30話 階段だぜ

「やほー、エドっち。ちっとも呼んでくれないから嫌われちゃったのかと思ったわ」


 今日は試練の塔からウェンディさんをお招きし、ダンジョンを見てもらうことにした。

 以前、完成したら招待すると約束していたからだ。


「遅れてすまなかった。急遽、2階層を増築することにしてな。完成してからと思ってたんだよ」

「いいのよ、覚えていてくれて嬉しいわ。あ、これ皆さんで食べてね」


 ウェンディが洋菓子の箱を差し出すと、後ろから「わあっ」と歓声が聞こえた。

 タックとアンが喜んでるところを見るに、有名店なのだろう。


 俺は「ご丁寧に」と受け取り「お茶とお出ししてくれ」とアンに手渡した。

 アンは「プリンの匂いですね」と嬉しそうに尻尾をふって喜んでいる。

 ずいぶんとアンは鼻がいいようだ。


「エドっちって若いコ好きなのねー、独身なのもうなずけるわ」

「はは、彼女は軍時代の友人から推薦されたのさ。優秀なスタッフだよ」


 俺たちは雑談をしながらお茶を飲みモニターを見る。

 ウェンディはダンジョンを踏破する気がないのでこれで十分らしい。


「1階はなかなかいいじゃない。でも2階層はちょっと寂しいわね」

「ああ、そこはまだ未完成なんだ。倒されたソルトゴーレムとソルトガーゴイルの塩をつけていき、最終的には塩の回廊になる予定さ」

 

俺の説明を聞いたウェンディは「なるほどねえ」とうなずいている。


「ドワーフのお嬢さん、アナタがデザインしたの? 悪くないわね」

「あざまっす! 自信作っす!」


 ウェンディに褒められてタックも嬉しそうだ。


「でも、未完成のまま出すのはオススメできないわ。仮に次の階層も未完成、その次も未完成となったら、冒険者は変化の乏しいダンジョンをひたすら進まなきゃいけなくなる。今後、アナタが大規模ダンジョンをデザインするなら様々な変化をつけて冒険者に『進んでるんだ』って実感をもたせないと人気でないわよ」


 タックはウェンディの話を熱心に聞いている。

 ダンジョンマスターの生きた意見は参考になるのだろう。


「あと、今はいいけどね。長いダンジョンになればオブジェクトで物陰を作らないとかわいそうよね」

「そっか、トイレとか着換えもあるっす!」


 ウチは2階までじっくり探索しても半日ちょいの6~7時間くらいと想定している。

 たぶんササッと攻略するならもっと早いだろう。


 だが、3階層、4階層と拡げていくなら冒険者の滞在時間は長くなる。

 冒険者が用を足したり、仮眠をしたりするスペースは必要になるはずだ。


「そういえば試練の塔は全階層に回復の泉があったなあ」

「そうね。休憩所を多くして滞在時間を増やしてるワケ」 


 なるほど、やはり老舗ダンジョンには色んな工夫があるものだ。

 他にも様々な知恵があるのだろう。


「質問! 休憩所って安全地帯っすか!?」

「あ、モンスターに回復の泉には近寄らないようにって指示してるだけね。マナーが悪い冒険者なんかは逆手にとって排除する時もあるわよ」


 タックは基本的にすごく真面目だ。

 若い彼女は野心にあふれ、もっと色んな仕事がしたいに違いない。

 そのための知識を蓄えるチャンスを逃さず食らいつく姿は頼もしい。


「そういえば、今日はレタンクールさんいないのね」

「ああ、彼女は姉君あねぎみと約束があるそうだ。ショッピングに行くのだとか」


 ウェンディは「ショッピングねえ」と感嘆のため息をついた。


「どんな店に行くのかしらねえ?」

「それは分からないが、彼女がいないと書類がまるで作れなくて……これはゴーレムメーカーの報告書だが、まだ半分もできてないよ」


 今日はリリーが休みというわけで、俺が公社への報告書を作成している。

 ゴーレムメーカーで予算もらったんだから当たり前だな。


 ウェンディは「どれどれ」と読み始めたが、下書きだし問題はないだろう。


「へえ、戦略物資である塩の供給をコントロールして、人間に対するイニシアチブをとるわけね。エドっちって見かけによらず政略家なのね」

「そこまで大層なものではないが、付近の開拓村では塩が不足しているようだ。産出すれば喜ぶだろうし、他に入手するアテがなければ依存する他はない。依存させた後、供給をストップすれば大変なことになることだろうな」


 ウェンディは「うんうん、いいじゃない」と嬉しそうにしている。


 ちなみにゴーレムメーカーはウチ以外にも拡張を考えているダンジョンに配備されたようだ。

 試練の塔には来なかったらしい。


「それにしても塩とはいいとこ押さえたわね。試練の塔がある都市――プルミエって言うんだけど、あそこも塩は不足しがちなはずよ。塩は専売制なの」

「たしかに豊富なら開拓村であそこまで塩不足にはならないか……それは良いことを聞いたな」


 聞くところによると、ウェンディも人間の都市を調査することはあるそうだ。

 冒険者が少なくなるとダンジョンからモンスターを放流し、定期的に呼び込んでいるのだとか。


「それにこのダンジョン――プルミエ付近では水棲タイプのモンスターは珍しいし、モンスター素材の供給としても魅力ね。資源タイプのダンジョンと認識されるんじゃないかしら?」


 俺はそれを聞き、なるほどと膝を打った。

 たしかに水も出て、塩が産出すれば資源タイプだろう。

 今後もウェンディのダンジョンには出ない水棲モンスターを増やし、素材で冒険者を引きつける手も考えられる。


「ありがとうウェンディ。資源タイプか。なるほど、それはいい」

「でも塩が出るならむやみに手を広げないほうがいいかもね。あせっちゃダメよ?」


 この後、ウェンディと相談しながら2階層はモンスター部屋に宝箱を3つ設置することにした。

 DP8〜10のランダムなら赤字にはならないとのことだ。


「それじゃ、プリン食べましょ。お待たせしてごめんなさいね」


 ウェンディに声をかけられたアンの表情がパアッと明るくなる。

 どうやら『待て』状態だったらしい。


 その後はお茶したり、ゴーレムメーカーを見たり、レオのブラッシングしたりしてウェンディは帰っていった。

 彼女(?)はダンジョンマスターの先達、その存在は頼もしい。



「おい、ちょっとこれ見てみろ。階段だぜ」


 魔法弓手がジャイアントカモノハシの解体していると、相棒の斧戦士が不思議なことを言いだした。


「バカ言えよ。それより依頼の毒爪は回収したが、皮はどうするよ? あまり状態は良くないが」


 この『水の洞窟』は1階層しか確認されていない若いダンジョンだ。

 階段があるはずがない。


「いやいや、とりあえず見てみろって」

「そんなことより宝箱でも――って、階段だな」


 魔法弓手は我が目を疑うが、たしかに階段である。

 以前来た時はもちろん、プルミエの冒険者ギルドでも水の洞窟は1階層扱いになっていたはずだ。


 ならば、これはまだギルドでも未確認の可能性が高い。


「よし、ギルドに報告だな。宝箱を回収して帰るぞ」

「待てよ、階段見ただけで逃げ帰ったらわらわれるぜ」


 臆病なほど慎重な魔法弓手に無謀なほど大胆な斧戦士。

 このコンビはこれでうまくやってきた。

 今回も彼らの意見は対立したが、険悪な雰囲気ではない。


「しかし、ボスを倒して引き上げる予定だったし、2人じゃキツい」

「いや、攻略しようってんじゃないさ。モンスターなり罠なりを一目確認しときたいだけだ。それだけで報告の価値が上がる」


 何度か意見を交わし、今回は魔法弓手が折れた。


「そうか、ちょっとだけ見て行くか。魔法も万全じゃねえし、無理は禁物だぜ」

「おうよ。ボスの皮は残して宝箱だけもらっていくか……チッ、ナイフかよ」


 宝箱の中身に悪態をつき、斧戦士は鉄のダガーをベルトに差し込んで固定した。


「いいか、こっからは先は俺たちが初めて踏むんだ。気をつけろよ相棒」

「へへっ、さすがに俺も死にたくねえからな。ギルドも知らねえ未踏ダンジョンなんて一生に何度もねえぞ」


 積極果敢な斧戦士も、ここに至れば素直に魔法弓手に従う。

 これが彼らのバランスであり、危険を犯しながらも回避し、腕利きと呼ばれるまでに成長した理由だ。


 2人は慎重に階段を下りる。

 そこは無骨な通路……いかにも人の手が入った石のダンジョンだ。


「上とは感じが違うな?」

「ああ……薄く明るいし、たいまつは必要ねえだろ」


 真っ直ぐな通路だ。

 彼らは驚くほど慎重に、時間をかけながら歩を進めた。


 2人しかいない状況で片方が動けなくなるのは大変マズい。

 それを知る彼らはバカバカしいほどに時間をかけ、罠を確かめながら進んでいく。


 そして、T字路にたどり着いた。

 この時点で2人は神経をすり減らし、大汗をかいている。


「とりあえず左だな」

「迷ったら左手、芸がねえ」


 魔法弓矢は悪態をつく斧戦士に「うるせえ」と吐き捨てる。

 緊迫した状況での軽口、これが大切なのだ。


「でたぞ、モンスターだ。ゴーレムに、バンシーだ」


 少し先には小部屋があり、モンスターが確認できる。

 ゴーレムは素材が不明だが、キラキラと輝き強そうだ。


「ゴーレムとやり合ってる時にバンシーに泣かれちゃ厄介だ。お前は魔法でゴーレムを狙え。俺は一気にバンシーを殺る」


 戦いとなれば斧戦士は勇猛果敢。

 言うが早いか雄叫びを上げて小部屋に突っ込んだ。

 こうなれば魔力弓手も遅れを取るわけにはいかない。


(属性が分からん、なら純粋な魔力を叩き込む!)


 魔法弓手は弓を引きしぼりながら魔力を練る。

 つがえるのは魔力の矢だ。


「つらぬけ、魔力の矢マジックアロー!」


 魔法に詠唱などは必要ないが、イメージを高めるために口に出す。

 放たれた矢はゴーレムの体を砕く――はずだった。


「なにい!? なんだ今のは!」


 だが、出し惜しみなしの一撃はゴーレムに触れるや拡散し、かき消えてしまった。


「やべえぞ! そのゴーレムには魔法が効かん!」

「なんだとクソったれ!」


 悪態をつきながら斧戦士は急停止し、ゴーレムの横なぎの腕をかいくぐり反撃を試みる。

 だが、斧戦士がカウンター気味に繰り出した一撃はゴーレムには届かなかった。


 バンシーが放った萎手クラムジーの魔法で斧を取り落としてしまったのだ。

 魔法弓手は通常の矢を放ち「早く逃げろ!」と斧戦士を援護する。


「クソっ! 斧は無理か!」

「何してる! 早く来やがれ!」


 このまま2人は振り向くことなく一気に階段を駆け上がった。

 幸いなことにゴーレムもバンシーも足の遅いモンスターだ。


「はあ、はあ、助かったな……!」

「ああ、だが斧を取られちまった! クソったれめ!」


 敵に背を向けて一目散に逃げることは勇気がいる。

 形勢不利と見て、一気に逃げる判断ができたのは上出来だった。


(依頼の毒爪は採取した。無理はする必要はない)


 魔法弓手はこの成果に満足すべきだと判断した。


「死んだら終いだぜ。斧は買えばいいさ」

「まあな、帰りはダガーとお友達だ」


 失意のはずの斧戦士がおどけて見せ、魔法弓手もつられて笑う。

 失敗を笑い合える仲間こそが彼らの財産であった。


 この日、彼らが持ち帰った情報で冒険者ギルドは大変な騒ぎとなる。



■宝箱の中身■


魔道具:水上歩行(小)、DP10

鍛鉄の剣、DP10

現金50万魔貨マッカDP10

鉄の鎧、DP9

上等なくら、DP9

魔力ポーション(中)、DP9

魔道具:水中呼吸(小)、DP8

鉄の槍、DP8

耐熱(小)ローブ、DP8

長弓、DP8

冒険者からの略奪品、ユニークアイテム

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