86話 俺も意欲がないわけではないんだよな
さて、4階層だ。
まだ3階層とは繋げていないが、北側の遺跡の下にハーフ・インセクトの巣に近い構造を用意した。
「しかし、あっと言う間にできたな」
「あははっ、もう4階層っす! この辺りの土地のクセも読めてきたし慣れもあるっすよ!」
タックは「なんでもない」と鼻をこすっているが、これが素晴らしい技術なのは俺でも理解できる。
今までは何日もかけて階層を造ってきたのだ。
それがたった1日とは尋常ではないだろう。
「タックは真面目だからな。この前もウェンディにアドバイスもらってたろ。絶えぬ努力が技術を育んでるんだろう」
「たはは、そんなことないっす! アタシはダンジョンいじるの好きなだけっす!」
努力を努力と感じない『好き』という感情は、時として素晴らしい成長や成果をもたらすものだ。
タックの若さもあり、メキメキと力をつけてもなんら不思議ではない。
「ウデが上がったのなら、それはエドさんのおかげっす! ここまで自由にやらせてくれたから――」
「コホン、それでは4階層でハーフ・インセクトを呼び出してみましょうか」
リリーの咳払いを聞いたタックがなぜかビクッと身をすくませて「たはは」と力なく笑っている。
いつの間にかダンジョン内でリリーの影響力が増している気がするのだが……気のせいだろうか?
「それじゃあ、転移で4階に向かおうか。タックの一夜城か」
「いやいや、そう言うのはもうダメっすよ!」
タックが必死に顔の前で手を振っている。
あまり控えめな言動は彼女には似合わない。
(少し遠慮してるんだよな……たしかに職場で恋愛関係の者がいたらやりづらいか)
職場の皆に勝手な都合を押しつけて申しわけないとは思うが、たぶん俺の年齢的にラストチャンスなのだ。
リリーとの関係は大切にしたいし、堪忍してほしい。
俺がチラリと視線を送ると、リリーと目があってしまった。
あわてて目をそらすが不自然だっただろうか。
「どうかしましたか?」
「いや、すまん。職務時間中にふさわしくないことを考えていた。仕事に戻ろう」
俺が軽くあやまると、なぜかリリーが「まあ」と恥ずかしそうな表情ではにかんだ。
なにか誤解を与えたような気がする。
「エッチなのは良くないと思います」
「うしし、しかたないっす! エドさんも色々たまってるっすよね!」
アンとタックが個性を見せて俺を責めてくるが、これはダメだ。
ちょっとした無意識の発言でハラスメント判定されかねん。
特にアンは思春期だ……いま以上に発言には気をつけよう。
(……しかし、俺も
俺がチラリと視線を向けると、再度リリーと目が合ってしまった。
これはあちらにも意欲があると期待してよいのだろうか。
(いかんいかん、勤務中だ)
俺はグッとコーヒーを飲んで、勤務時間に
◆
転移した4階層は遺跡の続きのようなそっけない石造りだ。
階段を下りた先に広めの部屋があり、続けて縦長の部屋がいくつも平行してならんでいる。
その先、最奥には1番大きな部屋だ。
「ハーフ・インセクトの巣穴をマネしてみたっす! はじめの部屋が外敵を防ぐ保安室、平行した部屋はワーカーたちが作業したり寝たりする部屋っす! 奥の部屋はクイーンと幼体の玉座っすね!」
「なるほど、単純だが理にかなってるな。必ず保安室を通る造りか」
巣を見るにハーフ・インセクトにプライバシーの概念はあまりなさそうだ。
「薄暗いみてえだが、照明はこれでいいのか?」
「そっすね! ハーフインセクトに限れば明かりはあまりいらないっす! これは冒険者への救済処置っすね!」
全体的に薄暗いが、ハーフ・インセクトに影響はないようだ。
月明かりほどの3階層よりは明るく、冒険者たちもさほど苦にはならないだろう。
「うん、後は食料や水だが、昆虫型モンスター用のゼリーや生肉でいいんだったな。群れが成長して自給するまでは支給になるだろうな」
「ええ。でも本当にすぐ増えますよ。クイーンには増えすぎないようにお願いする必要があるでしょうね」
その辺の意思疎通にはやや不安は残るが、資料を読む限りではそこまで知能は低くないようだ。
だが、あまり知能が高くても困る部分もある。
(ま、ダメなら……高くつくが、使い捨ての転移魔道具をもたせて帰還させよう。ダンジョン内でのご近所トラブルはごめんだからな)
DPモンスターはリポップモンスターとは違い、自律行動をとる代わりに自我があるものとされる。
あまり無体をしては逃げられたり叛かれたりする場合もあるのだとか。
まあ、ダンジョン内であればモンスターの反乱など、たかが知れているのだが……世の中にはサキュバスのようなモンスターと
油断大敵なのである。
「あ、大事なことがあったな。タック、マスタールームとゴーレム部屋はどこに移設するんだ?」
「とりあえず、造ったのは北の遺跡の下になるココだけっすね! うまくいけば西側にも同じ構造を造って、間を通す連絡通路のどこかにするつもりっす!」
タックによれば、ココはお試しといった部分もあるらしい。
実際にクイーンに営巣してもらい、若干の手直しをしてから増設する予定のようだ。
「パターン化した構造の場合、初めにちゃんと造りこめばラクなんすよ! コピペっす!」
「そうか。マスタールームの移設場所にも目処がついてるならいいんだ。任せるよ」
俺にダンジョン設営の効率化の話はよく分からないが、タックは専門家だ。
ここは口を挟むべきではないだろう。
「よし、それならインセクトクイーンを呼び出そう。他も呼び出すつもりだが、とりあえずはクイーンからだろう」
俺はマスタールームに残るレオに『クイーンを1体、最奥の部屋に頼む』とメールを送る。
するとすぐにレオから返信が来た。
『了解しました。職員の退避を確認次第、最奥の部屋でインセクトクイーン1体のDP召喚を行います』
普段は無愛想で俺を半ば無視しているような態度のレオだが、メールの文面はいつも丁寧だ。
ちなみにレオはアンにはすごく甘えた声ですり寄っていくし、リリーには大人しくブラッシングさせているのである。
……まあ、それはどうでもいいか。
「レオから『退避したら召喚する』と連絡があった。隣の部屋で待機だ」
こうして召喚する部屋から離れるのは理由がある。
召喚とはかなりデリケートな魔法技術で、間近に知的生命体がいると干渉して事故が起きる可能性がわずかながらも存在するのだ。
俺も詳しくはないが、資料によると干渉した両者の記憶に若干の混同が見られたり、酷い事故になると肉体の一部が溶接されたようにくっついてしまった事例もあるのだとか。
これをモチーフにしたフィクションでは中身が入れ替わったり、双子のようなソックリな外見になったりするが……そこまでの干渉はまずあり得ないそうだ。
「おっ、はじまったっすね!」
「強い光がでるんですね。まぶしいです」
アンが召喚の魔力光に目を細めるが、もともと薄暗がりだったためか、かなり強い光に感じる。
「アン、あまり光を見ると目が慣れてしまうぞ。気になるのは分かるが片目は閉じておくといい」
「はい。こうですね」
アンが片目をつぶって見せるが、なぜか代わりに口を大きく開けた。
変わったクセもあるものだ。
しばらく待つと徐々に光は弱まり、周囲は元の薄暗がりとなる。
「終わったみてえだな。暗いからよく分かるぜ」
「ああ、事故防止のためにDP召喚は暗室で行うのがいいかもしれんな」
一応の安全確認のため、俺とゴルンが先行して最奥の部屋に入る。
するとそこには人型の――いや、下腹部のあたりが異様に膨らんだシルエットが闇に浮かびあがっていた。
どうやら、クイーンの召喚は問題なく成功したようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます