87話 ダンジョン、協力、繁殖

 インセクトクイーンの外見は資料で見た通りだ。

 キチン質を思わせる外骨格、どこか女性的な華奢な体格。

 顔は三角形に近く、長い触覚が2本頭部から伸びている。


(ふうむ、無反応? なのか……? 話しかけてみるか)


 クイーンの顔からは表情が読みとれない。


「俺はこのダンジョンで責任者をしているエルドレッド・ホモグラフト。キミをDPで召喚したのだが現状は理解できているだろうか?」


 俺が話しかけるとクイーンは「ギチッ」とも「キキッ」とも表現しがたい音を口からだした。

 どうやら昆虫に近い形状のアゴが発音には向いていないようだ。


「どうっすか? 入ってもいいっすかね?」

「いや、いきなり多数で囲むのは良くない。少し待ってくれ」


 タックが部屋の外から少しボリュームを落とした声で話しかけてきた。

 彼女なりに気を使っているようだ。


(言葉によるコミュニケーションがとれないのか? 言語を知らない可能性もあるのか? いや、ある程度の常識は備えているはずだ)


 言葉が喋れないから知性が低いわけではないのはレオの例でよく知っている(価値観のズレは多々あるが)。

 俺が「言葉は分かるか?」と訊ねると、クイーンは頭の触覚を俺の方へ向けた。


『理解』『仲間』『安全』


 不思議なことに、ボンヤリとしたクイーンの意識(?)が俺の頭の中で語りかけてきた。

 いや、語りかけてきたというのも正確な表現ではない。

 いわく言い難いが、なにかイメージのような抽象的なモノだ。


「今のは……? それがハーフ・インセクトのコミュニケーション手段なのか?」


 俺が問うと、やはり『肯定』『仲間』『理解』などのイメージが頭に浮かぶ。

 少しとまどってしまうが、これが彼らの会話らしい。


「皆にもあいさつしてくれるだろうか? 名前はあるのか?」

『拒否』『群体』


 これは分かりづらいイメージだが、個別ではなく群れとして認識するから名前や自己紹介は必要ないと言うことだろうか?


「そうか、この匂い袋を持つ者は味方だ。攻撃はやめてくれ。その場合は残念だがハーフ・インセクトをこのダンジョンに住まわせられなくなる」


 クイーンからは『肯定』のイメージが届く。

 理解してくれたようだ。


『欲しい』『群体』『下僕』『繁殖』『栄養』

「もちろんだ。今からオフィサー、ドローン、ワーカーを呼び出そう。繁殖用の個体と食事も用意するつもりだが、間違いがあるかもしれない。何か問題があれば教えてほしい」


 俺はレオにオフィサー、ドローン、ワーカーをそれぞれ1体ずつ隣の部屋で召喚するようにメールを送る。

 小部屋はたくさんあるので問題なく同時召喚を行えるようだ。


「リリー、アンと先に戻って繁殖用の個体……できればあまり自我や感情がないやつを見繕ってほしい。アンは肉とか栄養になるものを用意してくれ」


 全員でぼんやりと召喚を待つ必要はない。

 俺は2人に指示を出し、先に戻ってもらうことにした。


「わかりました。自我や感情が薄く、生身の人間タイプとなると……かなり限られるはずです。調べておきますね」


 ちょっとワガママな注文で申しわけないが『はじめまして、ちょっとハーフ・インセクトの繁殖に使いますよ』で納得する者はあまりいないだろう。


 それと身勝手な話だが、自我のないタイプであれば罪悪感も薄くなるかもしれない。


「お肉と果物なら少しありますけど、どのくらい必要なんですか?」


 アンが質問すると、クイーンはアンに向かい触覚を伸ばした。

 どうやら会話をしているようだ。


「はい、お肉とかお砂糖ですかね? 色々ためしてみます。量とか好きなものとか嫌いなものは遠慮なく教えてください」


 アンは「種族が違うと好みも変わるから教えて欲しいです」とニッコリ笑う。

 戸惑ってしまった俺とは違い、ハーフ・インセクトのコミュニケーションにもすぐ順応したようだ。


 新しいものにひるまないのは若さゆえか、それともアンの資質だろうか。

 どことなくクイーンも嬉しそうな気がしなくもない(よく分からかいが)。


「それでは私とアンは先に戻って準備をしてきます。私からレオに連絡しましょう」


 リリーは慣れた手つきでメーラーを使い、ほどなくしてアンと共に転移した。

 2人が去り、華やかさを欠いた部屋は一気にガランとしてしまったようだ……まあ、タックはいるけども。


「おっ、あっちの部屋で召喚が始まったみてえだな。2ヶ所同時だ」

「時短っすね! さすがリリーさんっす! 1体ずつじゃダレちゃうっすから!」


 タックがよく分からない言葉で喜んでいる。

 時短とは『時間を短縮する』という意味であろうか?


「さて、こちらも待っているだけでは張り合いがないからな。少しだけ話をしよう」


 俺はクイーンに向かい合い、今後の展望を伝えることにした。


 ここはダンジョンであり、外敵の侵入があること。

 基本的には自衛になること。


(酷なようだが運営側としては、たまには敗れてもらわねばバランスが悪いからな)


 この辺はさすがに伝えることはないがクイーンは察したのかもしれない。

 俺の意識に『子孫、繁殖、生存』と伝わってきた。

 要は種として子孫が残れば問題にならないのかもしれない。


「この階層は拡張予定だ。最終的には同規模のモノを4つほど準備する。これは別のクイーンを呼び出した方がいいだろうか?」

『否定、繁殖、クイーン4体、拡大』


 少し分かりづらいが、繁殖によって階層を満たすから必要ないと言うことだろう。

 しかし、すべてを子孫で満たすとなると相当な繁殖力ではあるまいか。

 これは少しマズいかもしれない。


「繁殖が望みなのは理解した。だが、この階層には適正な個体数もあると思う。そのあたりを考慮してもらうか、増えすぎた場合は外への暴走スタンピードなどで調整してもらわねばならないだろう」


 下手したらパニック映像のような大惨事になりかねない。

 これはハッキリさせておかねばならないだろう。


『望み、繁殖、全体、保持、間引き』


 なんとなくだが、今のはスムーズに理解できた。

 繁殖が望みだが、全体の利益を優先させるために必要であれば間引きもするようだ。


 そうこうしているうちに光が治まり、中から男性的なシルエットをもつオフィサーと、ヒョロッとしたワーカーが姿を現した。

 2体ともに昆虫の腹のようなものはない。


(個別の挨拶は不要だったか。ここはクイーンに任せよう)


 間近で見ると、オフィサーは意外とヒロイックな姿をしている。

 オフィサーにはクイーンのような触覚があるが、ワーカーには申しわけ程度に短いのがチョンとついているのみだ。


 クイーンは2体に触覚を向け、会話をしているらしい。

 ハーフ・インセクト同士の会話はまったく理解できない。


「それと、これは相談なんだが――」


 オフィサーがでてきたことで、俺は暴走スタンピード計画のために協力を得ることができるか訊ねることにした。

 これは大変危険な任務であり生還が困難。

 本人(ハーフ・インセクトは人でいいのだろうか?)がいる時に相談する必要があると考えたためだ。


 だが、俺の覚悟をよそに、クイーンは『問題なし』のようだ。

 オフィサーの意見を聞きもしない。


『ダンジョン、協力、繁殖』

「そうか、だが帰還の魔道具などで、できるだけ生存率は高めたいと考えている」


 当のオフィサーはじっとたたずんでいるのみだ。

 先ほど一緒のタイミングで出てきたワーカーもぼんやりとコチラを眺めている。


 少し気まずさを感じるころ、アンが転移で戻ってきた。

 どうやら食材を持ってきたようだ。


「どれが好きとか、多めに欲しいとかありますか? ……お肉とかハチミツですね。あと、量なんですけど――」


 どうやら食料の消費量は少ないらしい。

 アンはかなりのレベルで会話をしているようだが、ひょっとしたら俺より受信(?)するイメージ量が多いのかもしれない。


「あ、それじゃ次はアタシいいっすか!? 構造についての相談っすけど――」


 タックもイメージを使うハーフ・インセクトの会話に戸惑ったようだ。

 だが、すぐに慣れたようでタックとクイーンもうまく意思疎通をしているらしい。


 隣の部屋でも召喚がはじまる。

 結局、この日はクイーン1体、オフィサー1体、ドローン2体、ワーカー3対を呼び出した。


 この調子でいけば思ったよりも早く4階層も軌道に乗りそうだ。


 ちなみに、リリーが選んだ繁殖用の個体は『ボタニカルデッド』だった。

 これはアラクネという寄生植物に取りつかれ、脳の破壊とともに思考力を失った人間だ。

 奇声をあげて走り回ったり、暴れたりするそうだが、なかなか怖い。


 リリーもなかなかエグいチョイスである。



■消費DP■



クイーン(DP)、800

オフィサー(DP)、500

ドローン(DP)、360✕2

ワーカー(DP)、160✕3

ボタニカルデッド(DP)、140


合計2640

残り2263

※構造部は別

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