39話 ダメか?

 2度の暴走スタンピードの結果、ダンジョンを占有した集団は撤収したようだ。


 27 人中13人、その被害は大変なものである。

 これがあってか、占有は解けたがダンジョンは暇になってしまった。


 おそらくは『人がバンバン死んだダンジョン』とされ、冒険者たちにハイリスクだと思われたのだろう。

 これは戻ってくるまで時間がかかるかもしれない。


 ――と、言うわけで、今日の俺は休みだ。


 こういうのは上司から休まないと部下が休めないので、俺がイチバンに休みをとる必要がある。

 久しぶりに魔王城へ向かい、兵器局で剣のメンテナンスをしてもらうつもりだ。


(魔王様の好きなお菓子も買ったし、受け付けでサッと献上しておくか)


 謁見は申込みが必要だが、献上は窓口があるので、関係者ならばサッと済ますことができる。

 近衛武官たちにも差し入れを用意すればバッチリだ。


「やあ、お疲れ様。これは陛下への献上品、差し上げるときには匿名で頼みます。こちらは詰め所の皆さんで」

「あれ、ホモグラフト閣下じゃないですか。いつも我々にまで、すいません」


 窓口はベテランが勤めるので、なんとなく顔見知りになるものだ。

 献上品は厳しくチェックされ、魔王様のもとへ届くらしい。


「今日は御前会議ですからね、閣下からの忠心にご聖慮せいりょ(君主の心のこと)が晴れればよいのですが……」

「御前会議か。ローガイン元帥あたりが吠えてそうですねえ」


 四天王ローガイン元帥は前々魔王の治世よりキャリアをスタートした武勲赫々たる軍部の元老だ。

 だが、最近は年のせいか思考が硬直化し、魔王様の意思に背く行動も目立つと言われている。

 ちなみに軍縮閥のトップでもあるようだ。


「おっと、俺はもう軍人じゃないからこれ以上は無しで頼みます」

「あはは、軍服に帯剣で参内する方がなにをおっしゃいますやら」


 ちなみに退役した俺はほぼ民間人で(微妙な立場ではあるのだ)、入れる施設は制限されている。

 あたりまえだな。


 魔王城とひとくくりで呼んでしまうが、ここは複雑な複合施設である。

 領内を統べる行政府であり、領民に開かれた役場であり、軍事施設であり、さまざまな研究機関であり、宮殿……その役割を数えたらキリがない。


 そもそも成り立ちからして魔王様のご先祖が築き、代々拡張して今に至るのだ。

 魔王様の財産であり国家の施設。そこに、どこからどこまでという区別はない。

 それが魔王城なのだ。


 受付窓口を離れ、廊下を歩いていると横に広がるようにして進路を防ぐ一団がいる。

 噂をすればローガイン元帥だ。


 アンデッド化をしたと聞いたが、体のパーツが魔道具のようになっており、ホースがはみ出ている。

 元々白髪の厳つい初老の軍人だったが、いまではモンスターじみた姿だ。


 俺はスッと端に寄り、集団をやりすごそうとする。

 すると「ホモグラフトではないか!」とローガイン元帥から声がかかった。

 正直めんどくさい。


「久しいな、退役したと聞いたが軍服とはな! 今どきの若いのにしては気合が入っとる」


 俺は「恐縮です」と頭を下げる。

 苦手な人物ではあるが、嫌いではないし、ケンカをする意味はないのだ。


「聞いたぞ、陛下に軍縮を進言したそうだな。アッパレをやろう!」


 ローガイン元帥の言葉を聞き、周囲の取り巻きが『おおー』と声を上げる。

 何がアッパレなのかよく分からんが、彼らの中では重大事なのかもしれない。


「陛下は女性ゆえに分かっておらぬ。軍縮で防衛力が減るのはワシから言わせれば走り込みが足りぬのよ。走り込みと素振りで鍛えた持久力と精神力が――」


 軍縮と走り込みの理論は全く理解できないが、要はローガイン元帥は自らの権勢を広げたいのだ。


 魔王様が手放したくない将兵は魔王様の親派だ。

 それが減れば元帥の影響が増すと考えているのだろう。


 他の四天王は派閥を形成するタイプではなく、悪い意味でローガイン元帥の影響力は大きい。


 その後も元帥は「喝だ! 喝!」などと騒ぎながら去っていった。

 なんのことはない、取り巻きに対して威張っているとこを見せたかっただけだろう。


(やれやれ、悪い人ではないんだろうけど、な)


 面倒見がよく、親分肌の軍人だ。

 自己顕示欲が強いのも古き良き武人気質とも言える。


 ただ、心身に負担の大きなアンデッド化を行ってまで権勢にしがみつきたい気持ちは俺には理解できない。

 自分の築き上げたものに囚われているのだろうか。


 なんだか疲れたので兵器局に行く前にトイレに寄ってから売店でコーヒーを購入した。

 魔王城は広く、領民にも開放されているため、こうした休憩施設が点在しているのだ。


「へっへ、見つけたぞ」


 ベンチに座る俺の横にちょこんと座った女性がいる。

 領民だろうか……つばの大きな帽子と白い髪が印象的だ。


「私に会いに来てくれたのか?」

「はて、どこかで――って」


 あわてて俺は口を閉ざす。

 そこにいたのは『そこにいるはずのない人物』だったのだ。


「へっへー、驚いたか? 献上品を見て、すぐに探してもらったんだ」


 俺が驚き「陛――」と口に仕掛けたとき、魔王様は美しい指で俺の唇を押さえた。


「ちょっと出てきちゃっただけなんだ。騒いだらダメだぞ」

「左様でしたか。匿名のつもりでしたが……」


 たしか匿名でお願いしたはずだが、何かの手違いか、近衛武官が気を使ってくれたか。

 とにかく俺からの献上品だと伝わったらしい。


「ううん、匿名だったぞ。でもホモくんはいつもタイガーショップのモナカだろ? 普通はタイガーショップならヨーカンだからすぐ分かるんだ。ホモくんは私がモナカ好きなの覚えてくれてるから」

「左様でしたか……わざわざお気づかいいただきありがとうございます」


 魔王様は優しく、臣下にこうした気配りをしてくださるのだ。

 だからこそ領民に慕われ、絶大な人気を誇る。

 毎年刊行される『魔王陛下カレンダー』は大人気で、転売屋が社会問題となるほどなのだ……ちなみに俺も2部持ってる。


「ゴーレムメーカーの折にはリリ、ゴホン。もとい妹君の尽力もあり――」

「リリーでいいよ。オフィシャルな場じゃなければ、いつも通りでいいし」


 魔王様は「へっへ」と照れたような不思議な笑い声をあげる。


「そのかわり私のこともマリーって呼ぶこと。直接の上下関係じゃないし、いいだろ?」

「いや、それはさすがに不敬というものでは……」


 うろたえる俺に、魔王様は「ダメか?」と上目使いで見上げる。

 ちょっとズルいと思う。


 たしかに俺が退役し、魔王様と仕事上での上下関係ではなくなった。

 だが、国家元首と領民というどうにもならない上下関係が残っているのだが……疑問は尽きない。


「わかりましたマリー様」

「マリー。様いらない」


 魔王様(心の中ではやはり魔王様のままである)は「様いらないよ」と繰り返した。


「分かりました、マリー。ゴーレムメーカーの件ではお世話になりました」

「うん、感謝してたらメールもすること……ぶふっ」


 なにやら嬉しそうにケラケラ笑っているが、全く意味が分からない。


「そうですねえ、なにか連絡があれば――」

「うんうん、なんでもいいから待ってるぞ。ぷぷっ」


 そこで魔王様は立ち上がり「またなっ」と去っていった。

 恐らく、忙しい公務の合間に声をかけてくださったのだ。


「メールか、どうしたもんかねえ」


 俺は立ち上がり、コーヒーの紙コップをゴミ箱に捨てた。

 売店のオバちゃん(とは言っても同年代だが)に「将軍、いまの娘は誰なんだい?」と冷やかされ、なんと答えていいものか困ってしまう。

 さすがに「魔王陛下ですよ」とは言えないではないか。


 その後、兵器局でもなんとなく会話に身が入らず、職人さんたちに慰められてしまった。

 どうやら四天王かんりしょくになれなかったショックを引きずってると思われたらしい。

 なんというか……すまんな。


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