5話 ドワーフ女子

 少し物足りない昼食を終え、執務室に戻るとリリーが弁当を食べていた。

 女性らしい小さなサイズだ。


「あ、すいません。すぐにすませますから」


 リリーは慌てて箸を動かすが、その様子は小動物みたいでかわいらしい。


 俺は「休憩中だよ、ゆっくり食べてくれ」と告げ、資料を読むことにした。

 上司に見られていては食べづらいだろうと気をつかったのだ。


「あの、エドはお昼すませましたか?」

「ああ、社食で日替りのA定を食べた。ちょっと量が少ないが、安くて味も良い。明日からも利用するつもりだ」


 あの後、本気でカレーライスを追加しようか悩んだ末にやめておいた。

 俺も軍務で体を動かさなくなったわけだし、あのくらいの食事量に慣れねばならないだろう。


「エドはたくさん食べるんですね。私には社食はちょっと多くて……」


 俺はチラリとリリーの弁当を流し見たが、あれで大丈夫なのかと心配になるほど少ない。

 小柄な女性とはあんなものなのだろうか。


「軍では女性隊員もいたが、ガツガツ食べてたな。俺も何度か焼き肉奢ったが、ずいぶんたかられたよ」

「えっ? その、女性と食事とか、よく行ったりしたんですか?」


 リリーが妙に食いついてくるが、焼き肉に反応したのだろうか。

 俺は独身で寮暮らしだ。

 焼き肉くらい奢るのはやぶさかではない。


(美人のリリーも焼き肉だとガッつくのだろうか?)


 ちょっと見てみたい気もする。


「まあな、休暇なんかに皆でワイワイやるのさ。そうなると払いは上司もちだな」

「あ、そうなんですね。女性と焼き肉っていうから、つい――」


 なぜかリリーが照れている。

 女性が焼き肉好きでもおかしくはないと思うが、その辺の機微は俺には分からない。


「ダンジョンが開設したら打ち上げでもするか? もちろん奢るぞ」

「え、あ、はいっ。よろしくお願いします」


 若い子に飯を奢るのは意外と楽しい。

 俺は『リリーは肉好き』と心に刻み込んだ。



「こんにちはー、ノッカー工務店でーす」


 しばらくリリーの淹れてくれた紅茶を飲んだりと、まったり過ごしていたがドアがノックされた。


「あ、お待ちください……どうぞ」


 リリーが迎え入れると、そこには作業着姿の若いドワーフの女性がいた。


「はじめまして、ノッカー工務店のガリッタでっす! 今日はよろしくお願いしまっす!」

「はじめまして、今回ダンジョンでお世話になるホモグラフトです。どうぞこちらに」


 なんというか、ずいぶん元気な娘さんだ。

 簡単に挨拶をすませ、ガリッタ女史に椅子を勧める。


「いつも父がお世話になっておりまっす! これは父からの手土産でっす!」

「いやいや、こんなお気遣いをされては――はて、ガリッタさんの父上ですか……ガリッタ、ガリッタ――」


 俺は少し悩み、記憶を探る。


(ドワーフで、ガリッタ……)


 そこで「あっ」と声がでた。


「鉄血ゴルンか! そういやガリッタって名字だったな!」

「そっす! ゴルンの娘、タチアナ・ガリッタでっす! 職場ではタックって呼ばれてるっす! 父と紛らわしいから名前で呼んでほしいっす!」


 若いドワーフは幼く見えるため年齢は分かりづらいが、20そこそこだろうか。

 赤茶色の髪、いかにも元気そうな笑顔が素敵な女の子だ。

 ドワーフ特有の低い身長と横に太ましい体型もコミカルでかわいい。


「エドのお知り合いですか?」

「ああ、彼女の父は俺の副官だった。鉄血ゴルンと言えば泣く子も黙る強面だが……まさかこんなかわいらしい娘さんがいたとはね」


 ガリッタ、いやタックと呼ぶべきか。

 タックは「たはは、かわいくないっす。彼氏もいたことないし」などと喜んでいる。


「リリー、すまないがいただいたお菓子をお出ししてくれないか」

「いやー、そんなの悪いっすよ! あ、お姉さんすいません!」


 口では遠慮しながらもリリーからお茶を受け取り、煎餅をバリバリ食べてる姿は好感がもてる。

 気持ちのよい食べっぷりだ。


「俺の後任はゴルンかな? 彼なら問題ないだろ」

「いやー、父も年ですし、これを機に退役するみたいっす! あんな頑固ジジイに他の仕事が見つかるか心配でっす!」


 たしかゴルンは40半ば、俺より少し年上のはずだ。

 実働部隊を退く決断をしてもおかしくはない。


「そうか、惜しいな。そのうち顔を出すから飲みに行こうって伝えといてくれ」

「あい! アタシも同席していっすか!?」


 なんというか、元気な娘さんだ。

 軍にいた女性隊員に通じるものがあり、なんとなく親しみを感じる。


「はは、もちろんだ。さて、雑談はこれくらいにして仕事の話をしようか」

「あい! 今回は父のコネで担当になったっす! でも腕は1人前っすよ! 大船に乗ったつもりで相談してほしいっす!」


 言わずでも良いことを大いばりでアピールするタックに、俺とリリーは顔を見合わせて苦笑してしまった。


「早速っすが、迷宮タイプでいくつか図面を引いてきたっす! 見てください!」


 タックは「これはDP10000のプランになりまっす!」と図面を広げた。

 DPとはダンジョンポイントの略で、ダンジョンが集めた生命力を測る単位である。


「拝見しよう。リリーも見てくれるか?」

「はい、失礼します」


 リリーも俺の横に座り、真剣に図面を見つめている。


 図面には二股に別れた道がさらに二股に別れた4本の通路があり、所々に小部屋がある。


「これでDP8000でっす! いろいろと微調整して10000って計算っす!」

「なるほど。前例からすれば初級向けダンジョンはDP25000~30000程度が初期費用とされています。構造に10000は妥当なところですね」


 予算感はリリーが見てもおかしくはないようだ。

 ただ、迷宮とすれば単純すぎる構造が気になるところではある。


「四つ股では単純すぎないか?」

「うーん、あんまり複雑だと冒険者が迷って攻略難度が高くなるっす! あくまで対象は10レベル前後っす!」


 俺の指摘にタックが自信満々に応えた。

 これにはリリーも同意見のようだが、ちょっと納得できない部分もある。


「完成後も調整はできるっす……これじゃダメっすかね?」

「いえ、オーソドックスですが、私は悪くないと思いますよ。複雑な構造は後々の拡張部分で演出するべきかと」


 2人が言うには俯瞰ふかんで見ると単純な構造でも、実際に迷宮に入ると難しいらしい。


(うーん、そんなものかな)


 専門家2人に言われれば納得するより他はないが、あまりに簡単なのもどうだろうか。


「これは予算オーバーですし、こちらのモンスターラッシュはオススメしないです」


 他の図面を眺めていたリリーはやはり四つ股の構造を推しているようだ。


「ひとつご提案なのですが、とりあえずこちらのプランを進めて、後で調整してはいかがでしょうか?」


 リリーは資料を取り出し、パラパラとめくる。


「いくつかある初心者向けのダンジョンにアポイントを取りませんか? 工事期間に他のダンジョンを見学し、調整に役立てることも可能です」

「なるほど、評判の良いダンジョンを見学するのはタメになるだろうな」


 リリーは「ほっ」と小さく息を吐いた。

 少し出すぎたと考えているのかもしれない。


(たしかに、気難しい上司なら怒鳴り散らすかもな)


 ダンジョンの構造はダンジョンマスターの専任事項である。

 口出しを嫌がる者も多いだろう。


 俺はリリーの意外な一面を見た気がした。

 意外と度胸が座っているようだ。


「リリー、俺は人格者じゃないし、忠告に腹を立てることもある。だけど職務には誠実でありたい。これからも頼むよ」


 俺の言葉を聞き、リリーは小さく「はい」とうなずいた。

 心なしか嬉しそうに見える。


「あれ? お二人はつき合ってる系です?」

「いや、それは無いが、信頼している補佐役なのさ」


 タックがニヤニヤしているが、セクハラと取られかねない発言は控えて欲しい。

 俺は職を失ったらリカバリーが利かない年齢なのだ。


「まあ、それはいいっす! でも、お姉さんの意見は正しいっす! 単純なものを複雑にするのはできるっす! でも逆は難しいっす!」

「了解だ。とりあえず工事はこれで進めてくれ。見学した後に少し打ち合わせをしよう」


 俺とタックはガッチリと握手を交わす。

 頼れる副官だったゴルンの娘にダンジョンを制作してもらうとは、なんとも不思議な縁だ。


「それでは法務部に行って契約書を作製しましょう」

「了解っす! お姉さんもよろしくお願いしまっす!」


 俺は2人の様子を微笑ましく見守り、煎餅をかじる。


(しかし、ゴルンが退役とはな……一度連絡するか)


 海苔が巻いてある煎餅は醤油が利いており、なかなかうまかった。

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