88話 何をモタモタしてんだか

 数日が経った。

 インセクト・クイーンはまゆのような寝床の中に入り、外からは様子を見ることはできない。

 だが、ワーカーがせっせと卵を運び出し世話をしている様子から見るに、中ではすさまじい勢いで産卵しているようだ。


「うーん、幼体も増えたしアンが食料を運ぶのも限界が近いな」

「そうですね。4階層に弱いリポップモンスターを出すようにしましょうか」


 今はアンが毎日買い出しして4階層と往復しているが、群れが大きくなれば破綻するのは目に見えている。

 ちなみにアンはマーケットでクズ魚やスジ肉なんかを上手に用意してくれるのでサイフには優しい。


「そうだな。エサになりそうってんなら、虫とか小動物か」

「定番のジャイアントバットやスキマー、ジャンボラットくらいでしょうか?」


 リリーが例に出したモンスターはザコモンスターの定番である。


 ジャイアントバットはデカいだけのコウモリ、スキマーは中型犬くらいあるカマドウマ、ジャンボラットは子犬ほどのサイズ感のネズミだ。

 余談だが、成長したスキマー(サイズL)という別扱いのモンスターもあり、そちらはかなり強力なモンスターになる。


「それなら他の階層にも出せそうなのにしたらにぎやかになるっす!」

「それもそうか。そうなると3階層は水場だし、スキマーやラットは厳しいな」


 このタックの意見も踏まえ、リリーが資料をめくる。


 ハーフ・インセクトのエサになり、1階層で出るくらい弱く、水場と遺跡で生息できるモンスター。

 ここまで絞ればリリーならすぐに見つけてしまうだろう。


「そうですね……水場と塩が平気な弱いモンスターとなると、コチラはどうですか? ツインテールボアとアサルトカチムシです」


 すぐにリリーは資料から2種類のモンスターを探し出した。


「ボアとはヘビか……大きいな」

「ほーう、面白い形をしてやがる」


 新しいモンスターに興味を引かれたか、いつの間にかゴルンも寄ってきて資料を眺めはじめた。

 男2人がならんで資料を覗き込むのは少し狭っ苦しい。


 資料によると、ツインテールボアは尻尾が二股に別れている大蛇だ。

 毒はない単なるデカいヘビだが、低レベルの冒険者がうかうかしていると丸呑みされかねない。

 どうでもいいけど、ヘビの尻尾は総排泄孔から先のことで、そこから二股に分かれてるわけだ。

 この尻尾を巧みに使い、獲物を捕まえたり、木からぶら下がったりするらしい。


 アサルトカチムシとはデカいトンボである。

 サイズ感としては例えるのが難しいが、羽根をのぞいた胴体部分が大きなダイコンくらいか……いや、太さはダイコンほどだが、長さ的にはネギか?

 まあ、そんなくらいのサイズである。

 かなり早い話スピードで体当たりをし、そのままかじりついてくるらしい。

 鎧を着込んでいれば問題ないだろうが、服だと危険だ。


 トンボは決してバックせず、前に前に素早く進んで獲物を捕まえる――その勇ましい姿から縁起を担いで『勝虫』と呼ぶわけだ。


「ふむ、ツインテールボアはレベル8、アサルトカチムシは5か」

「大したことはねえ。ただ、1階層の難度は上がりそうだぜ?」


 ゴルンが指摘するように、出現モンスターが多様化すれば対応する冒険者の負担となるだろう。

 これをカバーするのは報酬しかない。


「そうだなあ……全体的に報酬を上げるか?」

「まあ、人間は資源を取りに来なきゃいけねえんだ。多少は大丈夫だろうぜ」


 ゴルンはそう言うが、冒険者はわりとシビアにリスクと報酬を天秤にかけているものだ。

 難度ばかり上がって旨味がなくては来場者は離れていくだろう。


「今は黒字堅調ですし、多少のグレードアップは問題ないでしょう」

「リポップを増やした時点で各階の現金を増やそうか。それと宝箱も増設だな」


 なんにせよ、今すぐと言う話ではない。

 幼体と卵ばかりのコロニーにモンスターを放てば逆に捕食されてしまう。


「しかし、公社の連絡待ちとはいえ……この状態では戦力と考えられないな」


 現在、ハーフ・インセクトたちには昆虫型モンスターの成長促進ゼリーなども与えているとはいえ、産まれた翌日に成体になるようなことはない。

 幼体はある程度成長した後、サナギを経て成体になるそうだ。


「そうですね、ならDPを使ってモンスターを成長させますか?」


 リリーによると、モンスターの成長促進に追加でDPを投入することができるらしい。


「本来ならドラゴン型とか、長命のモンスターを成長させるために使われるものです。ですがこの場合でも有効でしょう」

「なるほど……今までリポップだけだったから、こうした機能はまったく使わなかったわけか」


 たしかに長命なモンスターの成長を待っていては任期中にはとても戦力にはならないだろう。


 無理やり成長させるのは気の毒な気もするが、そこはダンジョンモンスターの宿命のようなものかもしれない。

 幼体のまま冒険者に狩られる方が何倍も気の毒なのだから。


「あまり多いようなら検討しなくてはならないが、どれだけ必要なんだ?」

「そればかりはモンスターによる、としか言いようがありません。もともとハーフ・インセクトは成長の早いモンスターですし、100か……多くて200で大丈夫な気もします。様子を見て段階的に投入でも良いかもしれません」


 俺は「100か」と胸をなでおろした。

 そのくらいならなんとかなりそうだ。


「それなら西側の巣穴も作っちゃうっすよ! 生まれたてのクイーンタイプを成長させれば分封(新しいクイーンが群れの一部を引き連れて新たなコロニーを作ること)もスグできるっす!」

「そうか、それはその通りだ。マスタールームの引っ越しまで一気にやってくれ」


 ウェンディからの借金(借DPとよぶべきか?)がすさまじい額になっていく。

 だが何度も『貸してください』と頭を下げるよりはいっぺんに済ませてしまいたい気持ちもあるのだ。


(大丈夫だ、リリーも言っていたじゃないか。黒字堅調、借りたものは返せるさ。たぶん……きっと)


 自分に『返せる』と何度も言い聞かせて気持ちを落ち着かせる。

 さすがに借り入れDPが返済できずにダンジョンが経営破綻とかは避けたい。

 外聞が悪すぎる。


「それじゃあ、オフィサーさんに聞いてきましょうか?」

「お、そうだな。次の食事の時に成長促進と分封について確認してきてくれ」


 アンの言うとおり本人(本半虫人?)らの意向も大切だ。

 彼らの社会は階級制である。

 こちらが適当にチョイスするよりアチラに任せた方がいい部分もあるだろう。


 もうクイーンは寝床から動かないため、アンはオフィサーとやり取りをしているらしい。


「それじゃ、そこはアンに任せたぞ」

「はい、分かりました」


 なぜかアンはハーフ・インセクトとの意思疎通が上手い。

 ひょっとしたら獣人の種族的な特徴で情報の受信量が多いのだろうか?


(それならレオがイチバン意思疎通ができるのかもしれないな)


 当のレオは定位置で熟睡している。

 ひっくり返って股を広げているが油断しすぎではなかろうか。


「数が揃えばボアやカチムシがいい訓練相手になるだろうぜ」

「そうだな。冒険者から回収した武器とか、木刀とか適当なモノを渡してもいいかもな」


 ハーフ・インセクトは人型だ。

 たとえみやげ物店で売ってるような木刀でも、集団で武装すれば危険度は跳ね上がるだろう。

 

「それじゃあ、リポップモンスターを設置するか」

「あ、少し待ってください。リポップモンスターを増やすのは暴走スタンダードの直前にしましょう。いきなり増やすのではなく、変異の前兆として扱うわけです」


 俺はリリーの言葉に「それもそうか」と頷いた。

 未だかつてない規模の計画暴走なのだから前兆はなるべくたくさん見せた方がいい。


「それにしてもよ、上申書を送ったのはかなり前じゃねえか。お偉いさんがたは何をモタモタしてんだか」


 ゴルンは大きく嘆息し、酒の小樽に茶碗をざぶりとくぐらせた。

 勤務中に凄まじくワイルドな飲酒である。


「たしかに。いろいろと不慣れなのは分かるが、戦力が集結してからじゃ遅いからな。モタモタしてほしくないのは同感だ」

「そうですね……私もスピード感に欠ける対応だと思います。ですが、どうしても強制はできませんし、参加者を募る以上、期日を設けて参加者を確定させなければいけないのでしょう」


 リリーも額に人差し指を当てて苦い表情だ。


 このあたりはダンジョン公社の限界とも言える。

 軍事組織ではないため、こうした『攻勢』での動きを想定していないのだ。


「公社組織のことはダンジョン勤務の俺達じゃどうしようもない部分だ。できるとこからやっていくぞ」

「私もそれしかないと思います。公社からゴーサインがでたらすぐに動けるようにしておきましょう」


 俺の言葉にリリーが頷く。

 婚約者らしいことはできてないが、職場の関係としてはリリーは頼もしい。


 その後、アンがリサーチしてくれた結果を元に、1000DPほど成長促進でバラまいた。

 ここまでくるとリポップモンスターがいかにお得かよく分かる。



■消費DP■


成長促進100✕10


残り1394


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