40話 回らないお寿司が食べてみたいです

 今日はタックの発案でミーティングを行うことになった。

 議題は集客である。


「やっぱしイベントが必要なんすよ!」

「イベントねえ……ダンジョンのイベントってなんだ?」


 俺が疑問をくちにすると、タックが「ふんすっ」と鼻息を荒くし、胸を張った。


 タックはドワーフ特有の背が低くて横にたくましい体型だが、胸はふくよかで、見ようによってはグラマーである。

 いつも作業着に隠れているが、なかなか立派なボリューム感だ。


 世にはドワーフの異性を好む嗜好の持ち主がわりといるそうだが、なんとなく理解できる。


「それはレアモンっす……なんでニヤニヤしてるっすか!? 聞いてるんすか!?」

「ちゃんと聞いてる。レアモンってなんだ?」


 無意識で口角が上がっていたようだ。

 俺は気を引き締め直して質問をした。


「レアモンスターっす! たとえば……コレっす! ジュエルモンスターっす!」


 すでに用意していたのか、タックは広げた資料をドンと勢いよく机に置いた。

 皆が「どれどれ」と資料を覗き込む。

 

 端的に言えば宝石がくっついたバカでかいカエルやトカゲだ。


「ジュエルモンスターってカテゴリーなのか」

「そっす! ジュエルモンスターはその名の通り、宝石がついたモンスターっす! DPで呼び出してジュエルモンスターが倒せるって噂になれば冒険者もワンサカくるっすよ!」


 タックの意見を受け、リリーが黒板に『ジュエルモンスター』と書き出した。


「申し訳ありませんが、ちょっと確認させてください。タックさん、ジュエルモンスターのレベルをご存知ですか?」

「調べたっす! イチバン弱いレッサージュエルなら30レベルっす!」


 この言葉には「うーん」と首をひねらざるを得ない。

 いきなりレベル30はウチのモンスターと釣り合いが取れていないのだ。


「他にも良いのはあるっすよ! シルバーゴーレムとか人間社会で流通してる高価な金属のゴーレムっす!」


 すかさずリリーが『貴金属のゴーレム』と書き出していく。


「いや、それはマズいぜ。ただでさえ人間は塩を押さえに来たんだ。そこに貴重な宝石や金属が出たらどうなるよ。来たら来ただけ殺しまくるのか? いずれは誰も来なくなるだろうな」


 ゴルンはタックの意見をアッサリと切り捨てた。

 これにはタックもムッとした様子だ。


「いや、タックの意見は良かったぞ。何か珍しいモンスターで冒険者を呼ぶのは良いアイデアだ。ただ、ゴルンは今の時期に貴金属はマズイと考えただけだ。ドンドン意見を出してくれ」


 こんなときに意見を出した若いのを否定するだけでは良くない。

 発言しやすい雰囲気が大切なのだ。

 本当ははじめに褒めればよかったのだが、タックの胸部に気を取られていた俺のミスだ……猛省である。


「俺としてはすぐに動く必要はねえと思うぜ。塩は必要なものだからな。必ずまた冒険者は増えるはずだ。間違いねえ」

「なるほど、待つのも選択肢の一つだな」


 タックは不満そうだが、俺もゴルンの考えに近い。


 塩が出てすぐに占有者が現れたのだ。

 次々と資源を産出すると、前回の比ではない数が来るかもしれない。


「でも、アタシはただ待ってるのが嫌なんすよ! できるだけ盛り上げたいっす!」

「そうですね。タックさんの意見は十分に意味がありましたよ。このモンスターを見てください」


 リリーが開いたページには貝のモンスター、ジャンボオイスターと書いてある。

 俺の靴ほどのサイズ感の二枚貝だ。


 これを見た俺は思わず「オイスター?」と口に出してしまった。

 食材にしか見えない。


「動きも遅いですし、指などを挟まれなければ危険もありません」


 リリーは「こちらを見てください」とバッグから小さな丸いものを取り出した。

 いわゆるコンパクト、化粧直しの鏡のようだ。


 見事な螺鈿細工らでんざいくが施されており、アンが思わず「うわあ」と声をあげた。


螺鈿らでんか、なるほど!」


 俺は思わず膝を打って感心した。

 さすがの目のつけ所だ。


 螺鈿とは真珠層をもつ貝殻の内側を切り出して作る工芸品である。

 高級品になると目が飛び出るほど高価なものだ。


 無論、このあたりでは手に入らない素材になるだろう。


「もちろん食用にもなりますし、このタイプは真水でも生息します」

「レベルは2っすか! スゴいっす!」


 ジャンボオイスターはほぼ動かないために驚異度は極めて低い。

 レベルは2だ。


「今は右手だけにある水場を反対側にも増設して、スローターフィッシュやジャンボオイスターを増やすのはどうでしょうか?」

「あ、お魚や貝がたくさん取れれば村のご飯も良くなりそうです」


 意外にもリリーの提案にアンが飛びついた。

 ゴルンも「オイスターか、悪くねえな」と嬉しそうにしているが……リポップモンスターって食べられるのだろうか?


「それなら予算もほとんどかからないっす! 冒険者も来ないし、パパッとやっていいっすか?」

「ああ、左側の初めの部屋を掘り下げて水源を設置だな。外に流れるように適当に溝も切っといてくれ」


 ここまで決まれば話は早い。

 冒険者が来ない今がむしろチャンスだ。


「そんじゃ、暇だしタックの作業が終わったら飯でも食いに行くか」


 俺が「もちろんおごりだ」と宣言すると、皆が『わっ』と歓声をあげた。


「わっ、わっ、早く済ませてくるっす!」

「慌てなくてもいいぞ。まだ昼前だ」


 俺の忠告が耳に入らないのか、タックが慌ててマスタールームを飛び出し作業に入る。


「アンは何が食べたい? 焼肉でも寿司でもいいぞ」

「ホントですかぁ? 私は回らないお寿司が食べてみたいです」


 アンが無邪気に喜び、その後は外食先を決めるミーティングへと移っていった。



 その後、早い時間に寿司を食べた後に「ちょっと話そうか?」とリリーを誘い、喫茶店に入った。


 互いに若干酒精アルコールは入っているが、酔うほどでもない。


「あのさ、午前中のミーティングの話だが……アレはどこまで効果があるだろうか?」


 俺は気になっていた件を単刀直入に切り出した。

 水源を増やして、貝を配置するのはいいが、本当に集客するほどの魅力があるのだろうか、ちょっと疑問だったのだ。


「すみません。正直に言えば、効果があるかは疑問です」

「そうか、いや……怒ってるとかではないんだ。アレだろ、タックに気を使ったというか――」


 そう、あの流れでタックの意見が全否定されていれば、ちょっと良くなかったと思う。

 意見が出たときに、俺が無理矢理にでも褒めて意見を出しやすい雰囲気を作らねばならなかったのだ。


 今回はリリーのフォローがあったが、雰囲気が悪いままで終わっていたら……次のミーティングでは誰も意見を出さないような職場になったかもしれない。


 最小限のDPで場の空気をもたせたリリーの社交術には舌を巻くしかない。


「すまん。助かった」

「いえ、こちらこそ差し出がましいことをしてしまいました。すいません」


 俺たちは互いに頭を下げ、なんとなく顔を見合わせて笑ってしまった。


「でも、ひょっとしたら本当に螺鈿の素材や食材として人気が出るかもしれませんよ?」

「たしかに。そうなればいいんだけどな」


 なんだかリリーの雰囲気がいつもより柔らかい気がする。

 アンが来てからは『お姉さま』的なロイヤルオーラが出ていたが、なんというか……初対面の時みたいな自然な笑顔だ。


「お礼に何かしたいんだが、なにかあるかな?」

「そうですね、次はうなぎをごちそうしてください」


 この後、少し雑談をして早い時間で解散した。

 転移装置まで送れば双方共に帰宅できるのはありがたい。


 帰宅後、土産を忘れたためにレオから恨めしげな視線を浴びた。

 次から気をつけよう。



■消費DP■


水源(小) 100

構造手直し 150

レベル2・ジャンボオイスター(リポップ)、400


残りDP4713

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