125話 下 あの、3人で話し合いましょう


「ああ、もうしわけありません。年をとり涙もろくなりました」

「いや、お気になさらず」


 俺は覚悟を決め、侍従長に続いて広間に通された。

 どうやらここで謁見のようだ。


 待つことしばし、コツコツとブーツの高い足音が来こえる。

 そして正面、やや離れた位置にて止まる。

 俺はひざまずいているので見ることはできないが、魔王様の足どりに危なげはない。


「……楽にして、おもてをあげよ」


 お声がかかり、俺はついゴクリとのどを鳴らした。

 立ち上がって顔をあげるのがたまらなく怖い。


 そして、俺が見たものは……魔王様だった。

 なぜか両手足を突っ張って妙に緊張した面持ちである。


(……あれ?)


 あまりジロジロ見るのははばかられる。

 俺はあわてて目を伏せるが……なんというか、心配したような怪我などは見受けられない。

 特にお変わりはないようだ。


「ホモくん、やはり見られぬか? この醜くなった姿は」

「は……? い、いえ、なんと申しますか」


 ……どうしよう。

 マジでわからない。


 ひょっとしたら髪が短くなったとかだろうか?

 まったく分からないが、以前タックが「前髪切りすぎたっす」とか凹んでいた。

 それかも知れない。


 俺が『髪切った?』みたいなの気づくはずないが、試してみる価値はある。


「あの、髪型ですか?」

「ちがうっ! ごまかすなっ! こんなに私は醜くなったんだっ!?」


 間違ったようだ。


 しかし、困った。

 これは分からんぞ。


「申しわけございません、私には陛下のおっしゃる意味が分かりかねます」

「ウソだっ! わ、私は49キロから70キロになったんだぞっ! 分からないはずがあるかっ!」


 俺はチラリと魔王様の顔をのぞき見る。

 すると口をへの字に曲げて涙を浮かべた真剣な様子だ。


(ふうむ、言われてみればふくよかになられたか)


 だが、俺は美容のことには門外漢である。

 どこが変わったかと言われても気づくことは難しいだろう。


(胸のあたりもふくよかになられたのならば、むしろ良いことの気もするが)


 俺が女性のどこに魅力を感じるかと問われれば胸や腰回りの肉づきである。

 その観点で言えばムッチリとしたほうが魅力的ですらあるのだが……本人の様子を見るに好ましくない変化なのだろう。


「陛下のお姿は変わられたのかもしれませんが……私には分かりかねます。私の目には陛下のお姿は変わりなくうつります」

「ウソだっ! ホモくんは魔王たる私にウソをつくのかっ!?」


 魔王様の勘気が届けば、作法として臣下は視線を下げるものである。

 だが、この場合は判断が難しい。


「ウソではありません。私はウソをつくときもありますが、必要のないウソはつきません」

「じゃ、じゃあなんで太ってないなんて言うんだっ! そんなのおかしいぞっ!」


 なぜと問われても難しい。

 そもそも美醜の判断は個々の価値観である。

 俺はポチャッとした女性も好きなのだ。


「陛下、私は92キロあります(185センチ92キロ)。70キロ(マリーは167センチ)はそれほど重いとは思いませんが」

「ほ、本当は73キロあるんだ。 それでも多くないって言うのか……?」


 3キロて。

 そんなもんタックの1日の食事量にも届かないだろう。


 少し面倒くさくなってきた俺は「誤差の範囲で」と気のない返事をした。


「こんな私でも人前に出れるって言うのか?」

「いかにも」

「ホモくんは太ってないっていうけど本当に分からないのか?」

「さよう」

「太っても変わらずに仕えてくれるか?」

「はい」


 魔王様がしつこい。


 それに、さんざん心配させておいて『ちょっと太ったかも』なんて、さすがに君主としてどうなんだ。

 なんだか腹がたってきた。


 自分の返事もいい加減になってきたのを自覚したが、これは仕方ないだろう。


「今までのように接してくれるか?」

「はっ」

「ホントにホントだな?」

「はっ」

「リリーと同じように愛してくれるか?」

「はっ」


 ……ん? 何か混じっていたような


「結婚してくれっ!!」


 いきなり魔王様がガバッと抱きついてきた。

 ずっしりポヨンとして心地よい……が、これはダメだろう。


 俺は魔王様の両肩を掴んで体から優しく離した。


「おたわむれを。私には妹君という婚約者がおります」

「そんなの知ってるっ! でも大丈夫なんだっ!」


 引き離しても魔王様は頭をぐりぐりとすりつけてくる。

 いったい何だ、これは。

 ぜんぜん大丈夫じゃないだろう。


「いろんな種族がいて、いろんな習慣がある魔王領では重婚は親告罪なんだっ! 私はホモくんを訴えないっ!」

「いやいや、それは……いやいや」


 俺は助けを求めて侍従長や女官たちに視線を送るが、なぜか皆が『よかったね』みたいなムードだ。

 侍従長など涙ぐんでいる。


 解せぬ。


「いやいや、君主のその……あれが重婚て」

「ずっと、ずっと調べてたんだ。結婚制度の盲点を(70話参照)。それでこれに気がついたんだっ」


 いつの間にか魔王様は再度俺に抱きついてきている。

 さすがに2度も押しのけるのは心情的にも厳しい。


「ダメか?」


 さすがにズルいだろう。

 上目使いでこちらを見つめる魔王様、周囲のお祝いムード。


「……あの、3人で話し合いましょう」


 俺は蚊が鳴くような声で、そう告げるのが精一杯だった。


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