよ」
「ふむ、それは悪くないアイデアかもな。ローガンはガッチリして荷もたくさん担げそうだし、足も遅くない」
ローガンの申し出にドアーティが好意的に反応した。
ポーターとは、基本的には戦闘に参加しない荷運び要員のことだ。
長期間の探索や大規模なパーティーには必須ともいえる重要な存在であるが、戦闘や探索に積極的に参加しないために格下が務める雑用係のような立場でもある。
最近のサンドラパーティーはダンジョンの深いところ(ダンジョンは塔のような構造でも『浅い深い』と表現する)に向かうために素材や戦利品がかさばりすぎて捨てることが多い。
荷運び専門のポーターがいれば持ち帰れる戦果は飛躍的に増加するだろう。
「ふん、新しいダンジョンで増えた頭数以上に稼ぐ目処がついてからでいいんじゃないか」
「うーん、オイラはどっちでもいいでやんす。でも
ケチなオグマは分け前が減ることを心配し、リンはローガンに気を使い、それぞれ反対らしい。
ちなみにローガンはリンよりいくらか年上だが、冒険者としての実力が違いすぎるので呼び捨てにされている。
冒険者の世界は年功序列ではないのだ。
「ま、初めは臨時パーティーでやってみるかい? 具合がよけりゃ組んでもいいし、ローガンも他に誘われるかもしれないしね」
サンドラが無難な落としどころを提案すると同時に冒険者ギルドに到着した。
小ぢんまりとしているが石造りの立派な建物だ。
「その話はまた後にするか。用を済ましちまおう」
「そうだな――御免、我らは当地に着いたばかりの冒険者だが、ギルドマスターに挨拶をしたい」
場慣れしたドアーティとオグマはさっさと面通しをするようだ。
これをせずに依頼を受けたり、管轄内のダンジョンに挑むことは可能なのだがマナー違反とされる。
あくまでもマナーの範囲でルールではないのだが、ベテラン冒険者ほど余計な波風を立てないために怠ることはない。
「おうっ、なんでえ懐かしい面だな! オグマに……そっちはサンドラじゃねえか」
「久しぶりだね。支部長とは出世したじゃないか」
出てきた顔はなんと見知ったものであった。
ソルトヒルの支部長は、以前プルミエの街でサンドラが世話になった強面だ(19話参照)。
冒険者の渡世は意外と狭いものとはよく言われるが、こうして互いに出世した『いいかたち』での再会はなかなかあるものではない。
「大した貫禄じゃねえか。あの時に街を離れたのは間違いじゃなかっただろ」
「ああ、あれには感謝してるよ。旅の前のアタイは何も持ってなかった……でも、旅の途中には仲間も、金も、なんでもあったからね」
今、振り返っても当時は酷い状況だった。
旅が転機となり、サンドラの運命が好転したのは間違いない。
「ひひっ、目当ての男だけはいなかったでやんす」
「うるさいよっ!」
サンドラがバックラーでリンを鋭く狙う。
リンは間一髪、研がれたバックラーの縁を鞘に入れたままの短剣で受け止めた。
「それはさすがにシャレになってないでやんす! 死ぬでやんす!」
「――ちょっと待て! あの男だな!?」
リンの言葉を聞いた支部長が大声を張り上げた。
これには皆が驚いたが、支部長の表情はシリアスなものだ。
「おいサンドラよ、あの男のことを教えてくれ」
「ん? エドかい?」
サンドラの言葉に「それだ!」と支部長が食いつく。
「そいつは流れ者だったな。特徴をもう1度教えて欲しいんだ」
「特徴ねえ……年はわりといってると思う。背が高くてガッシリした体格で、体術と魔法を使って、服装はなんというか立派でカチッとした身なりにマントかな」
ここでリンが「甘ーいマスクでやんす」とまぜっ返し、サンドラは「うるさいっ」と盾を振り回して追い払った。
「マントは黒だな?」
「ああ、そうだね。黒だった」
サンドラは『以前の話をよく覚えているな』と感心したのだが、どうも違うようだ。
支部長は「間違いねえ」と頷いている。
「まさかっ!? 見たのかい?」
「ああ、そいつはトルネードと呼ばれる男だ。アイツなら試練の塔の低層じゃ剣は必要ないだろうよ」
支部長が説明するには、しばしばこの村に現れるトルネードと呼ばれる男と特徴が一致しているそうだ。
見たこともない凄腕で、この前の暴走でソルトヒルを包囲したモンスターを蹴散らしたらしい。
(間違いない、エドだ……!)
あの男と再会できるかもしれない、そう考えただけでサンドラの耳は自分でも分かるほどにカアッと熱くなってきた。
鏡を見れば真っ赤な顔をしているに違いない。
「あーあ、完全に女の顔でやんす」
「……意外とあれで純なトコがあるあるからな」
リンとドアーティがヒソヒソとやっているが、サンドラからすればそれどころではない。
追い払うのも面倒だし、無視をすることに決めた。
「実力から見て勇者かそのパーティーだとアタリをつけたが、どうも該当者がいねえのよ。いちばんタイプが近い剣狼ガンダルフォは黒い死神に討ち取られてるし、瞬弓エドワルドは名前や年が近いがタイプが違う。黒のマーレイまで来ると50は超えてるし、どうにもしっくりこねえ」
どうやら支部長もエドの正体が気になるらしく、色々と調べたようだ。
だが、特定には至っていないらしい。
「あの男はこの村の村長と交流があってな。村長によると人をまとめていた立場のようだとも言っていた。どこかの騎士団か地方領主にしても、あの腕だ。目立つ噂や武勲はあるだろう。次はそっちを調べてみるつもりだ」
「村長と……この村にいれば、アイツは来るのかい」
この言葉にサンドラは目の前が一気に啓けた思いがした。
ここにいれば、エドと再会する機会はやってくるのだ。
「その男が貴族だとして、サンドラは何がしたいんだ? 頼みこんで妾になるつもりかね」
「それは言ってはならねえでやんすっ! それは野暮ってもんでやんす!」
なにやらドアーティとリンのやりとりと、ローガンの「まったく事情が分からねえんだけど」と嘆く声が遠くに聞こえる。
この瞬間、サンドラは明らかに浮かれていた。
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