41話 エドとタックさんに婚約の話が……?

「あれっ? ここ水が流れてるぞ」

「曲がる方向を間違えた……わけではなさそうね」


 とある2人組の若い冒険者が洞穴の異変に気がついた。

 男獣人と女エルフ、他種族を好まない人間の社会では珍しい取り合わせのパーティーだ。


 わざわざ人間の中に入り冒険者をしているのだから、双方一筋縄ではいかぬ複雑な事情があるのだが……まあ、それは別の物語である。

 他の冒険者たちとうまく馴染めず、あぶれ者のかけだし冒険者がコンビを組んだのはある意味で必然だった。


 男獣人は格闘が主体の闘士アタッカー、狼のような耳と尻尾が生えており屈強な体格をしている。

 女エルフは一応・・回復魔法と攻撃魔法が使える後衛だ。

 レベルは男獣人が7、女エルフが9、かけだしのひよっこである。


「こりゃ、あれだろ。変異ってやつだ。引き返したほうが良くねえか?」

「アンタって本当にグズね。ここで逃げ帰ってどうするのよ。私たちがここに来たのはバカで臆病な人間どもを見返すためよ。結果を出さないで帰れるもんですか」


 男獣人はうんざりとした表情で「へいへい」と答え、先を進む。

 女エルフも自分の口の悪さは自覚しているが、こればかりは治しようもない。


 この大した腕もないが種族的に悪目立ちしている2人が、このダンジョンに来たのは無謀と功名心のゆえだった。


 何度も暴走スタンピードを起こしたダンジョンを警戒し、他のベテラン勢は様子見に徹している。

 そこへ自分たちが乗り込み、バカにしてきた人間どもの鼻を明かしてやる計画だ。

 それは慣れてきた若い冒険者にありがちな油断と傲慢であるが、本人らは気づいていない。


「これは……絶対に変異してるだろ」

「そうね、前に来た時は右にしか水はなかったわ」


男獣人の言葉に女エルフがうなずく。


2人ともこのダンジョンが初めてと言うわけではない。

員数あわせの臨時パーティの話よくあることだ――もっとも、あまり良い思い出はなく、2人とも臨時パーティを好んではいない。


「ヤバイだろ。スローターフィッシュがいたら俺たちは有効な攻撃方法がねえぞ」

「そうね、アンタが水面におびき出したら私が風刃ウィンドカッターで仕留めるわ。治癒ヒールでは治せない欠損はしたらダメよ」


 男獣人は「マジかよ」と顔を引きつらせたが、他にアイデアがあるわけでもない。

 嫌々ながらも水に浸かりながら歩を進める。


 するとすぐに魚影が確認できた。


「うおっ! 来たぞ、頼む!」

「ダメ、位置が悪い! 横に回るわ!」


 男獣人が「うおわあっ」と雄たけびと悲鳴の混じった声を上げ、スローターフィッシュのアゴを上から必死で押さえこむ。

 バタつくスローターフィッシュの動きを食い止めるだけで精一杯の様子だ。


「もうちょっと待ってなさい!」


 女エルフも魔法の射線を確保するため水に足を入れた。

 だが、不用意に踏み出した瞬間、つま先に痛みを感じ「ぎゃっ!」と悲鳴を上げてしまう。


「どうしたっ!? 早くしてくれ!」

「ちがっ、トラバサミにかかったの! 動けない!」


 女エルフの悲鳴を聞き、男獣人は「はあっ!?」と振り返る。

 これで均衡は崩れ、人と魚のギリギリのせめぎ合いにほころびが生じた。


 一気に男獣人のヒザに食らいついたスローターフィッシュはデスロールと呼ばれる横回転で水中に獲物を引きずり込む。

 こうなれば男獣人は成すすべもない。


 この惨劇を見ていた女エルフは明確に男獣人の死、そして自らの危機を意識した。


 心のどこかで『もうだめだ』と諦めかけた瞬間、女エルフは謎の浮遊感に襲われた。

 受け身も取れず、女エルフは通路の床に叩きつけられ「ぐふう!」と口から色気のない声が漏れる。


 そしてすぐに、男獣人も女エルフの真横に叩きつけられた。

 ヒザからはスローターフィッシュが生えたままだ。


「足についたスローターフィッシュとジャンボオイスターはオマケだ。持って帰れ」


 女エルフを救ったであろう人物が声をかけてきた。

 片目が潰れ、ツルツルにはげ上がった厳ついドワーフだ。


(ヤクザドワーフ……!? まさか実在したなんて)


 女エルフも何か言わねばと思うのだが、口が上手く動かず「あ、あ……」と意味のない震え声が漏れるのみだ。


 なぜかドワーフは女エルフに硬貨を握らせ「ごくろうさん」ねぎらいの言葉を残し去っていった。

 見れば5000魔貨マッカだ。

 女エルフには全く意味が分からない。


 男獣人も同様らしく「……どういうことだ」と疑問を口にする。

 当然の疑問だろう。


 だが、その疑問に応える者はいなかった。



「お疲れさん、助かったよ」

「まったく、無駄に濡れちまったぜ」


 俺がねぎらうと、帰還したゴルンは不機嫌そうに靴を脱いだ。

 水場から大人2人を放り投げたのだ――当然だがゴルンは上から下までずぶ濡れである。


「本当にお疲れさまでした。ここで彼らまで死んでしまっては、来場者数の回復まで遠のいてしまいます」

「コーヒー淹れます。皆さんもどうですか?」


 リリーとアンもゴルンの働きを讃えている。

 さすがに今回ばかりは冒険者に死なれてはまずかった。


「まさかオイスターにやられるとは思わなかったっす!」

「実力が適正レベルより低すぎました。さすがにアベレージ8の2人パーティでは攻略できるわけがありません」


 タックとリリーが呆れている。

 それほど彼らはヒドかったのだ。


「でも2人っきりで冒険なんて素敵です。私は彼氏がいたことないので」

「あはは、アンちゃんも彼氏募集中っすか!」


 やはりアンもタックも若い娘さんである。

 異性に興味はあるらしい。


「エドさん、誰か紹介してほしいっす! 実は近所でアタシとエドさんが婚約したみたいになってて肩身が狭いっす!」

「それは困るが、俺が紹介できるようなのはわりと年だぞ。俺と年が近くなっちゃうからな」


 タックが「えー、さわやかなイケメンがいいっす!」と舌をだした。


「なんでエドとタックさんに婚約の話が……?」

「ああ、ゴルンを訪ねた時にタックの弟にイタズラされてな。彼氏が挨拶に来たみたいな話にされたんだよ」


 別にやましいことがあるわけではないので、この辺は説明したほうが良い。

 俺も独身だし誰とつきあっても別に問題はないのだが、やはり職場で変な誤解があるのは良くないだろう。


「えへへ、エドさんならもらってくれてもいいっすよ!」

「はは、それは光栄だが、毎日あんなに酒を飲むことはできんよ」


 あの日はだいぶ飲んだ気がする。

 ドワーフに混じってあんな生活を続けたらすぐに体が壊れてしまうだろう。

  

 リリーは複雑な表情だが、コメントに困ってるのかもしれない。


「あー、やれやれ、嬢ちゃんコーヒーくれるか?」

「はいっ、すぐにお出しします」


 着替えたゴルンがタオルを首から下げて現れた。

 まるで湯上がりのようで面白い。


「どうだ? アイツら引き上げたか?」

「はい。エルフの女性が治癒の魔法が使えたようです。今は回復の泉で休憩してますね」


 ゴルンも助けた2人が無事で納得したようだ。

 リリーの解説によると、ちゃんとオイスターも回収されたらしい。


「そういや、なんで小銭を握らせたんだ?」


 俺の疑問にゴルンは「あーん?」と考え込んでいる。


「何となくだな。アイツらもこづかいを貰えたら次も来たくなるだろ」

「わけ分かんないっす! あれじゃそのうちオヤジがレアモン扱いされそうっす!」


 タックの言葉に、つい「ぶふっ」と吹き出してしまった。


「ウチのレアモンスターはゴルンか。いいじゃないか」


 俺の言葉に皆が笑う。


「そのうち小銭をくれるドワーフを探して冒険者が押し寄せるっす!」

「それはそれでいいんじゃねえか?」


 タックとゴルンの言葉がツボに入ったらしく、リリーも必死に笑いをこらえている。


 それにしても、レアモンスターが『小銭をくれるドワーフ』って、聞けば聞くほど謎すぎるな。

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